「マネキン」

「どうですか?そろそろ新しい物に変えてみては?」
「う〜ん、開店から使っているしね〜・・」
「新しいタイプの方が見た目も良いですよ」
「それは分かるんだけどね・・・」
「絶対お得ですし、新しい方が良いですよ」
「・・・一週間だけ考えさせてよ、来週には連絡するから」
「そうですか、分かりました、それではご連絡お待ちしていますね」
「はい、それでは」
どうしようかな・・・・

僕は商店街の隅にある、小さな洋裁店を営んでいた。
始めてから10年ほど経っていた。
地道な営業のお陰か、不況の波にのまれずに済んでいた。
現在、ショーウィンドウには三体のマネキンが置いてあり、
一体は開業当時から使用しているもので、
二体は後に追加した物であった。
流石に年数の為か、初めのマネキンは塗装も所々剥げ始め、
マネキンスタイルも古さを感じてしまう様になってきていた。
丁度、そんな折りに、マネキンの業者が買換えの話を持ってきていた。
現在は三体に冬物を着せて、ディスプレイしてあり、
追加物の二体には、ロングとショートのコートが着せてあり、
一体には黒のロングマントが着せてある。
この一体は当初からマントを着せる事が多く、
私自身、マントが似合っている様に感じていた。
それだけに、このマネキンが一番のお気に入りで、
現在作成している白いウールマントも着て貰うつもりだった。
それだけに買換えをする事に躊躇っていた。
そして躊躇っている内に時間は過ぎていった。
白のウールマントも完成に近づき、マネキン業者への返答期限の前日になっていた。
作業していた手を休め、ショーウィンドウのマネキンを眺めた。
「明日には返事をしないとな・・・・」

私は薄暗く寒い場所に立っていた。・・・・
身体中がガチガチと震えていた。
フッと黒く大きな物が、身体を覆った。
寒さから身体を守る様に・・・
それは黒く大きな温かなマントだった。
「今まで大事にありがとう・・・それが私の気持ちです・・・」
暗闇の中、微かに女性の声が聞こえた。
「誰?・・・・どこ?・・・」
問い掛けても返事は無かった。
周りは薄暗く、無音の闇が広がっていた・・・・

ピンポーン・・・呼び鈴が鳴っていた。
「うっ、朝か・・・」
どうやら、作業場でそのまま寝てしまった様だった。
ピンポーン・・・
「は、はーい」
「おはようございます、どうも、お久しぶりです」
鍵を開けると、そこには業者さんが立っていた。
ただ、先日来ていた担当者ではなく、
私が初めて購入した時の担当者だった。
「何年ぶりですかね・・・あっ、寒いですから中へどうぞ・・」
担当者を中に入れると、私はお茶を煎れ始めた。
「大事に使って頂いている様で、私共も嬉しいですよ」
男性は嬉しそうな笑顔をしながら、マネキンを見ていた。
「ただ、流石に塗装とかがね・・買換えを薦められたんですが、どうも・・・」
「そうですか・・値はちょっと張りますが、改修されてみたら如何ですか?
新品並みに戻りますよ」
「そんなサービス、あるんですか?新品のみかと思っていました。」
「アフターサービスも仕事ですよ、新品を売るだけが仕事じゃありませんし、
何しろ大事に長く、使って頂けるのは、私共も嬉しい限りですよ」
「それじゃあ、お願いします!」
「はい、分かりました」
男性は携帯電話を手にすると、会社に連絡し、手配を始めた。

手配されて直ぐにやって来た軽トラックにマネキンが乗せられた。
「2、3日で終わりますので、お預かりしていきますね」
「宜しくお願い致します」
去りゆく軽トラックを見送り、再び白いウールマントの作業に掛かった。
マネキンが帰って来た時に羽織らせる白マントを・・・