【08:いつか、そこに  .....『ほのぼの10title』より






「……ねぇ…キラ?」
「ん?なぁに?」


伺うような小さな声に、僕は振り向いた。

視線の先のアスランはさっきからずっとそうしていたようにソファに腰掛けている。
腕には相変わらず白いクマのぬいぐるみを抱いて。
…というか、白クマの方がアスランより少しだけ大きいから、一生懸命抱えようとしているっていう表現の方が的確かもしれないけれど。

そんな微笑ましい光景につい頬がゆるむ。
でも、こうしているといよいよ本当に女の子にしか見えなくなるなぁ。
薄紫色の大きなリボンを首もとにあしらわれている巨大なぬいぐるみは、どう見たって女の子向けだし。

ラクスも何を思ってこれをプレゼントに選んだんだろう……。
確かにこの上ないくらいに似合ってるんだけどね。


「………あの…ね…」
「……?アスラン、どうかした?」
「んっと………」


アスランがさっきから何かもの問いたげな顔をしていたのは、実は知っていた。
というか、あんなにずっとちらちら見られたら僕だってさすがに気付くよ。

でも、そんなに言いづらいことなのかな。


「その……キラのちちうえとははうえは………とおく、なんだよね…?」
「僕の両親?うん、ふたりとも今は地球にいるよ。僕はひとりでプラントに来たから」
「どうして……キラといっしょにこなかったの?」

どこか不安そうな瞳が僕を見つめている。

そこでようやく、僕はアスランの躊躇いの意味を知った。
きっと、聞いたら僕が気を悪くするかもしれないと思ったんだね。
あまりにプライベートな質問は、好まれない事が多いから。
まだこんなに小さいのに、アスランはそれをなんとなく知っているんだ。


白クマの肩のあたりに顔を埋めながら、アスランは上目遣いで僕を伺っている。
その瞳は、どこか怖がっているようにも、後悔しているようにも見えた。

………そんなに気を使う必要ないのにね。


「そっか。アスランには言ってなかったよね」

盲点だったといえば、そうだったのかもしれない。
別に特別隠してたわけではないけど。
ただ、そういった僕のプライベートなことを改めて言う機会があんまりなかっただけで。

「僕はね、一世代目のコーディネイターなんだ」

分かるかな……とちょっと思ったけれど、アスランはすぐにその意味を汲み取ったらしい。
埋めていた顔をぱっと上げて、目を真ん丸にして僕を見ていた。
あ、吃驚した顔久しぶりに見たかも。

プラントにも、僕くらいの年齢の一世代目はとてもとても少ない。
アスランくらいの年齢になると、更に少ないんだろうなぁ。
もうそれこそ稀少価値がつきそうなくらい。

だから、もしかしたらアスランは僕以外に若い第一世代コーディネイターには会ったこもとないのかもしれない。
世界情勢を考えれば、それは当然といえば当然なのかもしれないけど。


「いっせだいめ……?」
「そう。アスランは二世代目のコーディネイターだよね。その意味は、わかるかな?」
「うん………ちちうえも、ははうえも、コーディネイターだから……。じゃあ、キラの………」
「うん、そう。僕の両親はふたりともナチュラルなんだ」

僕はやりかけのプログラムを閉じて、PCの電源を落とした。
イスを引いてアスランの傍まで行くと、その隣に腰掛ける。

一度ちゃんと話をしておくのもいいかもしれない。
まだ小さいから……っていう理由は、アスランには通じない気がするし。
それに、母さんの親友で僕らのことを全部知ってるレノアさんが前もって話さなかったっていうことは、きっと僕自身の口からの方が良いと判断したからだと思うから、

見上げてくる視線に微笑みを返して。
柔らかな髪に手を置きながら、少しだけ語ってみることにした。


「今、プラントと地球……コーディネイターとナチュラルの仲がとても悪くなってきているのは、アスランも知ってるよね?」
「………うん」
「そんな状況下だからさ、ナチュラルの僕の父さんも母さんもプラントへは来られなかったんだ。それと同じ理由で、僕も今までみたいに地球には留まれなかった」

実際、情勢の悪化からプラントでは今やナチュラルの入国は完全といっていいほどに規制されていたし、地球ではコーディネイターと聞けばそれだけで思いっきり眉を潜められるような状況があった。
場所によっては、実際に危害を加えられることもある。


僕が居たオーブは中立国家だったから、他の国々と比べればコーディネイターに対する感情はそれほど悪くはなかった。
勿論暮らす人たちはナチュラルの割合の方が圧倒的に多かったけれど、それでもかなりの数のコーディネイターが受け入れられてそこで暮らしていた。
僕も、そんなひとり。

でもそんなオーブであっても、ここ暫くの地球プラント間の関係の悪化とはまるきり無関係とはいかなかった。
ウズミ・ナラ・アスハ代表はそんな中であっても決してオーブの理念を変えようとはしなかったけれど、周囲の連合傘下の国々からの圧力も日に日に増えていていっていた。


「本当は離れて暮らすなんて、考えた事もなかったんだけどね。でも、これ以上状況が酷くなってからじゃもう遅いからって、今のうちに安全なプラントへ行くようにって……そう父さんも母さんも言ってくれたんだ」

僕という一世代目コーディネイターの両親という立場のせいで、ふたりとも地球では大分肩身の狭い思いもしてきた。
同じナチュラルでありながら、まるで敵のような目で見られたことだって拒絶されたことだって何度もあっただろうに。

それなのに、ふたりは自分達のことよりも僕の安全のことを第一に考えてくれていた。


「僕にプラント行きの話を持ち掛けてきた時には、もうレノアさんに連絡を取って全部受け入れ準備をし終わった後だった。自分の両親ながら、あの手際の良さには驚いたよ」

当時を思い出して、つい苦笑が漏れた。

本当に騙されたというかなんというか……。
いきなり「レノアのこと覚えているわよね?」と母さんの隣に立つレノアさんを紹介されたかと思えば、次にはもうプラント行きのチケットとパスと荷物を押し付けられていたんだから。

きっと父さんも母さんは、そうでもしないと僕が絶対にプラントに行こうとしないっていうことが分かっていたんだと思う。
だから、僕が怒ることも覚悟の上であんな半ば無理矢理な方法を選んだろうな。


シャトル乗り場で別れるまで、ずっと僕は全部勝手に決めてしまったふたりに随分怒っていたものだけれど………。
父さんの寂しそうな顔だとか、隠れて涙を拭ってる母さんの姿だとか。
そういうのを見てしまえば、もう何も言える事なんてなかった。

子供みたいにふたりに抱きついて、絶対に会いにいくからと、ただそれだけを伝えた。



「さみしく…ない?あえなくて……」

それまで黙って僕の話を聞いていたアスランが、そっと聞いてきた。
白クマと一緒に僕の肩にもたれかかりながら、その視線は出窓にある一枚の写真に向けられている。
そこには、今よりまだ少し小さいアスランと、彼の両親の姿が映っているはず。

きっと、両親と離れて暮らす僕の話を自分のことのように思ったんだと思う。
アスランも、ずっとではないとはいえたまにしか両親と共に過ごせないから。
それを、やっぱり寂しく思っている事を僕は知っている。


「寂しいよ。もう三年近く顔も合わせてないし声も聞いてないから。時々、すごく会いたくなる」
「…じゃあ……キラはここより、ちきゅうがいい……?」

アスランに縋るように見つめられて、僕は反射的に手を伸ばした。
その声も瞳も、少し震えていて。
そのまま泣いてしまうんじゃないかと思ったから。

いつもそうしているように、僕はアスランの頬を何度か撫でる。
アスランが安心するように。


「……確かに両親に会えないのは寂しいけど、プラントで暮らすことは嫌じゃないよ。ここに来て新しい友達も沢山出来たし、パトリックさんもレノアさんも良くしてくれてる。それに、アスランにも会えたから」
「…ぼく………?」
「うん。アスランと会えてすごく嬉しかったから。もしかしたらそれが僕がプラントに来て一番の収穫かもしれない」


それは本当の本音。
アスランと出会えて、そうしてこうやって楽しい日々を過ごす事ができているのは、本当に僕としても意外だったしそれ以上に嬉しい事だった。
最初にアスランを任された時には、正直どうしていいか分からない事も多かったけれど……でも、こんなにも穏やかで優しい日々が送れるなんて、夢にも思ってなかった。


プラントに来て、今までとは全く違う生活が始まった。
……レノアさん達は何かあったらいつでも助けてくれると言ってくれたけど、さんざんお世話になった上にまだ頼り切ることはやっぱり躊躇われた。
だから、何でも最低限のことくらいは自分で出来るようにとにかく色々な知識や技術を詰め込んだ。

パトリックさんの申し出を受ける形でアカデミーに入って訓練もしたし、今では自分でも信じられない事に軍人なんてしてる……─────最も、今もそうだけどちっともそれらしくない仕事ばかりしているけれど。

でも、それが思いがけずに幸運を呼んでくれた。

こうして弟みたいに思える存在と出会わせてくれた。
地球で暮らす両親とは違う、新しい家族とも呼べる存在に。
まるで、天使のように可愛らしい君に。


「アスランがいるから、僕は寂しくないよ」


心の底からそう思う。

アスランはそんな僕の言葉に何かを思ったのか、ただぎゅっと抱きついてきた。
拍子にソファに投げ出されてしまった白クマが、何をするんだと抗議するように僕の肩にぶつかってきたけれど。
僕はしがみついてくる小さな体を受け止めて、その背中を撫でてやった。


「アースラン?どした?」
「………ぼく…も…」
「うん?」
「…キラのちちうえとははうえに……いつかあえるかな……?」
「きっと会えるよ。僕もふたりをアスランに紹介したいな。そうだ、もう少し世界が安定してきたら、一緒に地球に行こうか?」
「……ほんと?いっしょに……?」
「うん。アスランは行った事ないんだよね?地球にはとっても奇麗な場所が沢山あるんだ。僕の父さんと母さんを紹介したら、そこにも連れていってあげる」
「うん……!キラ、ぜったい…だよ?」
「いいよ。ほら……約束、ね?」


小指と小指をからめて、僕もアスランもく小さく笑った。

いつか、紹介できればいいな。
僕の優しい両親と。
僕の心に焼き付いて離れない、あの美しい自然の姿を。

僕の大切な、君に。












そして、いつか全てを言える時が来るんだろうか。

今はまだ言えない、沢山のことを。



さっき話したことは嘘じゃない。
でも、真実すべてでもない。

誤魔化しだったわけじゃないんだ。
ただ、そう簡単に言葉にしていいものではないから。
どうしても僕は、自分自身のことに関しては、真実をありのまま話す事はできない。

それは……僕が僕である以上、これからも決して変わらないだろう。


─────アスラン、
それは、きっと家族同然だと思っている君にも同じ。


ずっと秘密のままでいたいとも思う。
知らないでいてほしいとも思う。

僕に架せられた十字架はとても重たくて、そして血塗られているから。



…………でも、もし。

もしも、君がもう少し大人になって。
いつか何かのきっかけで僕を取り巻くものの一端を知って。

そして………それでもそれ以上を知りたいのだと願ったならば。




いつか、僕の抱える秘密も、全部……君に言える日が来るのかな………?







++END++



ほのぼのじゃなくてゴメンナサイ…でも、どうしても入れたかったお話。
キラの秘密は、ちょこっと手を加えてますがもちろんアレです。


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