【 always -5】






「本当に此処まででいいのか?」

「うん。送ってくれてありがとう、アスラン。すっごく助かった」


キラが此処で降ろしてと言ったのは、学校から道を三つほど隔てた場所。
近いとはいっても、歩いてまだ数分かかる程度の距離はある。
やっぱり校門の所まで送ろうかというアスラン提案に、しかしキラはありがとうと言いつつも首を横に振った。


「あんまり近付きすぎて学校の人に見られちゃうと、後々面倒になりそうだし……」

「そうか……それもそうだな」


アスランもすぐにキラの言いたい事を理解して、なるほどと頷いた。
キラの通う学校は、周囲にも名の知れた名門校だ。
元々キラもアスランと同じように試験無しで行ける併設の高等学校(こちらもかなりの名門)への進学を考えていたけれど、悩んだ末にこの女子校を改めて受験することに決めた。
カガリまでもわざわざ嫌いな受験をしてまでキラと同じ学校を受けた理由はこれはまた簡単で、曰く「キラをひとりにできるか!」らしい。
かなり難しいと評判の試験の手助けにとアスランがふたりの家庭教師を勝って出た時に、キラはアスランにだけこっそりと進学の理由を話している。

大学付属のこの学校は、流石にお嬢様学校とまでいかないまでも校風はどこまでも真面目だし戒律だってそこそこ厳しい。
校則でバイクでの送り迎えを禁止しているというわけではないけれど、学校関係者達はあまり良い顔をしないだろう。
『バイク=不良の乗り物』という考えが根付いてしまっている古参の教師もちらほらといそうだ。
いらない小言や注意という名のお説教を言われるようになってはたまらないし、あれは誰だのどんな関係だのと根掘り葉掘り聞かれるのも、キラとしては極力遠慮したい。


「それじゃあ、僕もう行くね」

「ああ。車に気をつけて行けよ。それと、知らない奴に声かけられても付いていかないように」

「……!わ、分かってるよそのくらい!もう子供じゃないんだから」


キラはむぅっとした顔で抗議した後、つんとそっぽを向く仕草をしてからアスランに背を向けて歩き出した。
拗ねてます、という意思表示。
そんな風に子供っぽいままだからついそういう扱いしちゃうんだよとアスランは小さく笑った。

本当にこの子は、幼い頃からちっとも変わらない。
こんな風にどうしようもなく可愛いところが、特に。
性別も年齢も関係なくはしゃぎまわっていた幼い頃も、その時と比べれば様々なものが変化してしまった今でも。
嬉しくて抱きしめてしまいたくなる程、その本質は変わらずにいてくれる。



「………ん?」


もう少しくらいはと小さな背中を見送る体制をアスランが取っていると、その背中が不意に立ち止まった。
そして、くるりと方向転換して戻って来る。
………何かあったのだろうか?
不思議に思いつつまた自分の目の前に戻ったキラを見ていると、彼女は学校指定の皮の鞄から何かを取り出し、ずいっと差し出した。
促されるままに手に取ったそれは、透明なビニールの小袋に入った焼き菓子。


「これは?」

「……フルーツケーキ。昨日初めて作ったやつだから、あんまり上手にいかなかったけど。……急いでたから奇麗に包装も出来なかったし」

「俺にくれるの?」

「そうじゃなかったら持って来ないもん」


どこかまだ拗ねた口調のキラに思わず苦笑が漏れる。
口ぶりからすると、先ほどキラが中々家から出て来なかったのは、これを用意していたかららしい。


「でもどうして急に?キラ、お菓子は食べるのは好きだけど作るのは得意じゃないから作らないって言ってなかったか?」

「…………………だってアスラン、前に貰ってたでしょう?」


だから、僕だって……と少し言いづらそうにぼそぼそと呟いているキラに、アスランは首を傾げる。
キラが言葉足らずなのはいつものこと。
その中からキラの考えや意図を正確に導き出すのは、昔からアスランの得意技でアスランの仕事だった。


────フルーツケーキ、前に貰った、自分が……。


そこまで考えて、すぐにあぁと思い当たる。

キラは、以前アスランが大学の料理サークルに所属する同級生からフルーツケーキを貰って来た時のことを言っていると。
貰ったといっても直接ではなく、手紙と共にいつの間にか鞄の中に押し込まれていたものなのだが。


それに気付いたのは自宅に戻ってからで、"そういう意図"のものを恋人持ちの自分が食べるわけにもいかないし、かといってそのまま捨てるという行為も、日頃食べ物を扱う母による教育の賜物なのかかなり戸惑われて。
結局、丁度その日に会う事になっていたキラにあげることにしたのだった。
キラはお菓子が大好きだし丁度いい、と。
勿論、妙な隠し立てをして変な誤解は招きたくないから、ちゃんと事情を説明した上でだけど。


あの時は「すごい上手だね!」だなんてひたすら感心しきりだったキラに、誤解されるよりはずっと良いけど少しくらいは嫉妬してくれないものか……と内心ちょっと複雑な思いにかられていたのだが。

今のキラの言い分からすると、もしかして────。


「嫉妬、してたの?」

「……………っ!」

「キーラ?」

「…………だっ、だって!あれ、すっごく美味しかったんだもん。手が込んでて、奇麗に飾り付けされてて………きっと、すごくアスランのこと好きだから頑張ったんだなって、思って………」


そうしたら、なんか………ちょっと悔しくなっちゃって────。

キラは耳まで赤く染めながら、消えそうな声でそう言った。
言葉に出すだけでも心底恥ずかしいのだと言わんばかりの姿。
未だに語尾に残る拗ねたような口調は、多分それを少しでも誤摩化すためなのだろう。

アスランは一瞬ぽかんと手の中のお菓子とキラの顔を見比べて。
そして、くくっと堪えきれない笑みを零した。


「そこ!笑わないっ!」

「あれ、聞こえた?」

「当たり前でしょ!………だから言いたくなかったんだよ、もうっ!」


呆れられるか笑われるかするとは思っていたけれど、実際そうなるとやっぱり面白くない。

キラにとって、嫉妬は恥ずかしい事だった。
ぐるぐるとある事ない事勝手に想像して、憤ったり、落ち込んだり。
自分が自分じゃなくなってしまうような、そんな気がして。
それに………アスランを信じていないみたいで、嫌で。
だから本当は、そんな自分がいるなんてアスランには知ってほしくなかったのに。

キラは恥ずかしいやら情けないやらで、ますますアスランの顔を正面から見られなくなって視線を逸らせた。


暫くして、もう一度くすりと笑い声が聞こえて。
キラが思わずむぅっと頬を膨らませかけた時、頭のてっぺんに何かがふわりと触れる感触が────。

あ、キスされた………とぼんやりと思っていたら、今度はいいこいいこと頭を撫でられる。


(なんか………子供扱いされてる?)


ちょっと睨んでやるつもりで見上げたら、アスランがなんだかとても嬉しそうに奇麗に笑っていたので、キラはついまぁいっか…なんて思ってしまった。
我ながら単純かもという気がしないでもなかったけど。
でも、キスといいこと笑顔で簡単に機嫌が直ってしまうだなんて、子供扱いされても仕方ないかもしれない。


「キラ、今日うちに来るんだろう?」

「………うん」

「嬉しいな、キラが料理作りに来てくれるなんて。何時頃に来られそう?」

「うーん…一回家に帰ってからだから、六時くらいかな」

「それなら俺が戻るのと同じくらいだと思うけど、帰りに寄る所があるからな。………ああ、そうだ。────キラ、これあげる」

「…………?」


お菓子のお礼だよとアスランがポケットから取り出してキラの手に握らせたのは────。


「………鍵?」

「そう、合鍵」


………何の、という質問はキラの口から紡がれなかった。
代わりにというか、やっと赤みが引いてきた白い頬に再び熱が集まってゆく。
鈍いキラでも、流石に分かったらしい。
金魚のように口をぱくぱくさせながら手の中のものとアスランの顔とを見比べて、呆然としている。


「本当は渡すのはもっと先にしようかと思ってたんだけど、この機を逃すといつになるか分からないからな。────俺の帰宅の方が遅かったら、それで先に家に入ってて」


キラは促されるままにこくこくと頷いた。
……というよりは、頭が飽和状態でついていけていないというか。
キーホルダーも何も付いていない極めてシンプルな鍵を、キラはまだどこかぼうっと見つめている。
無くすなよ、とアスランがキラの小さな手を包んでそれを握らせれば、無言のままもう一度首が振られた。


「ほら、そろそろ行かないとせっかく早めに着いたのが無駄になるぞ?カガリもきっと今頃やきもきしながら待ってる」

「あ、う、うん……そうだね。…………あのさ、アスラン」

「ん?」

「えっと…その……これくれたってことは、さ。アスラン居ない時にお部屋行ったりしてもいいの………?」

「勿論」

「…………帰ってくるの待ってたり?」

「それはかなり嬉しいな。なんだか奥さんみたいだ」

「おく……っ?!」

「現実にキラを俺の奥さんにするにはまだもう少し時間がかかるから、気分だけでも味わえるのはいいね」


ねぇキラ?

笑顔で問いかけられて、キラは思わずよくないよくないとそれはもう取れるんじゃないかっていうくらいの勢いで首を激しく横に振った。
……顔はゆでだこ状態だけど。
てか、今この人さらりと凄いこと言った………!


必死になって首を降り続けるキラに、アスランはおやと小首をかしげる。


「じゃあ俺以外の所にお嫁に行く気?駄目だよ、そんなの」


先ほどまでと変わらないにっこり笑顔での宣言に、キラは再び絶句した。

キラが固まっている間、アスランはというと先ほどから気になってしょうがなかった曲がったリボンタイを正してやっていた。
そうすると今度は左右の微妙な長さの違いが気になってしまって、結局スルスルと一度解いて結び直す事にした。


「ああでも、帰り待っててくれるにしても、今日みたいにちゃんと小母さんの許可が下りないと駄目だぞ?」

「うぇ…?!あ、それは勿論、分かってる…けど」


あっという間に先ほどよりもずっと奇麗にリボンの形を作った器用な指先に、キラは相変わらずだなと感嘆する。
昔も思ったけど、やっぱりこの手が欲しい。
というか、その器用さを半分でもわけてもらえないだろうか。
一緒に学校に通っていた頃も、キラのタイはアスランが結んでくれていた。
アスランは自分でやれと何度も何度もガミガミ言っていたけれど、自分で結んでも結局今みたいにやれ曲がってるだの雑だのとあっさり結び直されてしまうのだから、結局同じことだと思う。

………余計なことを考えているうちに先ほどの衝撃はなんとか過ぎ去ったようで、キラはほっと安堵した。


果たして本気で言っていたのか、からかっていたのか。
それはアスラン本人にしか分からないこと。
幼なじみでお互いよく知っている仲とはいえ、女と男、高校生と大学生。
意識しないうちに格差は昔よりも段々と大きくなっているらしく、キラには最近アスランの考えが読めないことが多々あった。
おかげでいいように反応を引き出されて遊ばれてる気もする……被害妄想かもしれないけれど。
ただ、年齢や経験の違いを見せられているようで、何かすこし悔しい。


「よし完璧」


リボンの形を何度か丁寧に指先で整えてからブレザーの襟元と裾も軽く引っ張って伸ばし、アスランは満足したように頷いた。


「さ、そろそろ行っておいで」

「うん。ありがとうアスラン。じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


キラは笑顔でアスランに手を振ると、背を向けて歩き出した。
しかしいくらも経たないうちに、まるで先ほどの再現のようにその背中がぴたりと止まって……やはりというか、振り向いた。


(………?今度は何だ?)


まだ何かあるのかと流石にちょっと呆れ半分になりながら、続きは帰ってから聞くからとアスランが声をかけようとした、その時。


「えっと、その………………また後で…ね?……早く…────」





早く、帰って来てよね。

────……ミライノ、ダンナサマ。





言い逃げよろしく、キラはアスランの反応を見る前にくるりと反転すると全力疾走に近い勢いで走り出した。

それはもう肉食獣に追われる草食動物かお前はというくらい必死に。
……ある意味、心情は似通ったものだったのかもしれない。
捕まったら終わり、と。
キラの場合は別に生命の危機があるわけではないのだが、捕まって何て言ったのだのもう一回だの言われた日には羞恥のあまり死にたくなるかもしれないので。


(い、言わなきゃよかった……!)


奥さん奥さん連呼して自分を動揺させたアスランへのちょっとした仕返しのつもりが、なんだかとんでもない方向にいってしまった気がする。
というか、言った自分が動揺してどうする。
血が上った熱い頬を嫌という程意識しながらの全力疾走中、キラはさっそく後悔の念に明け暮れていた。



だけど、もしもキラがここまでの恥ずかしがり屋でなければ。
もしくは、あと少しだけアスランに対しての余裕があって、その場に踏みとどまることができていたならば……────かなり物珍しいものをその目に出来たかもしれない。

しかし幸か不幸か、本人はそんな機会があったことなどつゆ知らず、ひたすら羞恥心と後悔と闘い続けていた。










「………………………反則だ」


ひとり取り残された男の呟きが、人通りの少ない小道にぽつんと落とされる。
次いで、腹の底からひねり出した大きな溜め息が……。

顔を覆った掌の隙間から見える、これでもかというくらいに朱に染まった肌が、彼の動揺と衝撃をこの上なく表していた。







<終わり>



なんとか終了……ですが、話のばしただけで結局は中途半端なような気もι
そして最後にきてアスキラが完全にバ○ップル化?!

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