【 軍服 】
ザフト軍所属、ナスカ級高速戦艦『ヴェサリウス』。
敵味方双方に名高いラウ・ル・クルーゼ率いるクルーゼ隊の旗艦。
そして、宇宙という広大な戦場の最前線を駆け、地球軍と戦いを繰り広げる事になる重要な拠点である。
"彼"は、今初めてそれに足を踏み入れた。
「これとももうお別れ、か……」
IDと異動命令の確認を終えて案内された士官室で、ぽつりと呟く。
見下ろすのは、つい先程まで纏っていた緑の軍服。
ほんの2、3ヶ月程度しか袖を通さなかった、それ。
愛着など覚える暇さえなかったけれど、なんとなく感慨深げに見てしまう。
こんなものを着る事になるなんて、幼い日の自分は思ってもみなかった。
否、ほんの一年前までは同じ思いだったはず。
戦争など嫌だった。
誰かの命を奪うなんて考えられなかった。
今でも、その思いは自分の奥底に残っている。
様々な訓練を受け、軍人と認められた今でさえ………。
それなのに、今自分は此処に居る。
もっとも避けていた筈のこの場所に。
───君のいる、この戦場に…………。
丁寧にそれを畳んでロッカーの隅に置いた。
そして背後のベッドに置かれている赤い軍服を手に取る。
『これからは、これが君の実力を証明するものとなるだろう』
ヴェサリウスに乗艦した直後に、その言葉と共にこれから自分の直属の上司となる人物から直々に渡されたものだった。
ダークレッドの軍服。
エリートの集まるクルーゼ隊の、さらにトップガンのみが纏う事を許される色。
身の内に流れる、命の色のようだと。
深い赤に袖を通しながら、そんなことを思った。
自分の中に流れる、命の色。
誰の中にも等しく流れている、生命そのもの。
そしてこれから、自分が浴びる事になる───深紅……。
まるで問いかけられているようだった。
その色に染まる覚悟はあるのか…………と。
自分の、そして誰かの流す、その色に。
(───覚悟なんて、できていないかもしれない……でも)
決めたんだ。
君の傍にいこうって。
守られるだけじゃなくて、君と共に戦いたいから。
ふっと小さく息を吐くと、ベルトを締め一気に襟元を上げた。
新しい軍服を纏った自分が、鏡に映る。
見慣れない己の姿。
けれど、これが今日からの自分。
自らが選んだ、道。
丁度その時、扉の外からブリッジへの招集を告げる通信が響くのが聞き取れた。
対象はヴェサリウスに乗艦する乗組員全て。
勿論その中には、パイロットの面々も含まれている。
その目的が、おそらく自分の顔見せだろうことは分かっていた。
ちらりと時計を確認すれば、乗艦時にブリッジに来る様にと指定されていた時間に差し掛かる頃だった。
空いた穴を埋める為に人員が補充される事は、既に知らされていたのだと聞く。
そしてそれが今日だということも。
ならば、本日より同僚となる者がいったいどんな奴なのかと様々な噂が立っているだろう。
耳が早いものは、恐らく身分の事すらも。
クルーゼ隊を構成する面々は、皆プラントでの実力者達の子息だ。
当然、それだけが選定の基準ではなく、実力もトップクラスでなければならない。
けれど、暗黙の了解の様にして高い身分の者の中から選ばれている。
しかし、今回それが崩れた。
他ならぬ、"彼"の存在で。
『私は評議会の方々とは異なり、完全な実力主義でね。有能な者ならば出自などどうでもいい』
『戦場では、己の能力だけが全てだ』
『君は、我が隊の優秀なメンバーの中にあっても、誰よりも上へ行ける可能性を持っている』
『期待しているよ』
(クルーゼ隊長………まずは、貴方の期待に応える所から始めないといけませんよね)
そう、前例のない事に渋る評議会を「戦場で指揮を執るのは自分ですから」と抑えてまで入隊を許可させたのは彼だった。
ならば自分は、それに応えなければならない。
その義務がある。
『トリィ』
聞こえた可愛らしい囀りに、そっと宙に手を伸ばす。
手を伝ってひょこっと肩に乗り、首を傾げる機械仕掛けの鳥。
頭を指でひと撫ですると、彼は隅にあるデスクに鳥をとまらせて微笑んだ。
「じゃ、行ってくるねトリィ」
パネルを操作して室内から出ると、一路目的地を目指した。
ふわふわと漂うようにして壁伝いに暫く行き、ブリッジに通じる扉の前へと降り立つ。
招集をかけられた面々は既に揃っているらしく、扉の中からはいくつもの話し声が聞こえてくる。
そして、クルーゼの声も。
当然とはいえ少し緊張している己に、彼は思わず苦笑を零す。
しかし一瞬後にはその柔らかな表情を消し、すぅっと息を吸い込んで声を張った。
「クルーゼ隊長、只今到着いたしました」
ざわめきが静まるのが、ありありと分かった。
少しの緊張と、多分の興味を孕んだ沈黙が外からでも感じられる。
入りたまえ、と入室を促す声に応えると、彼は居住まいを正し扉を開いた。
ここが、始まりの場所。
己の定めた道の、新たなスタート地点。
広がる視界にまず最初に入ったのは、既に面識のあるクルーゼとアデス。
その彼らに向けて敬礼をすると、次に目に入ったのは同じくダークレッドの軍服に身を包む5人の姿。
以前から聞き及んだとおり、5人は丁度少年と青年の過渡期くらいの若者で、彼とさして変わらない年だろうことが窺えた。
「そんな……まさか…………っ」
しんとした静寂の中に響いた、声。
その呟きを聞き取り、ゆっくりとその中の1人に視線を向ける。
(───アスラン)
離れていた間も忘れた事などなかった。
思い出さない日などなかった。
守りたいんだと───そう言ってくれた、君を。
軍に入ると告げ、止める自分に寂しげな微笑みを向けながらも、背を向け行ってしまったあの時から。
驚愕に見開かれた翠の双眸。
目の前の人物がこの場にいるのが信じられないのだろう。
ゆるく首を振りながら、まさか、と呟いている。
(ごめんね、アスラン。でも、僕は…………僕だって守りたいんだ。だから───)
硬直したままの幼馴染みにそっと微笑みを向ける。
相手はそれに一瞬ビクリと反応すると、何故……と声にならない言葉を唇に乗せた。
彼はその様を少し悲しげに見遣った後、振り切るようにまっずぐと前を向いてはっきりと告げた。
「本日付けでクルーゼ隊所属となりました、キラ・ヤマトです」
(僕は戦場に立つ───君の傍に居るために)
君を守る為に。
SSSにするはずが無駄に長………
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