5/18ーキラ誕生日記念小説ー









「ねえキラ。ちょっと寄り道をしないかい?」


突然の誘いにキラはきょとんとする。

いつもどおり、朝ふたりで並んで通い馴れた通学路を歩いていた時に急にアスランがそう言ってきたのだ。『寄り道って普通帰りにしないっけ……?』と少しずれた事をキラが考えていると、その提案者は彼の手を取ってさっさと歩き始めていた。

「え、でもアスラン?学校は………?」

問いかけながら、もしかしてサボる気?と小首を傾げている。けれど“サボる”という言葉があまりに真面目なアスランに似合わな過ぎて、うーんと唸ってしまった。するとそんなキラの考えている事がわかったらしく、アスランは少し苦笑した。

「違うよ。大丈夫、ほんの4、5分だけの寄り道だからちゃんとH.Rが始まる前に着くよ」

「あ、うん。でも、どこに行くの?」

「ちょっとそこまで…だよ」

どこか楽しそうに片目を瞑ってみせるアスランにつられて、キラも思わず微笑んだ。
幼い頃のように、ふたり手を繋いで歩くのはちょっと気恥ずかしい気がしたけど、伝わってくる体温がとても温かくて優しくて……。思わずキラが繋いだ手にきゅっと力を入れると、アスランもそれに答える様に力を込めてきた。
がっちりと繋がった手と手。重なる体温。それだけなのになんだかとても嬉しくなって、ふたりは顔を見合わせてくすくすと笑った。








「着いたよ」

「え………ここって……」

「うん。もう花は全部散ってしまったけどね」

ふたりが訪れたのは、学校の裏手の並木道だった。
毎年季節が春に調整されれば、並び連なった全ての木々に桜の花が咲き誇り、人を美しくも儚い幻想の世界へと誘う。つい先月、キラとアスランもそれを見る為に何度か訪れていた。
今ではその時に見た圧倒的な美しさはすっかりと鳴りを潜め、茶色の幹と緑の葉があるごく普通の木々となってしまっている。

そのことに一抹の寂しさのようなものを感じたキラは、けれど同時にどこかほっとするような……和むような不思議な感覚を覚えていた。
優しく包み込まれているような、安心感。

「いつも、桜の花が咲いている時にしか来ないだろう?だから、ちょっと来てみたくなったんだ」

道の真ん中に立って、ずっと続く並木を遠くまで眺めながらアスランが呟いた。

キラが自分よりもほんの少しだけ上にある双眸を見つめていると、それに気付いてアスランがふんわりと笑った。そして突然繋がっていた手をそっと解いてひとり歩き出す。
キラが慌てて追いかけようとすると、その前にアスランは立ち止まり、くるりと振り返った。


「キラ、今日は何月何日?」


突然の質問に、キラはつい先程と同じ様にきょとんとした。

此処へ誘った時と全く同じリアクションを返すキラに思わず吹き出したアスランは、そのまま楽しそうに笑って「ほら、答えて?」と答えを促す。
至極簡単…というか普段知っていて当たり前の事でも、意外に分かっていなかったり気にしていないと覚えていられなかったりするもの。今まさにそれに当てはまっているキラは、ついついう〜んと考え込んでしまった。

「ええっと5月の………」

月はさすがに分かる。
でも下の方は常日頃あまり気にする方ではないキラは、情けなくも胸を張って言えなかったりする。ええと一昨日が確かレポートの提出期限日の16日だったような気がするから………。

「5月の……18日…だったかな?」

「正解」

少し自信なさそうに答えるキラに、アスランがにっこりと笑って言った。
そのくらいちゃんと覚えてろ、と呆れられるか叱られるかすると思っていたキラは、アスランの予想外に上機嫌な様子に「え?」と不思議そうに小首を傾げた。



「そうだよ、今日は5月18日。誕生日おめでとう、キラ」



優しく微笑むアスラン。

その言葉にキラは一瞬目を見開いて…………。

「………覚えててくれたんだ」

花が綻ぶように、本当に嬉しそうに笑った。
そんなキラの表情を見たアスランも、ちょっとした仕掛けが成功した時のように楽しそうに……そしてキラの笑顔が見れて嬉しそうに微笑んだ。

「当たり前だろう?俺がキラの誕生日を忘れたことがあった?」

「………なかった、かな?」

「ないよ。去年も、一昨年も、その前もその前の前も、ちゃんと一番におめでとうって言っただろう?キラは自分の誕生日なのにすぐ忘れるんだから………放っておくとひとつ年取った事すら気付かなさそうだから、毎年俺が教えてあげてるんだよ」

「う………っ」

あんまりといえばあんまりな言葉に反論したいキラだけど、なにしろごもっともなのでなんにも言えない。実は去年も一昨年もすっかり忘れていたのだから。その前は………どうだったかそれすら覚えていない始末だし。

「で、でも!アスランの誕生日は毎年ちゃんと覚えてるよ!それに僕も一番におめでとうって言ってるもん。あ、今年も僕が一番に言うからね!」

「ありがとう。でも、だからってまた午前2時になんて電話してこないでくれよ?あの後寝不足のせいで授業が辛くて本当に大変だったんだから」

「ううっ………だ、だって!あの時は熱出して学校行けそうになくて、一番に言えそうになかったし。……夜中に目が覚めちゃったから、ならちょうどいいかって………あ、メールにしようかなとも思ったんだよ?でも、やっぱ文字じゃ味気ないから」


それは去年のアスランの誕生日の出来事。
とにかくその時は熱のせいだかなんだかで、『一番におめでとうって言わなくちゃ!』ということしかキラの朦朧とする頭にはなかったらしく、相手の迷惑になる、という一般常識がスコーンと抜けてしまっていた。


その時の事を思い出し、さすがに反省しているらしく俯いてぼそぼそと呟くキラ。その様がなんだか主人に叱られて耳を伏せる子犬のように見えて………。
あまりの小動物的な愛らしさに、アスランは耐えきれずに笑い出した。そんな事を言ったら拗ねて口を利いてくれなくなるのは目に見えているので、勿論口には出さないけれど。


「あははっ、冗談だよ。寝不足になったのは叩き起こされたせいじゃなくて、あの後キラが心配でなかなかな眠れなかっただけ」


それは事実。
電話口からでもはっきりと分かる程、嗄れて声を出すのも辛そうなキラの様子に、『熱上がってないかな?』とか『喉苦しくないかな?』とか『辛くて泣いてないかな?』とかあれこれ考えて結局一睡も出来なかったのだから。心配性すぎる自分のせいなわけで、キラのせいではない。


「あーーーっ!からかったでしょアスラン!!」

「ごめんごめん。あの時は心配もしたけど、すごく嬉しかったよ。ありがとうキラ」


むくれて追いかけてくるキラから逃げていたアスランは、逆に後ろから抱きついてキラを捕まえた。「離せ〜!」と暴れるキラへ感謝の思いを伝えるためにぎゅうっと抱きしめると、ちゃんと伝わったらしく大人しくなった。
キラはそのまま頭を後ろに倒して逆さのアスランと視線を合わせると、えへへっと照れた様に笑った。

「5か月後、楽しみにしててね?」

「ああ」

ゆるりと和んだ鮮やかな緑色の瞳。
それを覗き込んだ時、キラはさっきの不思議な感覚の意味を理解した。どこかほっとするような、優しく包まれている感覚………。


(そっか……。アスランの瞳を見てる時と同じ感じがするんだ)


ピンク色の鮮やかな花が散った後に、いつの間にかひょっこりと顔を出した新緑。頭上で風に揺られてさわさわとそよぐ緑の葉。
穏やかな色合いのそれが、目の前の一対の宝石と重なった。


「キラ?どうかしたの?」

「あっ……ううん、なんでもない。ただ、気持ちいいなぁって思ってただけ」

「そうだね」

「ここ、やっぱり好きだなぁ。花が満開の時はもちろんだけど、そうじゃない時も………僕、ここが月で一番好きなんだ」

「俺もだよ。だって此処は、俺がキラと初めて出会った場所なんだから」

「………うん。ここで初めて会ったんだよね、僕達。あれからもう8年……9年になるんだね。あの日の事は、はっきり覚えてる」

「忘れたくても忘れられないだろうな、これからもずっと」


同時に瞳を閉じたふたりの脳裏に過るのは、共有する同じ想い出。
キラとアスランは、9年前のあの日に、思いを馳せる。今空を覆う緑の葉がピンクの花だったあの時を。はらはらと舞う花弁の雨を身に受けながら、初めて言葉を交わしたあの時を。
あの情景は、これから幾つ時を重ねようとも、きっと薄れる事なく掠れる事なく鮮やかであり続けるだろう。


「ねえ、キラ?」

「……ん?」

「────これからも、ずっと一緒にいよう?」

「……当然。アスランが嫌だって言ってもくっついてるから」

「嫌だなんて言わないよ」

「本当に?」

「それこそ当然」

「来年も、再来年も、その後も。ずーっと一緒だよ?もうアスランがいてくれないと、僕は年を取り忘れちゃうんだからね?」

「………それは責任重大だな」

アスランはキラの背中を抱いたまま、くすくすと笑う。「ちゃんと責任とってよね?」とキラに前髪をくいくいと引っ張られると、「もちろん」と一層鮮やかに微笑んだ。
人気の無い道に、ふたりの柔らかな笑い声が弾けた。



猫の子のようにじゃれ合うふたりを、並木道の桜だけが見つめていた。


9年前のあの日と同じに、ふたりが交わす誓いの言葉を見届けながら……。


翌年交わされる事になる別れの言葉を、まだ知らないままに。








「ねえ、キラ」 「ねえ、アスラン」








「俺達……」 「僕達……」










「「これからも、ずっと…………」」












『ずっと一緒にいようね』













++END++





++後書き++

この後ふたりは学校まで猛ダッシュすることになります(笑)
んで、なんとかギリギリで間に合う……と。朝っぱらに何やってんだお前ら?な感じですが、どっちかっていうとアス×キラじゃなくてアス+キラなつもり。恋人というよりはまだ兄弟。スーツCD聞いてたら、CPじゃなくてもこいつら素でこのくらいするんじゃないか?って思えるし……(笑)
あ、ちなみに月の幼年学校に通ってる時で、キラ13才アスラン12才の設定です。

頭から爪先までまでハマリっぱなしのガンダムSEED。
今日は最愛のキラ・ヤマト君の誕生日なので、なにやら突発的にこんなことをやってみました!(ヲイ)
やっぱりアスキラLOVEだぁぁぁ〜〜〜!!アニメでの展開が辛すぎて最近ものすごくヘコんでいたのですが、もう復活できました。本編の方では、まだまだ両者とも辛い場所に居るけど、キラもアスランも大好きだからどうかふたりとも幸せになって欲しいです。
written by  深織

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