【 大切な人 】






「お前にとってヤツはなんだ?」





突然にイザークがそんな事を言った。



カタカタと忙しなく響いていた音がやむ。
それまで自分の作業に没頭していたキラは、一瞬何を言われたか分からずに手を止めて顔を上げた。
キラが手を加えているプログラムを眺めていたディアッカも、不思議そうに眉を寄せる。


「え……と、イザーク?」


キラは首を傾げてイザークの方を見た。
そのイザークはといえば、別段変わった様子もなく手元のディスプレイを見つめたまま。

「ああ?なんなんだ藪から棒に」
「煩いぞディアッカ、お前には聞いてない。キラに聞いてる」

にべも無い言葉にディアッカはうっと詰まる。
いつもの事とはいえ、容赦は全く無し。
キラはそれをちょっと気の毒そうに眺めると、ノートパソコンを閉じてイザークに向き直った。

「ヤツって………アスランの事?」
「他に誰がいる」
「例えば俺とか♪」
「引っ込め阿呆」
「………ハイ」

一丁両断されてディアッカは今度こそ沈黙した。
相変わらずのまるで漫才のようなやりとりにくすくすと笑みを零すキラに、イザークは瞳だけで「どうなんだ?」と聞いて来た。
切れ長のアイスブルーに射貫かれて、キラは慌てて笑みを引っ込めた。
そしてはたと思う。


(僕にとってのアスランって………なんだろう)


幼馴染みで友達。
親友………はお互いそう思ってるからそうだし。
兄弟っていうのも、今までを考えればあながち外れでもない。
もちろん、血が繋がってるわけじゃないけれど。
同僚っていう言葉も今なら当てはまる。
それじゃあ他は…………?
一番当てはまるのは何…………?



「うーーーーーーーん」

キラは腕を組んで悩み出した。
眉根を寄せて真剣に考え込んでいるその姿に、ディアッカが苦笑する。
なんでも真面目に受け答えするのはキラのいい所ではあるけれど、そこまで悩む程真剣になる事なのかと突っ込みたくもなる。
ちなみに、悩ます張本人となったイザークはといえば、相変わらずの無表情。
一体何を考えているのだか。


それから経過する事約5分。
いったい何時までそうやってるんだ?とどこぞから突っ込みが入りそうになった時、キラはぽつりと呟いた。



「大切な人……?」



問いの答と言うよりは、思っていた事が思わず口をついて出てしまった、という所らしい。
よく聞き取れずにディアッカとイザークが、え?と問い返すと、キラはひとり納得したようにうんうんと頷いている。

「うん、そうだ。そうだよ。大切な人!」
「へ?」
「だーかーらー、アスランの事でしょ?彼は僕の大切な人だよ」
「…………それだけ?」
「?うん、そうだけど。駄目?」
「いや……その、ダメっつーか…………」

当てはまる言葉が見つかって満足そうな顔をしているキラと対照的に、ディアッカとイザークはなんだか微妙な顔をしていた。

「なぁ姫。アスランの事好き……だよな?」
「ん?もちろん好きだよ?」
「……じゃあ、イザークは?」
「イザークも好きだよ」
「ニコルは?」
「好き」
「俺は?」
「好きだけど」
「…………なら、この中で誰が一番好き?」
「えー?比べられないよ、そんなの」
「………………」

ディアッカ再び沈黙。
イザークはといえば、はぁっと大きな溜息を付いていた。

「…………なぁ」
「…………なんだ」
「あいつらって、付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「そうだったと記憶しているが」
「………なら、なんでアレ?しかも普通なら「恋人だよ」とか言うんじゃねーの?」
「知らん。そんなこと俺に聞くな」
「なら、言うのが恥ずかしかったから誤魔化した─────」

視線の先には、どうしても思い出せなかったモノを思い出せた時の様に清々しい表情のキラ。
その姿は、別に『照れ』とか『羞恥』なんてものは欠片も感じられない。
何かを誤魔化してる様子も全くなし。

「───ってわけじゃなさそうだし」

じゃあ、本気で?とディアッカはついつい唖然としてしまう。
まさか本当にその一言で済ますとは。
なんだかアスランに同情めいた気持ちまで沸き上がってくるのだから不思議だ。

「天然?それともただの自覚ナシ?」
「…………両方だろうな」
「………?ふたりとも、何変な顔してるの?」
「いや、ちょっと……。アスランが哀れかなぁなんて…………」
「え?アスランに何かあったの?!」

本気で分かってないらしい。
ディアッカは本格的にアスランに同情した。
あれだけ普段、番の鳥のようにところかまわずくっついている姿には、羨望を通り越して恨みすら感じることがあったけれど………。
こんな無自覚でいられたんじゃ、嬉しくてもきっといろんな意味でツライ。
そんな事を考えながらディアッカが遠い目をしていると、不意にイザークが口を開いた。


「本当にそれだけか?」


その問いに、キラはきょとんと目を丸くする。
ディアッカも同じく。


「え…………?」
「本当にお前にとってアスランは『大切な人』というだけなのか?」
「?どういうこと………?」
「ヤツはお前の恋人なんだろう」
「………っ!!!なななな何をいきなり……………////」
「あ、なんだ。そういう自覚は一応アリなのね」
「うーーーーーー////」
「ディアッカ黙れ。で、どうなんだ?」

突っ込んで聞くイザークに、ディアッカは内心驚く。
自分は兎も角、彼にとってこの類いのものはそう面白くない話だと思っていたから。
頬を赤く染めてうううと唸っていたキラは、ちらりと視線をあげるとぼそぼそと呟き始めた。


「…………本当はね、上手く説明できないんだ。アスランの事は好きだよ?恋人……って、そうも思ってる。……でもね、それだけじゃないんだ」


ゆっくりと、キラは言葉を噛み締めるように語った。
それまで恥ずかしそうにしていたキラだったけれど、語るうちに段々と穏やかな表情に変わっていっている。
否、それは穏やかと言うよりもむしろ────。

「幼馴染みで、親友だし、兄弟みたいなものでもある。しっかりしてて頼りになるし、尊敬する人だって思ったりもする。でも、それと同じくらいにしょうがないなぁって思う事もあるし………」

そう、むしろ。
───いとしい、という表情だろう。
そのなんとも言えない柔らかな表情は、何よりも雄弁にその心を表していた。


「その中からひとつだけなんてどうしても選べなくて……。だから、"大切な人"。そういうの全部ひっくるめて言うなら、多分僕の中ではこれかなって思ったんだ」


自分とアスランの関係。
恋人。
親友。
兄弟。
同僚。
どれをとっても当たりだけど、当たりじゃない。
その中からひとつだけなんて選べない。
だって、ひとつだけじゃなくて───全部が欲しいから。


だから全部ひっくるめて、『大切な人』。


ひとつも取りこぼす事なくくっ付けて一緒にした言葉。
恋人よりももっとずっと広くて深くて底の見えない想い。
それに名前を付けるとしたら、ありふれた言葉だけど、きっとこれが一番近い。
だから、胸を張って言える。



『アスランは、僕の一番大切な人』



そう言って、キラは笑った。
晴れやかな───影なんて一欠片も見いだせない程に眩しい、最高の微笑みだった。
それを目の当たりにしたイザークとディアッカは、ついつい言葉も忘れて見惚れる。
それほどに、美しかった。





「入るぞ」

凍りついた時間を溶かしたのは、第三者の声。
プシュっという電子音と共に、アスランが部屋に入って来た。

「あ、アスラン」

振り返ったキラは、小さく微笑む。
対するアスランも、瞳をそっと和ませてそれに応えた。

「キラ、此処にいたか」
「何、どうかしたの?」
「ああ。この間回収したMSの解析作業なんだが……」
「もしかして、またエラーが出たとか?」
「らしい。もうこれ以上担当者の手には負えないから、ニコルがお前の力を借りたいと」
「んー、分かった。すぐ行くよ」


そう言ってキラとアスランはさっさと連れ立って行ってしまった。
扉の閉まる電子音が耳に残る。
そんな二人をぽかんと眺めてしまったこちらの二人組。
なんだか話の展開に付いて行けていない。

ついつい見送ってしまったディアッカは、なんとなく手持ち無沙汰になってしまって、後頭部をがしがしと掻く。
そして、ふと思い出した様に笑った。

「なんつーか、結局ノロケられたのか俺達?」

そういう事になる気がする。
最も、本人に自覚は皆無だろうけど。

面白そうに笑うディアッカの隣で、イザークは無言を守る。
無表情のまま、閉じた扉を見遣って。
けれどよく見れば、その口元は小さくつり上がっているようにも見えた。


「おまえはそれでいい」


否、それがいい。
小さく口内で呟いて、今度こそイザークはふっと小さく微笑んだ。







お兄ちゃんイザーク登場。


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