ヘリオポリス・シティの某所、豪邸が犇めく高級住宅街の一角に、その邸宅はあった。 ひときわ目立つ広大な敷地と、それに相応しい門構え。 古めかしく、だが決して時代遅れには見えない格調高い洋風建築の邸宅。 ────だけど、今回の主役はその素晴らしい建物ではなく、その隣に寄り添うようにして建つ小さくて見た目もシンプルな建物の方。 最も『小さい』とはいってもそれは豪邸率の高い周囲の家々に比べてであり、一般の中流家庭ならばなかなかに広く立派なという位のレベルはある二階建ての一軒家だった。 そこには『若くて格好良くて仕事のデキる旦那さん』と『とびきり若くて(というよりは幼くて?)ちょっとドジだけど可愛いらしい奥さん』と近所で噂の夫婦が住んでいる。 五ヶ月前に結婚したばかりという、所謂新婚さん夫婦が。 これは、そんな二人(+a)が繰り広げるごくごくありふれた日常のお話です。 小さいザラさん家 今日は日曜日。 場合によっては休日の筈のこの日すらも仕事にかかりきりになることのある旦那さんことアスランだけど、今日はきっちりとお休みを取れた模様。 なので奥さんことキラは朝からずっとどことなく上機嫌に見えて、家事をするのも鼻歌まじりだった。 庭に洗濯物を干し終わってふぅと一息。 キラが満足そうに風に揺れる洗濯物を一望してから室内に入ると、丁度足を踏み入れるのと同時にというタイミングで電話のベルが鳴り響いた。 「ごめんキラ、今両手塞がってるから出てくれるか?」 廊下を挟んだ向こうの部屋から聞こえてくる声にキラははぁいと答えて、ぱたぱたと小走りで鳴っている電話の方へ向かった。 「はいもしもし、ザラです!」 大分慣れて来たこの名前。 だけどキラはまだたまに「ヤマトです」と言ってしまうことがある。 結婚したばかりの頃と比べると格段に頻度は減ったけれど。 間違える度に茶化すのが大好きな友人達に「アスランと同じ名字嫌なの?」だの「いつの間に出戻った?」だのとここぞとばかりにからかわれたので、少し前は受話器を取る前に必ず頭の中でザラザラザラと繰り返していた。 今は意識しなくてもちゃんとスラッと出てくるようになったので、キラはなんとなく嬉しいような恥ずかしいような気分になってしまう。 『お、その声はキラか。今日はまた随分元気だな、何かいいことでもあったのか?』 男の人の声、しかもちょっと軽そうな。 「……えっと……あの?」 『あれぇ、分かんないかな。オレだよオレ』 そういえばどこかで聞いた事あるような……とキラが脳内で知り合いの顔を探し始めた、丁度その時。 「………………あ」 ちらりと脳裏を過る、とある紙面の文字。 『お、分かった?エライぞキラ』 「……………ああっ!!」 『アスランの奴家にいるか?代わってもらいたい───』 「あああああ〜〜〜っ!!!」 『───んだがって、なんだぁ…っ?!おいキラ?どーした?』 「あ、どどどどうしようっ!!こういう時ってどうしたらいいんだっけ?!切っちゃえばいいんだっけ?!」 『こらこらこらっ!まだ用件もなんも話してないのに切るなよ……っ!!』 「ア、ア、ア、アスラァァァァァン!!!」 パニックに陥ったキラの声を聞きつけて、アスランが駆け寄って来た。 「どうしたんだキラ?そんな大きな声出して」 ゴム手袋をはめて、両手には何かの枠とフィルターを持ったまま。 ………どうやら旦那さまは換気扇のお掃除をしていたらしい。 「どうしようっ!ついにうちにもオレオレ詐欺の電話がかかってきた!!」 「は?」 受話器を胸元で握りしめてパニック状態そのままに叫ぶキラに、アスランは一瞬目が点になる。 なんだかひどく懐かしいフレーズを聞いたような……? 鈍い反応しか返さないアスランに、キラはああもうっと身振り手振りで説明にかかった。 ちなみに受話器はその時点で足下にゴットンと落下。 微かにそこから「どわぁっ!!」という悲鳴が聞こえた気がしたけれど、キラもアスランもそんなもん気にしちゃいなかった。 「アスラン知らないの、オレオレ詐欺!……アレ?今は振り込め詐欺だったっけ……?!まぁそれはこっちに置いといて……っと。ええとええと…結構前から巷を賑わせてる犯罪で、主に一人暮らしのお年寄りの家とかを狙って電話をかけて開口一番に「あ、おばあちゃん?オレだよオレ」って─────!!」 「わかったわかった。いいからちょっと落ち着きなさいキラ」 ゴム手袋を外して両手が奇麗なことを確認してから、アスランは丁度自分より頭ひとつ分下にあるキラの頭をよしよしと撫でる。 「だって、だってぇ………!!」 アスランはうっすらと涙目になっているキラに苦笑すると、何事かをぶつぶつと言ってる受話器を拾い上げた。 そしてゆっくりと耳元へ宛てがう────のかと思いきや。 ブチ。 無情にもあっさりと切られたそれからは、ツーツーというなんとなく哀し気な音だけが響いていた。 「警察って…キラ本気?」 「だ、だって!こういうことがあったら警察に相談してくださいって確か書いてあったんだもん。電話しなきゃ駄目だよ」 「そんなこと言ったって、あれはオレオレ詐欺なんかじゃなかったんだからする必要ないじゃない?」 「え、オレオレ詐欺じゃなかったの?」 きょとん、……こて。 音で表すとそんな感じ。 「だってその電話の主は最初にキラを声だけで当てたんだろう?そこまでの知り合いがわざわざ正体がバレる確率が高い所に詐欺なんて仕掛けてこないよ」 目をまんまるにしてから小首を傾げたキラに、かわいいなぁ抱きしめたいなぁと若干不埒なことを考えていたアスランは、なんとか思考を戻してキラに言い聞かせた。 「うーん…だけど、そうして油断を誘う『こうみょうなてぐち』の中のひとつかもしれないよ?」 ちっとも納得してくれないキラにアスランは困ったように笑った。 ねぇ奥さん、肝心なところ忘れてますよ? 「キーラ。まず何よりさ、向こうは別にこれこれこうだから金を支払えだとか振り込めだとか言ってきたわけじゃなかったんだろう?」 「…………………………あ」 ぽん。 そういえば、とばかりにキラは手を叩いた。 ────無事説得終了、今回の所要時間3分でした。 「でも、なんで急にオレオレ詐欺だったんだ?前はキラも随分警戒してたみたいだけど、ここのところ全然そんな雰囲気なかったのに」 掃除の合間の一息の席についたアスランは、目の前に座るキラに問いかける。 美味しそうにリッチミルクのカップアイスを食べていたキラは、スプーンを口に運んだままうん?と視線を上げた。 その手の犯罪がテレビでも新聞でも毎日のように取り沙汰されていた頃、「うちにも来たらどうしよう…」とキラもとても不安がっていたものだ。 なので電話の時は『最初に自分からは名乗らない』『名乗らない相手の話は聞かない』『おかしいと思ったら一回切る』というのを心がけていた。 だけどそれも話題が下火になり、いつの間にか名称が変わり、そしてそれから暫くたった頃にはもうすっかり心がけもなくなって元に戻っていたはずなのだけど……。 「だって、かいらんばん……」 「……回覧板?あれがどうかしたのか?」 そういえば一昨日あたりに来てたっけとアスランは回想する。 確か朝会社に出る前に母が隣から届けに来てくれたよな……と。 ちなみにアスランの隣家である超のつく豪邸は、何を隠そう(今までも別に隠してなかったけど)アスランの実家────つまりはザラ家本宅なのである。 何故そんな立派な家がすぐ横にあるのにわざわざ別の小さい家を建てて住んでいるのかといえば………それにもまぁ一応理由らしきものがあった。 しかし同じ『ザラさん家』が近所でふたつ、しかも隣り合っているせいで周囲でも混乱する人たちが多いため、ご近所さんではアスランの両親であるパトリックとレノアが住んでいる本宅を『大きいザラさん家』、アスランとキラが住んでいる新婚夫婦の家を『小さいザラさん家』といつの間にか呼ぶようになっていた。 「うん、回覧板にすぐそこの警察署からのお知らせが挟まっててね、そこにあったの。『当警察署管轄内にてオレオレ詐欺改め振り込め詐欺が多発しています、くれぐれもご注意下さい』って。だから……」 もぐもぐとアイスを食べながらの答えに、アスランは成る程ねと頷いた。 ここ暫く忙しかったこともあり今回の回覧板にはあまり目を通せなかったのだが、そんな知らせが入っていたとは。 そんな事が書いてあったならキラのこと、すぐにまた『電話警戒レベルMAX』になっても仕方ないのかもしれない。 (良くも悪くも影響受けやすい子だからなぁ) そこがまたかわいいんだけど。 アスランは自分が食べていたグリーンティのアイスのカップをキラに差し出した。 まだ中身は半分程残っている。 「……いいの?」 「うん。俺はもう十分」 ありがとうと嬉しそうにアイスを受け取るキラを、アスランもまた嬉しそうに────というよりもむしろ幸せそうに微笑みながら見ていた。 「こっちもおいしいねアスラン」 満面の笑顔。 実際の年齢以上にまだまだどこか子供っぽさが残るけれど、その分非常に愛らしい。 アスランは、このキラの笑顔が大好きだった。 初めて会ったときから、ずうっと。 そしてきっと、これからも────。 ++END++ ++後書き++ 本当に回ってきたんです、こういう回覧板が(笑) テレビではあまり聞かなくなったけど、やっぱりまだまだあるんですね。 ちなみにこのお話のアスランとキラの設定は ・夫=アスラン・ザラ(23) : 会社員(次期社長候補?)/キラ溺愛系/おとな〜な感じ(なのか…?) ・嫁=キラ・ヤマト・ザラ(16) : 専業主婦/天然ぼんやり系/ちょっと(かなり?)子供っぽい こんな感じです。
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