【03:寄り添う 】 .....『ほのぼの10title』より
「キラ……?」
コンコン、と。
控えめなノックの音と共に紡ぎ出される、更に控えめな言葉。
伺うように、何度も。
「…キラ……?」
けれども返る言葉はなくて。
いつもなら、「なぁに、どうしたの?」とふわりと微笑みを浮かべながら応えてくれるのに。
それなのに……今あるのはしんとした静寂だけ。
あの優しい声も、穏やかな瞳もなくて。
「〜〜〜〜っ」
アスランはとうとう痺れを切らして、扉の横に付けられているパネルのボタンを腕をいっぱいに伸ばしてえいっとばかりに押した。
実はどれが開閉ボタンかなんてよく解らなかったのだけど。
けれども今のアスランの心の中は、自分とキラとを隔てている敵をやっつけるような心持ちでいっぱいだった。
そしてその勢いのまま、ばんっと一発。
するとピピッという軽い電子音の後にすんなりとその扉は開いて……。
アスランは暫くその様子を呆気に取られて見ていたのだけれど、ようやく正気に返っておずおずと室内へと足を踏み入れた。
この部屋に入るのは、実は初めてのこと。
ずっとどんな所なのか気になってはいたのだけれど、なんとなく気が咎めて入れなかったのだ。
何故ならアスランの父親は、アスランが自分の仕事部屋に入る事を快く思わなかったから……。
むしろ、勝手に入ってはならないと堅く禁じていた。
ここはキラの仕事部屋。
前はアスランの父親であるパトリックの書斎(滅多に使わなかったもの)だったらしいのだけど、キラとアスランが本格的にこの家に住むと決まった時に整理されて今の状態になった。
思いの他物がなくて驚きつつも、アスランはきょろきょろと辺りを見回しながらゆっくりと足を進める。
すると、入り口から丁度死角になっていた場所にあるソファにキラの姿を見つけた。
ひじ掛けにもたれかかるようにして目を瞑っている。
どうやら何か仕事をしながらうたた寝をしてしまったらしい。
それを見て、アスランはほっとしたような残念なような不思議な気分になった。
入っても良いと言われていないのに入ったから、怒られるかもしれない……そう思っていたから、キラが寝てて怒られないことには正直ほっとする。
でも、キラが寝てしまっているという事実がちょっと残念な気もした。
こっそりこっそりと、なるべく足音を立てないようにゆっくりと近寄る。
ソファの向かいにあるテーブルにはキラが愛用しているハンディタイプのパソコンが起動したままになっていた。
そこに映し出されているのは、何やら難しそうな文字の羅列。
いかに子供の割に優秀なアスランといえども、流石にそれが何なのかはさっぱり分からない。
少しだけ画面とにらめっこをした末、アスランは飽きたようにぷいと顔を背けた。
そして、元々の目的であったその人物の元へと更に近付いた。
「きぃら………?」
ソファに手をついて顔を覗き込む。
その表情は、長い前髪に隠されてあんまりよく見えない。
けれど、それでもアスランは満足してほわりと微笑んだ。
「キラ、ねぼすけさんだね?」
それは、いつもキラがアスランに言う台詞。
朝、なかなか起きれないアスランに、キラが笑いながら囁く言葉。
それを今は自分が言えるということに、なんだかやけに嬉しさが込み上げてくる。
アスランは突然何か閃いたのか、あっと呟いて。
そして、ソファが揺れないようにとゆっくりゆっくり身を起こすと、ぱたぱたと部屋を出ていった。
そして、それから5分後─────。
ずるずると何かを引き摺りながら再び室内に姿を見せる。
よいしょ、よいしょと。
少し重たそうにしてアスランが引っ張ってきているのは、ふわふわの布団。
自分の寝室のベッドに敷かれているものを、わざわざ二階から持ってきたのだ。
キラが眠るソファの前まで布団を運び終えると、ふぅっと一息。
いくら布団一枚とはいっても、まだ小さいアスランがこの広い家の隅から持ってくるには結構な大仕事だった。
「ん……しょ…っと」
ふわふわもこもこの裾を引っ張って、少々不安定な格好で寝入っているキラの上になるべくそぅっと引き上げる。
キラが起きてしまわないかハラハラしながら、ゆっくりと。
そうしてキラの細い体をソファごと覆ってしまうと、アスランは満足したようにはふっとため息をついた。
額に滲んだ汗を腕で拭って、達成感に溢れた笑顔を浮かべる。
本当は、今はもうとっくにお昼ご飯の時間。
いつもならエプロン姿で「何食べたい?」と聞いてくる時間なのに、いつまで経っても姿を現さないキラにアスランが焦れて呼びにきたのだったけれど。
でも、気持ちよさそうに眠ってるキラの姿を見ていたら、そんなのどうでもよくなってしまって………。
アスランはよしっと頷いて自分も布団の中に潜り込んだ。
暫く暗闇の中でもぞもぞもぞもぞ……。
そして目当ての場所まで行き着くと、ぷはっと顔を出した。
見上げる前にあるのは、キラの穏やかな寝顔。
さっきまでは見えにくかったキラの顔が、今はよく見えた。
長い睫が頬に影をつくっている。
「キラ…きれー……」
小首を傾げるようにして覗き込みながら、アスランはぽつりと呟いた。
こうやって間近で見るキラの寝顔。
それは、アスランの幼心にもとても奇麗に見えて─────。
「ははうえとどっちがきれいかな………?」
……なんて、アスランの母親であるレノアとキラが聞いたらふたりとも別の意味で絶句しそうなことを思った。
いや、きっとあのレノアのこと……あらまぁと心底おかしそうにからからと笑うことだろう。
そして女性と(しかもレノアと)顔の奇麗さで比べられたことを知ったキラは─────きっとあはは…と引きつった笑みを浮かべるはず。
そして内心でこう思うだろう、『この似た者親子め…』と。
キラは昔からよくレノアに「お嫁に欲しいくらい可愛い」と言われ続けていたから。
暫くそうして飽きることなくキラの寝顔を見つめていたアスランだったけれど、布団の中のぬくぬくとした温かさについついうとうととし始める。
しまいにはふぁ…と欠伸も込み上げて。
お腹がすいていたことよりも、今は眠たい思いの方が強いらしい。
アスランはもう一度布団の中に潜り込んで、目の前にあるキラの胸元へ頬を擦り寄せた。
ふわりとキラの匂いが鼻をくすぐる。
優しい温もりと、甘い匂い。
自分を包み込むそれに安心しきって、アスランはすぐに眠りへと誘われていった。
「…………っ!!今何時…っ?!」
キラはうっすらと目を開いて少しぼーっとした後、がばっと飛び起きた。
まだ少しだけぼやけている頭を必死でたたき起こしながら、時計を探して周囲を見回す。
「うっそ、もう2時半……?!て、お昼の支度まだじゃ……っ!!」
慌てて立ち上がろうとした、その時。
ようやくキラは自分の体に覆い被さっていたものの存在に気付いた。
うたた寝してしまうまでは確かになかった、ふわふわとした─────。
(……掛け布団?)
しかも、各部屋に備え付けてあるブランケットの類いじゃなくて、ちゃんとした寝室用の。
不思議に思ってそれを引っ張ると、自分の懐のあたりにぞもぞと何か動く感触を感じでぎょっとした。
恐る恐る布団を捲ってみれば、そこには丸くなったアスランの姿が………。
「アスラン……?」
アスランはキラの体にぴったりと寄り添って、くぅくぅと可愛らしい寝息を立てている。
布団のなかにもぐって温まりすぎたせいか、頬だけでなく耳のあたりまでがほわんとした薔薇色に染まっていた。
他は普段同様雪のように真っ白な肌だけに、そのコントラストがやけにくっきりと映える。
なんとなく条件反射で紺色の髪を撫でてやりながら、あ……とキラは呟いた。
「そっか………この布団、君が持ってきてくれたんだ」
きっと部屋に呼びにきた時に自分が寝ていたから、風邪をひいたらいけないと思って持ってきてくらたのだろう。
常日頃、寝る時は布団をちゃんとかけないと風邪をひいてしまうよと言い含めているから………。
そんなアスランの素直さと心根の優しさが、ひどく嬉しく感じた。
「……ありがと、アスラン」
重くて大変だったでしょう……?
キラは幸せそうに寝入ってるアスランの柔らかな頬にそっと口付けた。
そしてアスランを起こさないようにそっとソファーから抜け出す。
今からじゃお昼ご飯にはもう遅いけれど、自分のせいでアスランが食いっぱぐれてしまったのはやっぱり申し訳ない。
だからせめて、何か美味しいおやつでも作ってあげようとキラは考えた。
アスランの好きなもの。
マドレーヌ、チェッカークッキー、チョコレートムース、シフォンケーキ……。
何がいいかなぁと節々を伸ばして固まった体を解しながら考える。
アスランの喜ぶ顔が見れるといいなぁと思いながら当人を振り返れば、子供は未だにすやすやと安らかな眠りの中。
その口元が何や言いたげにむにゃむにゃと動いたのを見て、思わず微笑みが込み上げてくる。
「……ちょっとだけ待っててね?」
すぐ戻るから、と愛らしい寝顔に言いおいて、キラはちょっと早足になりながらキッチンへと向かった。
目標は、出来ればアスランが起きるまでに作り終えること。
よぅしがんばるぞーっと気合い一発。
愛用のエプロンを着けて腕まくりをすると、キラの戦いが始まった。
++END++
今回はふたりとも一方通行で会話がナシ……ι
でも相変わらずラブラブ?
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