【 眼鏡 】
「………………あれ?」
腕いっぱいに書類を抱えて入室してきたキラは、アスランを見て不思議そうに首を傾げた。
「……ん?どうかしたのかキラ?」
「アスランって、眼、悪かったっけ?」
「………?ああ、コレの事か」
アスランは自分の目許を示す。
キラが頷くのを見ると、そういえばしたままだったな…と呟いた。
そこにあるのは、彼が必要としていないはずのモノ。
「軽い遠視なんだ」
まじまじと顔を覗き込んでくるキラに苦笑すると、アスランは眼鏡を外した。
それを差し出すと、キラは受け取って物珍しそうに眺める。
「でも僕、アスランが眼鏡かけてる所なんて初めて見た」
「本当に軽いものだから、長時間作業する時くらいにしか付けないんだ。あとは………」
「………あとは?」
アスランは、キラの手から眼鏡を取るとそのまま彼の耳にかけた。
今まではクリアだった菫色が、レンズ越しにこちらを見ている。
きょとんとしているキラに微笑みかけると、アスランは眼鏡の中央をつんと突いた。
「あとは、評議会の古狸達を相手にする時の為のハッタリ、かな」
悪戯っぽく輝く翠の瞳。
しれっと語ったその内容に、不謹慎だと思いつつキラは苦笑を漏らした。
アスランは、こういう対応に困るような台詞を時々言うのだ。
それは、彼が自分を『仕えている立場』ではなく『親友』として……あるいはそれ以上の存在として見ている証でもあるから、そういう意味ではものすごく嬉しい。
嬉しいけれど、困るものは困るし。
「ア・ス・ラ・ン・様。それ、余所で言っちゃ駄目だよ?」
「本当の事だろう?それにキラ、様付け禁止って言ったよね」
「でも駄目。けど、ハッタリって言ったって、アスランはそのままでも充分じゃない?別に童顔ってわけじゃないし…」
「これ付けてた方が大人受けするんだよ」
「ふ〜ん」
「キラも、その方がずっと大人っぽく見えるな。ずっと付けてる?」
「……それって、僕が童顔だって言いたいの?」
───自覚はあるらしい。
じろりと睨んでくる視線を受け止めながら、アスランは内心で呟いた。
ご機嫌ナナメな彼に、返すっ!と押し付けられた眼鏡を再びかける。
アスランが耳元にかかる髪をさっと整えていると、キラがじっと自分を見ているのに気付いた。
「………キラ?」
シルバーグレーのメタルフレーム。
全体的にオーソドックスでシンプルな形。
だけど趣味の良さの窺えるそれは、アスランにとてもよく似合っていた。
「なんか………アスラン、格好良いなぁって」
「……………え?」
「うん、格好良い。すごく似合ってるねソレ。俳優さんみたいだ」
「……………………キラぁ」
脱力。
にこにこと無邪気にそう言われてアスランはデスクに突っ伏した。
どうしたの?とキラが問いかけてくるけれど、答える気力もない。
そりゃ、嬉しい。
好きな人に格好良いと言われたら、誰だって嬉しいだろう。
けど………。
(そんな風にサラッと言われると対応に困る………っ)
顔が赤くなっているのを自覚して、アスランは溜息をついた。
無自覚なキラをついつい恨めしく思ってしまう。
だが、相手があのキラなんだから仕方が無いと言えば仕方が無い。
あの従姉妹のラクスに勝るとも劣らない天然なのだ。
自分の言葉の持つ破壊力なんて、欠片も知りゃあしない。
「アスラン、もしかして疲れた?寝るならすぐにベッドの支度をさせるけど……」
「いや………いい。そうじゃないから」
「………そう?それなら良いけど。疲れたなら遠慮しないで言ってね?」
まだ心配そうなキラに、アスランは疲れたような笑みを返した。
もうどうにでもしてくれ、というのが本音だったりする。
一応恋人同士になってもう半年が経つのだけれど……。
当分は、この有能だけど天然で無自覚な親友兼部下兼恋人に振り回される事を覚悟しなきゃならないらしい。
(頭痛薬まだあったか……?)
遠い眼をしながら思うのは、そんな事だった。
設定=アスラン⇒『ザラ家の若き当主』
キラ⇒『アスラン付きの部下』 ※双方16歳
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