652 上瀬谷/厚木 USN第57/72飛行隊司令部、USN P3C 取材
652 上瀬谷/厚木 観測記 平成12年6月19日 月曜 晴れ 14:00〜16:30
今日は、学研から発行予定の(仮称)米海軍図鑑 の取材で、厚木へ。今回の企画には、S元海将補の人脈による所が極めて大きい。11:00新宿集合、若干遅れて出発、山手通りを経由、首都高−東名・横浜ICで、11:50頃、先ずは現地確認。取材時刻まで間が有るので、昼食。13:50上瀬谷のゲートへ。係官の案内で、第57/72飛行隊司令部へ。上瀬谷は、一時期話題となった、通信隊も併設されている。第57/72飛行隊司令部の建物は、50年も経過しているといわれる年期もので、白い建物が、小山に接続する形で造られている。勿論、この小山が、シェルターの役目も果たしている。司令官室で歓談の後、14:15-プロジェクターで、部隊の解説。米海軍では、約200機のP3Cを運用していて、第七艦隊の担当海域は、実にアメリカ本土の11倍の広さと言う。そういう意味では、我が海上自衛隊は、極めて高密度な部隊である。現在の第57/72飛行隊司令官は、オブライエン大佐で、大統領専用機の運用経験も有ると言う。その後、インタビュー班を残して、施設の撮影へ。ここは、ある意味、オフィスの地区である。司令部の中枢は「この方向なら」と限定撮影。15:30頃、上瀬谷での取材を終了し、厚木へ。正門から入場し、車でそのままエプロンへ。ちょうどCVW5の、EA6が3機、F/A18が約12機、列線をなし、F14も戻ってきている。早速、左後方の扉から搭乗。実は私は、航空機はあまり機会も無い事から、P3Cの機内見学は始めてである。コクピットには3席。勿論パイロットは2名だが。続くキャビンに、各種コンソール、前の方から、タコー(戦術航空士)、レーダー監視?等となっている。後部には、ソノブイ投下用のシューターが4本(別の機能?のが1本)、最後部は、サロンとなっていて、4名用の対面席が有り、調理も出来るようだ。この機は、1978年製造と言うから、かなり使い込んでいる。が、アメリカは、機材を「機器」として考えているから、整備さえきっちりやれば、半永久的に使えると考えているから、なんの問題も無いのだろう。日本の場合は、あくまで「製品」であり、定められた耐用年数が歴然と存在し、年限を経過すると、自動的に安全な製品ではなくなる。そう言えば、アメリカのP3Cは、三沢に配備されているから、今日の取材の為に、わざわざ飛来してきてくれている。16:30頃、取材終了、東名−首都高速経由、18:00頃東京駅にて撤収。
新規作成日:2000年6月19日/最終更新日:2000年6月26日