【 フェンス 】
遠目に見つけた見なれた色彩に、キラはあっと声をあげた。
今まで暇つぶしの為に座っていたベンチから腰を上げて、こちらに気付かぬまま行ってしまいそうな相手の元に駆け寄る。
大人しく肩に乗っていたトリィも、お先にとばかりに既に飛び立っていった。
穏やかな昼下がりの中にあって、一層鮮やかに浮かび上がる濃紺色の元へと。
おかげで当の彼はと言えば、ちょこんと頭の上に着地したトリィを苦笑しながら指先に止まらせ直していた。
「アスラン!」
「……キラ?」
思いがけない場所での出会いに、すこし驚愕を浮かべて。
けれどそのあと、駆けよって来るキラの姿に、アスランは小さく微笑みを浮かべる。
「まさか自由行動中に会うとは思わなかった」
「俺もだ。キラの用事ってこっちの方だったか?」
「違うよ。思ったより早く終わったから、暇になっちゃってさ。だからしばらくブラブラとね。アスランは?」
「俺も終わったから、今から戻る所」
そう言うと、先程購入したマイクロユニットのキットを入れた袋を軽く持ち上げて見せる。
それを見たキラの表情が、一瞬だけだが…なんとも複雑そうな色を浮かべた。
アスランはそれに当然気付いたけれど、心の内で苦笑するだけで、何も言わないでおいた。
キラにとっては、あまり良い思い出がないことくらい知ってるわけだし。
それこそ、いやっていうくらいに。
「ところで……なんか、変な感じだね」
───コレのおかげでさ。
そう言ってキラが指し示したのは、ふたりの間に立ちふさがる公園のフェンス。
先程からふたりは、このフェンス越しに会話を交わしていた。
「そう思うなら、そんな所にいないでこっちに来い」
「だってそっちの通路って、ぐるっと回らないといけないんだもん。面倒くさい」
「あのなぁ……」
「アスラン、もうAAに戻るんだろ?なら、こっちからの方が近い。だったら───」
「わかったわかった。俺がそっちに行けって云うんだろ?」
「あたり」
満面の笑みを前に溜息ひとつ零して、アスランは肩をすくめる。
キラの我が侭には馴れているし、今回は確かに正論でもあるから、そうするのが別に嫌なわけではない。
───というよりも、早くこの状況から脱したいと思っていたから、幸いとも言える。
無機質なフェンスと。
その向こうに在るキラの姿。
どうしても、思い出してしまうから。
あのオーブでの出会いを。
どれほど名を呼びたくても、できずに。
どれほど触れたくても、叶わなくて。
互いの立場を、居る場所の違いを、物理的だけではない確かな距離を、嫌という程に知らしめられた。
こうして今は共に在ることができるけど。
不意にあの時の事を………敵対していた時の事を思うと、まだどこか苦しくて………。
「大丈夫だよ、アスラン」
口を閉ざしてしまったアスランに、キラは突然そう声をかけた。
───大丈夫。
少し寂しげな笑顔と共に紡がれた、その言葉。
「キラ?」
「今はもう、あの時とは違うから」
そう言うとキラは、ふたりを遮るフェンスの上へと軽やかに飛び乗った。
「ちょっ、キラ……ッ?!」
なにを……と慌てるアスランを眼下に見つめ、キラは微笑んだ。
───そして。
フワリと。
両手を広げて、彼の腕の中へと舞い降りた。
アスランは手にしていた袋を放り出して、自分の元へと飛び込んでくるキラの身体を受け止めた。
受け止めた際の衝撃とキラの体温が、突然の事で半ば呆然としていた意識を呼び覚ましてゆく。
「ね?あの時とは違うでしょ?遮るものがあったって、今ならこうして乗り越えられる」
あの時はずっとすれ違っていた想い。
それがしっかりと重なり合っている、今ならば。
「ああ……そうだねキラ」
アスランは、腕の中に収まった自分より少し小さな身体を、溢れる想いをぶつけるようにきつく抱きしめた。
もう決して、離れない様にと───。
時期場所全て不明……ι
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