大西洋の海戦

ラプラタ沖海戦

Battle of La Plata
1939(昭和14)年12月13日
1939(昭和14)年8月21日 第2次世界大戦開戦に先立ち、ドイツ海軍ポケット戦艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」(艦長ハンス・ラングスドルフ大佐)がヴィルヘルムスハーフェンを出港

タラント空襲

1940(昭和15)年11月11日
イギリス海軍、空母「イラアストリアス」艦載機・ソードフィッシュ21機がイタリア海軍の基地タラント軍港を空襲した戦い
リスター少将が具体的なプランを立案
訓練中、空母「イラストリアス」の格納庫でスパークによる火災が発生、7機が破損
空母「イーグル」も攻撃に参加させ、30機で攻撃を行う計画であったが、以前受けた至近弾によってガソリンタンクに亀裂が生じ、参加を断念
「イーグル」搭載のソードフィッシュ5機、搭乗員8名を「イラストリアス」に移している
当初、10月21日夜に攻撃を行う計画だったが攻撃実施日は10月30日、11月11日と2度延期された
カニンガム中将麾下の東部地中海艦隊はアレキサンドリアを出撃
イギリス軍兵力 戦艦「ウォースパイト」(旗艦)、「バーラム」 空母「イラストリアス」 巡洋艦「バーウィック」「グラスゴー」 駆逐艦 他
1800 リスター少将、作戦発動 作戦名「Operation Judgement」
イタリア海軍の損害は 沈没、戦艦「コンテ・デ・カブール」 大破、戦艦「リットリオ」「カイオ・デュリオ」 爆弾命中(不発)、重巡「トレント」 駆逐艦「リベッチオ」
タラント在泊の残存艦艇はナポリへ退避
作戦牽制のためカニンガムがアドリア海に分派したイギリス軽巡「エイジャックス」「オライオン」「シドニー」はオトラント海峡で水雷艇と仮装巡洋艦に護衛されたイタリア船団4隻と遭遇
護衛艦を追い払い4隻(計1万7000トン)を撃沈
ターラント空襲



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新規作成日:2002年2月26日/最終更新日:2002年2月26日