【 王子と姫 】
穏やかな昼下がりの日。
プラント皇国にもようやく少し遅い春が訪れた。
城の自慢のひとつでもある中央庭園には季節の花が華やかに咲き誇り、見る者に移ろいゆく自然の美しさを教えている。
その庭園内に在る東屋に、白い簡素なドレスを纏ったひとりの少女が居た。
備え付けの椅子にゆったりと腰掛け、背もたれにその身を預けて微睡んでいる。
まだあどけない寝顔。
腰程まである長いチョコレートブラウンの髪が、時折風に攫われふわりふわりと翻っていた。
荘厳な白亜の城を背に、緑と花々に囲まれ眠るその様は、まるで絵画のよう。
遥か空の彼方に在ると伝えられる天上の楽園すらも思い起こさせる、穏やかで優しい一枚絵。
そんな中、草を踏み締める音と共に少女の元に歩み寄る人影があった。
けれど、少女はそれに気付き起きる様子は無い。
間近で顔を覗き込まれても、髪を梳かれても、未だに目覚めぬ眠り姫。
そんな少女の様子に来訪者は小さく微笑むと、一房手に取った髪の毛に唇を寄せて呟いた。
「 」
想いの全てをのせて綴るのは、光をあらわす彼の人の名。
呼ぶだけで不思議と穏やかな気持ちになれる、魔法の言葉。
それに続けて、起きてと数回耳元で囁けば。
眠り姫にかけられた魔法は、あっけなく霧散する。
心地良い微睡みに身を委ねていた少女は、ゆっくりゆっくりと瞳を開いた。
「……………ラ…ン?」
「おはよう。良い夢は見られた?」
ワンテンポ遅れて、只でさえ大きな瞳がさらに大きく見開かれる。
微睡みを引きずってまだ少し蕩けた彼女の瞳に映り込んだのは………。
ここ数年の間に見なれたワインレッドの正装を一分の隙もなく着こなし。
柔らかな少し長めのロイヤルブルーの髪をさらりと風に流して。
目の前で優しく微笑む、とてもとても奇麗なひと。
それは間違いなく、今自分が身を寄せるこの国の世継ぎの皇子アスランに他ならない。
「………っ!!殿下…………!」
「此処に居たんだね。部屋に居なかったから捜したよ」
「あ………ごめんなさい。でも、殿下こそ何故こちらに?公務でまだあと数日はお戻りにならないはずでは………」
「うん。そのはずだったのだけど、先方の使者殿が来る途中に崖崩れに遭って立ち往生してしまわれたらしくてね。急遽、会合自体を道が復旧するまで先延ばしすることになったんだ」
現在プラントと同盟を結んでいる諸国との会合。
アスランはこの国の皇子として、次代の王位継承者として、現皇王であるパトリックよりこの度の全権を任されていた。
その為にアスランはひと月程前から城を出ていて、ふたりは暫く逢う事が叶わなかったのだ。
キラがプラントで暮らすようになって以来、これだけ長い間離れるのは初めての事。
アスランを待つ間キラは、ふたりでよく過ごした中央庭園に何度も足を踏み入れていた。
咲き誇る花々や鳥たちの囀りに包まれ、今は側に居ない彼の何気ない仕草や微笑みを胸に思い起こしながら。
少しでも、彼の居ない寂しさを埋める為に。
もう少しの我慢だからと自分を励ましていたところに、突然現れた彼。
嬉しくないはずがない。
けれど性根が生真面目なキラは、喜ぶよりも先に自分の失態の方が目についてしまった。
「あの……そうとは知らず、お出迎えもしなくて…………」
恐縮してしゅんとしてしまったキラに、アスランは小さく微笑みかける。
そして、キラの目の前に優雅に手を差し出した。
キラは一瞬だけ躊躇するような素振りを見せたけれど、差し出された手のひらにそっと自分の手を重ねる。
優しく引き上げられるままに椅子から腰を上げると、その流れでキラはアスランの腕の中へと迎え入れられた。
「逢いたかった」
一秒でも早く、君に逢いたかったんだ。
吐息と共に吐き出された呟きは、穏やかであるのと同時にひどく熱を帯びていて。
抱き寄せられた事で既に十分に胸の鼓動を速めていたキラに、さらなる追い打ちをかける。
こんな時はいつも、少しだけ………怖い。
自分へと向けられる彼の想いが、ではない。
時々痛いくらいに真摯な瞳で見つめてくるけれど、それ自体を恐ろしいと感じた事は一度もなかった。
怖いのは、それを受け止める自分自身。
自分の、このココロ。
あまりにも高鳴り過ぎて、壊れてしまうのでは、と思うから。
彼と一緒にいるのは、この上なく心地よくて安らぐ。
でも、一度[ひとたび]こんな風に触れられたりすると、限界など忘れたかのようにこの身体も心も、熱を持って勝手に走り出してしまうから。
それが少しだけ、怖かった。
生まれて初めての恋。
それを上手く処理して扱うことが出来る程、キラは大人でも器用でもなかった。
生まれ育った特殊な環境と状況故に、只でさえ同じ年頃の少女たちよりもずっとそういう面で幼いのだから。
自身がアスランに抱いてたほのかな恋心も、知識と経験の無さから、それだと理解するのに少なからず時間がかかった。
幸いな事に、アスランはそんなキラを急かすようなことはなかった。
いつでも穏やかにゆっくりと、キラのペースに合わせて。
彼女の未熟さも幼さも全てを理解した上で、少しずつこまやかな愛情を注ぎ続けた。
そしてその想いがようやく実り、婚約者としてキラを自国に招くことが叶った今。
アスランが何よりも強く願うのは、ずっと離れる事なく共に………という事。
焦がれに焦がれた存在故に、想う心は止まらない。
そして、願わくば。
叶うならば。
自分が彼女に向けるものと同じ程の強さで。
彼女も自分を想っていて欲しい……─────と。
「城を留守にしている間も、ずっと君の事ばかり考えていた」
「あ………」
「君はどうだろう?……少しでも、俺に逢いたいと思ってくれていただろうか」
間近から顔を覗き込まれながら囁かれる言葉に、キラは頬を染める。
少しだけ不安そうな光を宿したアスランの瞳がキラを真っ直ぐに見つめていた。
キラは、向けられた美しすぎる緑の色彩に、つかの間ぼうっと見蕩れてしまう。
幼さが招く小さな恐怖も、この瞬間には跡形も無く消え去って。
そうしてキラの胸に残るのは、ほっとするような温かな気持ちと、切ない程に甘美な慕わしい想いだけ。
何度思い知らされただろう。
ああ───やはり自分は、この人に恋をしているのだ………と。
「僕…………私…も、一日でも早く…逢いたかった……です」
キラは真っ赤な顔をアスランの肩口に埋めながら囁いた。
吐息のように小さな小さな呟き。
けれどもそれはちゃんとアスランの耳に届いていた。
望んでいた言葉を受けとって、アスランは思わず破顔する。
とても嬉しそうに、幸せそうに……─────。
「………あ…」
「……?どうした?」
「あの……言い忘れていたことがあって」
「なんだい?」
「おかえりなさいませ」
「………うん。ただいま、姫」
ものすごくノリノリで書きました(笑)
超少女漫画系統を目指してひたすらGO!
にしても姫キラと王子アスラン……な、なんてツボな響き!!
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