【06:隣にあるぬくもり 】 .....『ほのぼの10title』より
【3】
やけに奇抜な絵柄のタヌキとキツネのキャラクターが描かれている『待ち合わせ広場』という大きな看板の丁度真下にアスランは立っていた。
周囲にはアスランの他にも待人を待っている人たちがかなりいたけれど、流石にアスラン程小さな子供の姿はない。
そのせいかどうかは知らないけれど、先ほどからずっとちらりちらりと自分を伺う周囲の視線を感じていてちょっと居心地が悪い思いをしていたアスランは、自分を呼ぶ声を聞いてぱっと顔を上げた。
ようやく聞けた、大好きな声。
こっちに駆けてくるその姿を認めて、アスランは先ほどまでのどこか不安そうな顔を一転させて瞳を輝かせた。
「キ……」
「アスラン……ッ!」
「ぅわ……!!」
飛びつくようにしてぎゅうっと抱きしめられて、アスランは思わず固まってしまう。
……でも。
ああ良かった……と耳元に落とされた安堵の声によって、呪縛からはすぐに解き放たれた。
その抱擁はいつものふんわりとしたのと違って、力が込められ過ぎていて少しだけ痛かったけれど、アスランはそれが全然嫌だとは思わなかった。
むしろ胸の辺りがなんだかポカポカとするような感じがして─────アスランは自分を抱きしめるキラの体に、すこし遠慮がちだけど……そっとしがみついた。
「でも、よくちゃんと自分で届け出に行けたね」
本当にアスランてしっかりしてるね、おかげで助かったよ……と。
極上の微笑み付きでエライエライと頭を撫でられて、アスランは照れたように笑った。
「……まえ、ははうえが言ってたから。もしひとりになっちゃったら、こわがらないでおみせのひとに言いなさいって」
「そっか。流石レノアさんだなぁ」
最も、それをちゃんと理解してしかも実行に移せるかどうかは本人次第だろうけれど。
そうすると、アスランはやっぱり凄い子だなぁとキラは思う。
迷子になってもパニックに陥って泣き出さなかった上に、自分からスタッフの人の所まで行って、しかも呼び出しの放送までお願い出来たっていうのだから。
キラは自分のすぐ隣でまだ少し照れているアスランを見下ろしながら、どこか誇らしげな思いすら抱いた。
「あ、でも、なんで迷子センター行かなかったの?呼び出しの放送お願いした時に係の人においでって言われなかった?」
「………いわれた。でも、いいってことわった」
「どうして?」
「だってぼく……まいごじゃないもの」
ごくあたりまえのように言葉に、キラはうん?と首を傾げる。
迷子じゃないなら何だって言うんだろうか。
すると、聞き捨てならない言葉がアスランの口から紡ぎ出された。
「まいごは、キラだもの」
「え………?!ちょっ、ちょっと!なんで僕が迷子?」
「だって、はぐれた人がまいごでしょ?はぐれたの、キラだもの」
どこか自信満々にすら見えるアスラン。
ああ……だからアスランは『自分の』迷子放送じゃなくて『僕の』迷子放送にしたのか……と思考停止した頭の隅でふと思った。
普通ならアスランのような子供が保護された場合、「○○色のシャツに○○色のズボンの○○ちゃんというお子さまの〜〜」というような保護者へ向けた迷子放送になるだろう。
それなのに、実際に流れたのはなんとなんとのキラの呼び出し放送だ。
……しかもキラ・ヤマト『くん』て─────。
何故だか知らないが、微妙に落ち込む響きだ。
いや、自分だってコーディネイターとして成人しているとはいってもまだ16なわけだし、君付けで呼ばれることだって多々あるけど。
でもこれでも一応特殊とはいえ社会人だし、まさか館内放送で君付けされるとは………。
っていやいや、今はそんなことにこだわってる場合じゃなくて。
「だから、いっしょにいた人がまいごになったから、よびだししてくださいって言ったの」
「なんで……?!迷子は君だろう」
「ちがう。まいごはキラ。……キラが先に手はなしたんだもん」
「え?え?離してないって!」
「はなしたもん、キラなんだもん」
「離したのはアスランでしょ?迷子も僕じゃなくてアスラン」
「ちがうよ、キラだよ」
「絶対アスラン」
「ぜったいキラ」
「アスラン!」
「キラ!」
この強情っぱりめ……!とキラはアスランの柔らかな頬を両手の指先でむにっと摘んだ。
その顔には、もう僕の負けだよ、と言わんばかりの微笑みが浮かんでいた。
ほっぺたをむにむにとされているアスランも、その手から逃れたがるようにいやいやと首を振りながらもどこか楽しそうに笑っていた。
しばらくはそんな調子でじゃれあって。
それからあれこれと何かを話し合ったあと、ふたりは少し先にあるカラフルな外観をした玩具館へと向かっていった。
どうやら、自分の不注意で不安で寂しい思いをさせてしまった事へのお詫びと、とっても上手に行動できたご褒美として、キラがアスランへ何かを買ってあげるらしい。
本当にっ?と驚き半分期待半分なアスランに、キラはもちろんだよとにっこり笑う。
その子供らしい素直な反応が、日頃控えめであんまり物欲のなさそうなアスランにしては珍しいかなぁとは少し思ったけど、そうやって喜んでくれるならキラも嬉しく思う事ならあっても厭う理由などないわけで。
よーし何でも買ってあげちゃうぞー、だなんて気分の良さにまかせていささか調子に乗ったことまで言いながら。
まるで自分の方が子供のようにはしゃいで、ほらはやく行こうとアスランをせかす。
アスランもそれにうんっと頷くと、キラと一緒に歩き出した。
ふたりの手は、しっかりと握られている。
前の時以上にぎゅっと。
またするりと離れていってしまわないように。
アスランは、キラに手を引かれるようにしながら、繋がった手をじっと見つめる。
その後ちらりと隣を行くキラの横顔を見上げて………そうしてもう一度手に視線を戻すと、ひどく幸せそうに微笑んだ。
それは、見る者が思わず立ち止まって頬を緩めてしまいそうなほど、本当に本当に幸せそうな笑顔だった。
キラとはぐれてひとりきりで立ちすくんでいた時、アスランは自分がすごく孤独に思えた。
周りには家族連ればかりで。
自分と同じ年くらいの子は、みんなお父さんとお母さんと一緒だったのに。
それなのに自分は、ひとりぼっち。
それに、こういう場所に両親と一緒に来たことなんて、覚えてる限りでは一度もなくて……。
そんな自分が、その時はなんだかすごく悲しく思えた。
両親が忙しいのはアスランが生まれる前からだったから、アスランにとってはずっとそれが当たり前だったから、今までそんな風に思った事もなかったけど。
実際に『一般の家族』を目の当たりにしてしまうと………ちょっとだけ胸が痛んだ。
だから、ちょっと……ちょっとだけだけど、キラには悪いと思ったけど。
来なければ良かったな……なんて。
そんな風に、あの時は思ってしまった。
─────だけど。
自分には、キラがいる。
大好きな両親は、今は傍にいない。
それに、もし一緒に暮らしている時でも、ふたりとも忙しくてアスランを休日に遊びに連れていってはくれないけれど。
でも………キラがいつも傍にいてくれる。
はぐれたって、一生懸命探してちゃんと迎えにきてくれる。
優しくて、あったかくて、奇麗で、アスランの大好きなキラが。
いつも、一緒にいてくれる。
家でも、外でも、いつでも。
アスランがひとりきりにならないように、どんな時でも必ず傍に。
そして時にはこうやって手を繋いで、温もりでそれを教えてくれる。
手を繋ぐということ。
それは、ひとりぼっちじゃないという確かな証。
隣を見上げれば、いつだってその手の先に居てくれるという現実。
それが何故だか泣きたくなるくらい幸せに思えて、アスランは瞳が潤みそうになるのを堪えるようにして手のひらにぎゅうっと力を込めた。
キラの手、キラの温もり………キラという存在すべて。
それが、アスランの求めた幸せの形。
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ちなみにアスランが玩具をやけにを喜んだワケ。
それは、あの男の子がちょっと羨ましかったからなのです。物わかりが良くて大人びているアスランも、ホントはやっぱりまだまだ子供なのです。
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