【01:君のとなりで 】 .....『ほのぼの10title』より
【4】
「アスラーーン!!」
あ、ほんとに帰ってきた。
『お客様がお着きになったようですから、お迎えを代わりにお願いします』とラクスに頼まれて、よく事態が飲み込めないうちに追いやられてしまったエントランス。
クライン邸に訪れたお客様を、何故この屋敷に預かってもらっている立場の自分なんかがお迎えするのか────というかしてもいいのか、という当然の疑問もあったけれど、ニコニコ顔のラクスには何処か有無をいわせない雰囲気があって……。
どんな人が来て、どんなことを言えばいいのかと内心かなりおろおろとしながらエントランスに辿り着いたアスランは、暫くその場にぼうっと突っ立っていた。
だけど、何やら慌ただしい音がした後にそこに駆け込んで来た姿を見て、ぽかんとする。
────ちょっとだけもしかしたらとは思ったけど……まさか本当にそうだなんて。
そのすぐ後にがしっと肩を掴まれたので、実際に呆気にとられていた時間は少なかったのだけど。
「君、大丈夫なの?!」
「……?」
「って、あ、肩!!ごめん痛くなかった?響いてない?」
「え……」
「あれ、処置は?なんで何もしてないの!」
「ぅえ……?」
「ああもうっなんでこんな所にいるの。ちゃんと部屋で大人しくしてないと駄目じゃないか!」
「ぅええ……っ?」
何がなにやら全く訳が分からない。
しかもこんなに余裕がなさそうな姿なんてほんとうに珍しくて。
アスランは、何やら必死な形相を仰ぎ見ながら、矢継ぎ早に繰り出される言葉にひたすらあたふたするしかなかった。
しかしハテナマークを山ほど飛ばしているうちにひょいと体を持ち上げられ、呆気ない程簡単にエントランスから運び去られてしまった。
「…?……え?え??」
いきなり高くなった視界に対応出来ず再び飛び回るハテナマーク。
本当に何が何やら。
歩く振動にあわせて一瞬体がふらついたので、アスランは慌てて手をついて安定を図った。
そこではたと気付く。
自分を持ち上げる人が珍しい服を着ていることに。
着なくてもいい時まで着てたくないからと日頃滅多に見る事が出来ない希少価値の高いその姿を久しぶりに目の当たりにして、アスランは思わず釘付けになる。
(ここからじゃちゃんと見れないから、おろしてほしいな……)
ずんずんと歩く姿をある意味特等席から見下ろしながら、ついそんなことを思う。
何がなんだかな状況を咄嗟に忘れてしまうくらい、この状況はアスランにとってはとても魅力的なものだった。
+++++
「キラ、お帰りなさいませ。アスランもお出迎えご苦労様でした」
リビングに到着したふたりを、プラントの歌姫ラクス・クラインが笑顔で迎えた。
口元に運んだティーカップを優雅な仕草でソーサーに戻し、入り口で立ち尽くすキラ(と抱えられたアスラン)の元へと歩み寄る。
座る姿はもとより、ゆっくりと歩く姿も楚々と立つ姿すらも洗練されていて美しい。
「随分と早いお戻りでしたわね。どんな魔法を使われたのですか?」
浮かべられた笑顔も優しさに溢れ、そしてどこか神聖にすら見える。
ファンが見たら目をハートにして卒倒しそうだ。
だけどキラは、にこにこと穏やかな笑みを絶やさないラクスに見とれるどころか、ひくりと思いっきり口元を引きつらせた。
「ラ〜ク〜ス〜」
う〜ら〜め〜し〜や〜という白い衣を纏った幽霊が発する言葉と瓜二つの語調。
最もそれはアトラクション内の話で、実際幽霊が現世に現れてそう言ったことがあるのかは不明だ。
半眼でうなるキラに、ラクスはあらまぁと目を丸くする。
「キラ?どうしましたか、そのようなお顔をされて」
私何もワカリマセン。
さっきから表情がそう言っているけど、今更なそれに引っかかる程、伊達にラクスの友人をやってない。
「どうしましたか、じゃないでしょ〜!もう、完全に騙された……っ!」
そこでようやく『何もワカリマセン』な表情を引っ込めたピンクの歌姫は、その代わりに悪戯っぽい表情でくすくすと笑みを零した。
「ふふ…ごめんなさいキラ、ほんの遊び心だったのです。まさかここまで信じられてしまうとは思いもよらなかったものですから」
「遊び心って……それで人の心臓に負荷かけるのやめてよね、もう」
がくりと項垂れるキラの姿に、未だに抱えられたままのアスランはどうしていいか分からずおろおろと視線を巡らせた。
ラクスはにこにこ、キラはぐったり。
────さっきから本当に…何が何やら。
「ホント………ついさっきまで騙されてたよ」
ねぇ?と疲れたような困ったような微笑みを向けられて、アスランは小首をかしげる。
あの後ようやく地面に降ろしてもらえて、今はリビングにあるソファに腰掛けていた。
すぐ隣にはキラ、向かいにはラクスが同じく腰掛けている。
「いつ気がつかれました?」
温かい紅茶をそれぞれのティーカップに注ぐ手を止めないまま、ラクスが相変わらずのやわらかな声で尋ねた。
キラは口調の端に滲むおかしそうな色を感じ取ってちょっとばかし憮然としたけれど、本当にものの見事に引っかかってしまった方としてはぐぅの音も出ない。
「……アスラン担いでこっち向かって歩いてるうちに段々冷静になってきたんだよ。だってアスラン処置も何もしてないし、辛そうにしてる雰囲気もまるでないし、第一そんな怪我人をラクスが野放しにするはずないし」
深くふかぁく溜め息を吐き出したキラに、ラクスは思わずといった風情でくすりと笑みを零した。
次いで、鈴の音を転がすような軽やかな笑い声が…。
キラは少しだけ罰悪そうな顔をしたけれど、ラクスの優しい笑い声に導かれてか徐々に表情をやわらかいものへと変えていった。
それは『参ったよ』の笑み。
元より怒るなんて出来ないのだから、最初から負けは決まっていたのかもしれない。
「もう…完全にしてやられたなぁ。少し考えれば分かることだったよね」
それに気付かなかったのは自分の手落ち。
そう言って苦笑を浮かべながら、キラは横へと手を伸ばした。
ゆっくりと頭を撫でてくれる手に心地良さを感じて、アスランは目を細める。
アスランはキラに触れてもらうのが大好きだから、ちょっとのことでも嬉しくなってしまうのだ。
難しいことは分からないけれど、とりあえずキラがすぐ横に居る。
それだけでアスランは満足だった。
「そうだアスラン、ちゃんとラクスの言うこと聞いていい子にしてた?」
ほっとして気が抜けたら、ようやくというか自分の立場を思い出した。
勿論キラも、いかに気心知れたラクスの元とはいえ、礼儀正しいアスランが余所様の所でいい子にしていないわけがないとちゃんと分かっている。
でも、保護者(代理)として、こういうところは形だけでもちゃんとしておかねば。
「うん。…………………あ、えっと…たぶん」
「え、多分なの?」
ちょっと自信なさそうに付け足された言葉に、キラは軽く吹き出した。
自分のことだから自分じゃ判断出来ないということらしい。
そんなに深く考えなくても、こういう時はうんと頷くだけでいいのに。
(こういう所真面目だよねアスランて。少なくとも僕だったら、どれだけハチャメチャやっててもいい子にしてたって言い張るのになぁ)
キラは自分の過去を思い出してアスランと比べてみる。
まぁ……それはそれでどうなのかなのだけど、キラにとってのこの年頃の子供のイメージというのはそういうものだった。
「大丈夫ですわアスラン。貴方はとてもいい子でしたもの、私が保証しますわ」
困り顔の幼子を見かねてか、そっと助け舟が出される。
「だって。ラクスが言うなら本当だっていうことだよ。偉かったねアスラン」
キラを振り向けばふわりとした笑みが返され、アスランはほっとした表情を見せた後ちょっと照れくさそうに顔を綻ばせた。
そうして再びアスランの頭に置かれた手。
意識がぎゅっとそこに集まる。
自分のものよりも、ずっとずっと大きな手。
いいこいいこと優しく撫でてくれるその手がやっぱり大好きだなとアスランは思った。
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