ミッドウェー海戦は本当にターニングポイントだったのか

太平洋戦争のミッドウェー海戦で、帝国海軍は空母4隻を失い、以後、敗戦への道をたどったと言われる。
果たしてそうなのか。

帝国海軍に限らず、大きな作戦に際しては、図上演習が行われる。
机の上で両軍のコマを並べてのシミュレーションだ。

ハワイ真珠湾攻撃に際して、事前の図上演習において、帝国海軍の空母2隻は損耗する予想が出ていた。
大挙して艦隊を差し向けて決戦すれば、損害が発生するのは当然だろう。
しかし、幸運にも、第一次攻撃時点までは艦艇の損害はなかったし、航空機の損害も少なかった。
ここで、後世では、「南雲艦隊が壊滅してでも、真珠湾の残りの部隊をも壊滅させるべきだった」といわれる。
しかし、これはあくまで後世の者が勝手に言っていることだ。
レース結果を見た上で「当たり馬券」の議論をしているのと同じだろう。
時の指揮官南雲中将としては、与える損害と共に、被る損害もテーマだ。
この先戦果拡大を狙い、かえって戦果なく壊滅することもあり得るわけだ。
結果、彼は第二次攻撃を行わず、撤収している。
戦艦を中心とするアメリカ太平洋艦隊を壊滅させ、わが方の艦隊の損害なく帰還し、称賛を浴びた。
空母を含む一部を逃したことに対する問題は残るが、叱責はされていない。

さて、ミッドウェー海戦においても、図上演習が行われた。
が、ここでも空母2隻を失っている。
しかし、このうち「加賀」は、統裁官の判定で「帝国海軍の空母が簡単に沈没するはずがない」として、残存することとなった。
図上演習は、確率論にもとづくものである。
命中率、損耗率など、数値にもとづいて行われる。
が、サイコロの目の出現確率によって、判定もされる。
1/100の確率とは、100回に1回の出現率だが、それがいつ出るかは分からない。
俗世間では「ほとんどでない」とされるが、確率論では1回目から100回目のうちのどこかで出る可能性がある。(注1)
心情的に1回目に出て欲しくはないが、可能性はあるのである。
「加賀」沈没の確率が何分の一かは分からないが、事前に取り決めた確率が実際に出現した段階で異を唱えられたわけである。
戦闘は確率論では割り切れない問題もあり、そのための統裁官ではある。
対戦型ゲームでは、サイコロの結果で失われた艦を、このように復活させれば喧嘩になるのだが、図上演習では、その場の喧嘩にはなるまい。
しかし、演習の結果が、正しい作戦に結びつくかは大きな問題だ。

果たして実戦においては、4隻が失われた。
これをもって、帝国海軍は戦力の大半を失い、以後まともな作戦ができなかったとも言われる。
が、ミッドウェー海戦において「戦力の大半を失った」とするなら、これは図上演習の暗示の通りではなかったろうか。
ハワイ攻撃の時に2隻、ミッドウェーで2隻、それぞれ図上演習では失われている。
実際の損害が、2,2ではなく、0,4ではあったのだが、ミッドウェー海戦の段階で、差し引きの帳尻は合ったことになる。
もちろん、実際に沈まなかったものを、失われた分と見るのも難しいかもしれない。
しかし、作戦で一方的勝利というのは、本来は難しい。

帝国海軍においては、日露戦争の日本海海戦、太平洋戦争のハワイ攻撃など、一方的勝利の実例も多い。
しかし、その成立要素は、偶然、必然の積み重ねである。

さて、ミッドウェーで空母4隻を失ったことは事実だ。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍という、国民に馴染みの艦が一挙に失われた。
が、損失は、空母その物より、歴戦の搭乗員であったろう。
空母そのものは、瑞鶴、祥鶴という大型空母をはじめ、商船改造ではあっても飛龍にも匹敵する、準鷹、飛鷹が就役する。
もちろん、アメリカの増勢は、その何倍でもあるのだが、帝国海軍の空母も、数の上では失われた4隻において壊滅状態ともいえまい。

日露戦争においても、当初準備されていた戦艦6隻のうち、2隻もが、途中で失われている。6隻が4隻に減れば、戦力は6割に落ちた計算だ。
しかし帝国海軍は、その後の日本海海戦での勝利を得ている。

評価というのは、うわべだけの短絡的な物ではないのだ。

(注1) 2004.1.31
独立事象の1/100の確率の現象の起こる確率は、何回目の試行であろうが各1/100の確率でしか起こりません。
100回の内に2回、3回、10回と起こることもあれば、1000回目までに起こらないこともありえますが、原則論としては、100回に1回発生することをもって1/100の確率となります。
正確に作られたさいころの場合、無作為の操作によれば、試行回数が増えるほど、1/100を正確に示します


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新規作成日:2003年3月9日/最終更新日:2004年1月31日