ひなげしの墓

つめたく冷えた石の上、男は座っていた。
大きめの丸い…それは墓石だった。
苔が生し雑草が小さな白い花を咲かせている。
男はその花を踏みつけ、さして感心も無く宙の一点を見つめている。
ふと眼を閉じた。
しばらく時間が静かに流れ、思い立った様に男は立ち上がった。
慣れた手つきで持っていたワインを開ける。
栓の開いた口先を墓石に向ける。躊躇い無く一本すべて注いだ。
おそらく年代モノであろう、高級な代物。
蘇芳色に染まる墓石を険しく見つめ、何事か呟く。
聴き取れないほどの小さな言葉。墓石に向けたものか。
男は立ち去った。
もう、振り返らない。


志摩は、一年ぶりに恩師の墓を訪れた。
「…うぅ〜、寒ぃぜ…」
何故か映児を連れて。 「ほらほら!いつまでも手ばっかり擦ってないで…お花頂戴、映児君」
「ハイハイ」
渡された花束を二つに分け、墓石と言うには只の大きめの石…の両側に備えた。
手元から線香の束を取り出し火をつけると、また二つに分けた。片方を映児に渡す。
「これ、映児君の分よ…」
「俺も供えるのかよ?」
「そーよ、何の為に来たの。」
渋々受け取った映児はうつむいたが、墓石に目線を合わせ、疑問をもった。
何かがおかしい。
志摩は自分の分の線香を供えると、手を合わせた。
どおか、先生…安らかに。
そう心内で祈り、顔を上げた瞬間。違和感に気付いた。
「……アルコールの、におい…?」
「志摩さん、」
映児がつかさず手をかざす。
指先に痺れが生じる。細胞が活性化され、映像を浮かべる。
青のイメージ。
男は、墓石を睨むように見つめている。
「…─沢木…」
映児の言葉に志摩がギョッとする。
読み取った像は続いている。
男…沢木の口元が微かに動く。
映児には聴こえた。
沢木が漏らした呟きを。
“おやすみ”─と。
「……あいつ…」
映児は空を見上げ、複雑な思いでいた。
志摩から色々聞かれたが、答えに困った事は…謂うまでも無い。



終わり

春紫様からいただきました。
なんか沢木さんから哀愁漂っているように感じるのは来湖だけでしょうか?
“いい人ぽい沢木さん”いいです。
また是非送って下さい。




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