「『敵』って誰だよ……」


かつての自分と同じ『赤』を纏った少女の言葉に対して。
感情のままに、吐き捨てた。










a vllain's part











八つ当たりに近いものだったのかもしれない。
けれど、溢れてくるどこか嫌悪にも似た感情を止めることが出来なかった。



いつかのように待機室のベンチでひとり、顔を俯かせる。

本来ならカガリの元へ行こうと思っていたが、とてもそんな気分にはなれず。
この状態のまま行けば、間違いなく心配させてしまうだろう。
只でさえ、先程のシンとのやり取りの事で向こうだって気まずいはずなのに─────。


「敵……か…」


思わず自嘲が漏れる。
彼女は、いったい何を指してそう語る?

敵とは誰だ?
地球軍?
ナチュラル?
ユニウスセブンを落としてみせた一部のコーディネイター?
それとも───自分を討とうするもの、自分が討とうとするもの全てが?


その言葉の曖昧さを。
その言葉の危うさを。
何故、誰もが知ろうとさえしない?
何故、盲目的に信じようとする?


かつての………自分のように。




『我々コーディネイターにとって、パトリック・ザラの────』

「………………っ」


やめてくれ。
思い出させないでくれ。


次々と浮かんでは脳裏を過る過去の映像。
こうしてかぶりを振るだけで振り払うことができるなら、どんなに楽だろうか。

優しく頬笑む母の姿が。
己の血に塗れた父の姿が。

そして───忘れられるはずもない、あの孤島での……─────。


「……っ!くそ………っ!!」


衝動のままに叩き付けた拳は、ただ鈍い痛みしか生んでくれなかった。










「何をやってるんですか、こんな所で」

「…………シン、か…」

「いいんですか?お姫様に付いててあげなくて」


明らかな皮肉に、思わず苦笑が漏れる。
ゆっくりと近付いて来て隣に腰を下ろす彼の動作をなんとなく目で追っていた。


「ああ……もう少ししたら行くよ」


───ただ、今は少し考えたいことがあったから……。

そう付け足せば、どこか訝しそうな緋色の瞳がこちらを覗き込む。
今は静かなこの瞳が焔を抱いた様を何度も見た。
怒りという名の、憎しみという名の昏く激しい焔を─────。

かつてオーブに住んでいた、オーブを憎むコーディネイターの少年。

カガリを見る彼の目には負の感情しか感じられなかった。
カガリが現オーブ代表だから、ウズミ・ナラ・アスハの娘だから。

では、彼の目には、自分はどう映っているのだろうか?
そして、憎しみだけに囚われたまま、ナチュラルを滅ぼす事でしか戦争の終わりを見いだせなかったあの父を─────。


「でも、驚きましたよ。俺も噂程度になら知っていましたけれど、まさかあそこまでの腕があるなんて」

「え?」

「ザフトの"伝説のエース"、アスラン・ザラ」


思わず息が詰まった。
先程もあの少女から聞いた台詞だけれど、何故こんなにも─────。
戸惑いの後に来る、苦しいような、哀しいような、そんな感情。


「何をやらせてもトップクラスだっていう話だったけど、本当にMS操作も銃の扱いもあんなに上手いなんて思ってもみなかった」


さすがに先の戦争の"英雄"と呼ばれるだけはありますね、と。

それも皮肉かと思ってちらりと彼の顔を伺えば、ただひたすらに真っすぐな視線と出会った。
(……被害妄想も過ぎるか)
内心でひとりごちて、彼に気付かれない程度に苦笑した。

───何をそんなに恐れているのだろうか、俺は。


「英雄、ね……。そんなものじゃない、俺は……」

「でも、ザフトでの功績はもちろん、あのヤキン・ドゥーエ攻防戦での活躍は、やっぱりそう呼ばれるに値するものじゃないんですか?」


父を、止めることも出来なかったのに───?


零れかけた言葉は、結局口に出されることはなく。
けれども外に吐き出さなかった分、身体の内に重く昏く淀んでいた。

ジェネシスで地球を撃たんとし、結果自らの部下に討たれた父。
本当なら俺がするべきことだったはずだ。
あの人の息子として。
狂気の道を走り続けるあの人を……例えその命奪うことになろうとも、自分の命と引き換えにしようとも、止めるのだと。

でも、結局俺はあの人を───父を、救うどころか止めることさえも出来なかった。


そして今。
あの人の亡霊が、俺の目の前に姿を見せた。
ユニウスセブンを落としたあの男の言葉に、俺は確かに父の亡霊を見たんだ。

あの人が抱き続けた狂気は、言霊という形になって、今尚この世界に息づいている。

同じ思いを抱える誰かの心の中に、確かな形で─────。



ふと、隣に座る彼のことが気になった。

彼もまた、戦争により大切な人を奪われ、そしてその原因としてオーブを憎んでいる。
怒りと憎しみは、人を容易く狂気へと駆り立てる。
父がそうだったように、世界中の人々がそうだったように。

─────俺が、そうだったように………。





『ならば仕方ない……次に会う時は、俺がお前を討つ!!』



『なんで殺されなきゃならない?!それも……っ、友達のお前に………っ!!』



『敵だと言うのなら、私を撃ちますか?『ザフト』のアスラン・ザラ!』



『僕達もまた……戦うのかな?』



『終わるさっ!!ナチュラルを全て滅ぼせば!!!』





『一緒にいこう……アスラン』







(……………キラ…)


儚く微笑むあいつの顔が脳裏に浮かぶ。

今はマルキオ導師の元でラクスや子供達と共に暮らす君。
無事でいるだろうか?
最悪の事態を免れたとはいっても、破砕しきれなかったユニウスセブンの欠片は大量に地球に降り注いだ。
それはオーブとて同じ。
あの場所が無事でいる保証など、どこにもない。

万が一の事態に備えての設備があることは分かっているけれど───自分の目で確かめるまではこの心に安堵など訪れないだろう。


世界に降り注いだ破壊という名の流星。
壊れそうな心を抱えた君は、それを見上げて何を思うのだろう?

どうか、どうかと切に願うのは、ただ君の心の平穏のみ。
それなのに─────どうしてその願いはこんなに脆く儚く消えてゆくのだろうか。


「俺───」


物思いに耽っていた意識が引き戻される。
ぽつりと零れた言葉にシンの方を振り向けば、彼はどこか遠くを見るような瞳で虚空を見上げていた。


「あの時の俺にも貴方みたいな力があれば、守れたのかな………」

「………シン?」

「……………いえ、なんでもないです」


そう答えた彼は、元の彼に戻っていた。
けれど、隠せない痛みと後悔が、そして何よりも消せない憎悪が緋色の中を静かにたゆたうのが確かに分かったから………。


「………俺には、親友がいた。小さな頃から兄弟みたいにして育った幼馴染みが」


突然の話に、彼が困惑しているのが見て取れる。
こんな話をしてしまうのは、彼があまりにも似ているからだろうか。


「『いた』ってことは……亡くなったんですか?その人」

「………………どうだろうな。そうだともいえるし、違うとも言える」

「は?何ですかそれ」

「はは…っ。そんな怒った顔するなって。別にふざけてるわけじゃないさ」

「ふざけてると思われるような事言う貴方が悪いんでしょう!」

「生きてるよ、ちゃんと………。地球でね」

「じゃあ、なんで最初っからそう言わないんですか?違うとも言える……だなんて」

「一度は俺が殺したからだよ」


シンが目を見開くのを、視界の端に捕らえて。

時が、止まる。
意識があの頃に還ってゆく。
憎悪と憎悪をぶつけ合い、理性を無くした獣のように血で血を流し殺し合ったあの日へと。

決して消えない、俺の最大の罪の在り処へ───。


「確かに結果的にあいつは命を取り留めた。結果的には……な。でも俺は、あいつを確かに殺したんだ。ボロボロになるまで戦いあって、最後には俺がMSで組み付いて自機ごと自爆させて………殺したつもりだったんだ」

「親友と、戦ったんですか………?親友…なのに?」

「…………あの頃のあいつは………敵、だったからな」

「じゃあ、その幼馴染みで親友っていう人はナチュラルなんですか?」

「………何故、そう思う?」

「だって、ザフトだった貴方が戦時中に戦ったっていうなら地球軍なんでしょう?でも、貴方にナチュラルの幼馴染みがいるなんて───」

「違う。あいつはコーディネイターだよ。第一世代のな」

「え、それって…………?」


明らかに混乱しているシンを尻目に、俺はそのまま続けた。


「シン。君は俺のようにはなるな」

「え……っ?」

「確かにあの時の俺には力があったのかもしれない………けれど、それだけだった。父の命令に従い地球軍を……『敵』を撃ち続けた。それこそがプラントを守る事になるからと……もう二度と母のような人を出さない為には戦うしかないのだからと」

「………………」

「そうして戦って戦って戦い続けて………俺は、俺が一番大切にしていたはずのものを失いかけた。仲間を殺された怒りと憎しみに駆られて、俺がこの手で─────消そうとしたから」

キラが生きていたのは奇跡に近いものだったと思う。
第三勢力として合流した後にラクスに聞いた話では、あと少しでも治療が遅れていたなら確実に命は無かったのだと聞いた。
自分で聞いておきながら、自らの消せない罪を突き付けられた気がした。

ああ、俺は本当にキラを消そうとしたのだと─────。


「力だけあっても、何も守れやしない。俺が、そのいい例だ………」

「アスランさん………」

「失ってからどれ程大切だったか気付くなんて、本当に馬鹿馬鹿しいな話だよ。しかも、自分の手で消しただなんて………それこそ救えない話だ。俺は、それを一度経験した。………………死んでしまいたい程の苦痛と絶望の日々だったよ」


あの時のことは、未だに思い出すことさえも辛い。
どこまでもモノクロの色の無い世界。
在るのは虚無とガラクタ同然の自分だけ。
涙さえも枯れ果て、寝ても覚めても浮かぶキラの幻影に、どうか俺もそこへ連れていってと何度叫んだだろう。
あんな思いを再び味わうくらいなら、死んだ方がましだとさえ思える。

あんな思いは、誰にもしてほしくない。
させてはならない。


「だからシン。君はそんな愚かな男にはなるなよ」


君はどこか俺に似ている。
そして───あいつにも似ている。


だから………どうか君は俺達のようにはならないでほしい。

憎しみの先にあるのは、ひたすらに空虚な何もない世界だけ。
狂気の果てに待つものは破滅しかない。
それに気付いて欲しい。





『敵』とは誰だ…………?





どうか気付いて欲しい。



そんなもの、何処にもいやしないのだということに─────。













++END++





++後書き++

なぐり書きに等しいかもしれませんι
冒頭にも書いたアスランの台詞があまりにも印象的で思わず書きました。
それと、やっぱシンて似てるな…という思いから。
このアスランの願いは、私の願いでもありますね。
written by  深織

■ CLOSE ■