迫る刃に深々と貫かれて、爆発したMS。 それは、自由の名を持つ機体。 かつて己の駆っていた、正義の名を持つものと対であったそれ。 蒼穹の翼をその背に負った、美しい白の機体。 フリーダム。 激しい爆発と共に散ったのは、確かにそれだった。 見間違えようはずもない。 かつての戦争で、ずっと見てきたものなのだから。 同じ意志を抱いて集った人々の中に在って、戦場では常に共に立ち、互いの背中を預け合ったものなのだから。 あれは───『 』の機体なのだから。 それが、どうなった………? インパルスのソードに貫かれて? 大破して? 今は影も形もなく…………? 「……………ラ……?」 モニターに釘付けになることしか出来なかった。 今のはなんだ? 何が起こったんだ? 誰かの呼ぶ声が、聞こえる気がする。 よくわからない……知ってる声のような気もするが、そんなことどうでもいい。 意識はただ、薄っぺらで現実味のない画面のその先へ。 そう、現実味のまるでない、モニターの映像越しだった。 この両目が、外で起こるすべてを見ていたのは。 近くて遠いこの場所で。 ザフトの戦艦の中で。 同じ軍服に身を包むザフトの『仲間』と共に。 何故…………? お前はそこに居るのに。 すぐそこに居たはずのに。 あのMSに誰が乗っていたか、知らないはずなかったのだから。 それなのに…何故俺はこんな所からお前をただ見ているだけだったんだ………? 機体越しで。 モニター越しで。 何故? こんな遠い場所で、それが最後だなんて…………。 嘘だよな。 お前がいないなんて。 monochrome 頭がくらくらする。 まるで高熱に浮かされているような、妙な浮遊感。 けれどそれに反して、体はまるで鉛を押し込められたようにひどく重くて………。 足を引きずるようにして、働かない頭のままに任せて。 気が付いた時には、己に宛てがわれている部屋の中だった。 明かりはない。 光を拒絶するかのごとく暗く沈んだ室内。 そこに漂う空気さえも、今は暗く淀んでいるような気がした。 けれどそれはきっと………この心がどこまでも病んでいるからなのだろう。 そう、きっと病んでいるのだ。 この心も、体も。 モニター越しにあの爆発を見てしまった瞬間から、きっと……─────。 「……………ッ!!」 突如、体を吐き気が襲った。 胃をせり上がってくる強烈な不快感。 「…はっ……く…ぅ………っ!!」 口元を強く押さえ、ただそれが行き過ぎるのを待った。 脂汗が顳かみを伝って、襟元に吸い込まれる。 気持ちが悪い。 足下がガクガクする。 耐えきれずに、そのまま背にしていた扉に身を預けズルズルと床に崩れ落ちた。 二度と立ち上がることなど出来ないのではないかと。 そう思えるくらいに、全身の力が失せていた。 お前がいないと、世界が色を失ってしまう。 それまで当たり前だったものが……見えていたはずのものが、見えなくなってしまう。 世界が、死んでゆく気が、した。 「助けてくれ………キラ…」 闇が侵食してくる。 昏く凝った、ドロドロした闇が。 この心を、体を、喰らい尽くそうとしている。 ───分かっている。 この闇は、俺の一部だ。 普段は心の奥底に押しやって、眠らせているもの。 『憎しみ』という名の獣。 普段はなんとか飼いならしているそれが、自分を出せと暴れている。 いや、違う……俺が出そうとしているんだ。 俺が、自ら望んで解き放とうとしている。 この心の全てを埋め尽くしている、冷たく昏い負の感情を。 「キラ…キラ……恐いよ、キラ………」 キラ、どこにいるの………? 早く傍に来て。 その姿を見せてくれ。 俺の名前を呼んで……いつもみたいに笑ってよ。 死んだなんて嘘だって。 お前がもうこの世界のどこにもいないなんて……そんなの嘘だって言ってくれ。 早く、早く、早く………っ!! そうしないと。 俺は。 俺は………。 俺自身が生み出したこの憎しみに、囚われてしまう。 憎しみの連鎖。 その恐さを、その哀しさを、あれほど身に沁みて知ったはずだったのに。 かつてお前を失って、それをした自分を呪って、それをさせた世界を憎んで。 けれど、お前が生きていてくれたから……お前の存在があったから、俺は憎しみと哀しみに満ちた空虚な檻から解き放たれた。 そしてだからこそ、その連鎖を断ち切る為の戦いに挑むことができたんだ。 もう嫌だと。 憎むことも、それによって誰かを害しようとすることも。 そうして大切な人を失うことも。 もう、絶対にしてはいけないし、誰かにさせてもならないと…………。 ───それなのに。 このままでは繰り返してしまう。 断ち切ったはずの、憎しみの連鎖。 行く宛てを無くした憎しみと哀しみが支配する、狭く暗い檻の中の世界。 解き放たれたはずだったのに………外へ向かう憎しみが止まらない。 止めることが出来ない。 それがどれだけ愚かだと識っていても。 その先に何もありはしないということを、嫌というほど識っていても。 「キラ……俺…は………っ」 お前を殺したあいつが、憎い。 俺からお前を奪ったあいつが……たまらなく憎いんだ。 何も知らないくせにと叫びながら、自分こそが何も知らないのだということに気付きもしないあの少年。 自分の知りたいことしか知ろうとせず、都合の悪いことには耳を塞いで。 自分だけが被害者だという顔をして。 自分だけは正しいのだという顔をして。 まるで当たり前の顔をして、俺の唯一を奪い取った。 当然の酬いだとせせら笑いながら。 彼を───キラ、を………この世界から失わせた。 「………許さない」 何かがカチリと音をたてて、閉ざされた扉が開いてゆく。 心の奥底で燻っていた昏い焔が───解き放たれて………。 途端にクリアになる頭。 脳を狂わせるノイズも、心を引きちぎる痛みも消えて。 ようやく自由を手に入れた身体が、いつにないほどに軽く思えたのは何故だろうか。 心すらも軽くなった気がして………自然口元に笑みが浮かぶ。 何がそんなにおかしかったのか自分でも分からない。 ただその時は、込み上げる衝動に任せて、ただひたすらに笑った。 ─────嘲っていた。 俯かせていた顔をゆらりと上げてたことで広がったはずの視界は……ただただ闇に沈んで。 そうして、色のない世界が……始まった。 自分の頬を伝うものがいったい何なのか。 今の俺にはもう……分かるはずもなかった。 ───シン…。 大義の影に隠れた本音、俺が気付かないとでも思っていたのか? お前が、あの時の少女の敵だからと憎しみのままにキラを殺したのなら。 俺がキラの敵だからとお前を殺しても…………何もおかしいことはないよな? 自由の名を冠し自由の剣を振るうかの機体の主。 キラ……俺の唯一無二の光。 君こそが自由の剣。 柵を断ち切り、俺を解放する、最初で最後の鍵。 君がいなければ、俺は再び檻の中へと還るだけ。 君の死が、俺の憎悪を解き放ち。 そして君の生のみが、俺の憎悪を鎮めるのだろう。 君がいないなら、もう止まらない。 止めるつもりもない。 ただ、この心の赴くままに……君を死に追いやったものすべてを屠りに行こう。 今はまだその為の力を持たない。 こんな位置では、全然足りない。 だから、まずは力を手に入れよう。 この望みを叶えるに足る、強大で非情な力を。 そして、それが手に入ったその時には、必ず……─────。 例え誰に罵られようと、世界中から拒絶されようと………そんなこと、構うものか。 だって……ねぇ、キラ? 俺にとっての世界は、どこまでも君でしかなかったのだから。 ごめん、キラ。 君がこんなことを望まないと、俺は知っているはずなのに。 それでも、止まれない。 もう自分では止めることなどできない。 君は俺の光。 君こそが俺の全て、俺の世界。 君がいないなら、もうこの心に懸けるものなど何もありはしないんだ。 もう、何も………映らない。 ++END++ ++後書き++ 壊れアスランというかシン化したアスランというか……うう、久しぶりの運命小説がこんなんでごめんなさいι35話でシンとやりあった後のアスランのモノローグ……でした。アニメ見た直後に勢いで書いて放置してあったのですが、なんだか勿体なくなったので多少修正してアップすることに。なのでえらく中途半端な感じなものになってますι 内容が内容ですが、キラを討ったシンへの恨みを込めて書いたわけではありません(笑)。本編であまりにもキラ好きっぷりを見せてくれるアスランについつい我慢ができず……!!
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