君のそばに…[2]









生徒会室を後にしたキラは、ひとり寮への帰り道を進んでいた。

学生寮への道のりは徒歩15分程。
その間には学園専用のバスが行き来しているが、キラは帰りは大抵それに乗らずに歩くことにしている。
本当ならその途中で書店に寄ろうと思っていたのだけど、なんとなくその気が出ずに今日はそのまま帰る事にしてしまった。

目的地に着いて自分に宛てがわれている部屋のドアを開けると、薄暗い室内が現れた。
手探りでスイッチの場所を確かめ明かりを付けると、最近になってようやく見慣れてきた自分の部屋が照らし出される。
そんなに広いとは言えないけれど、必要なもの以外あまり置かれていないそこは実際よりも広く見えた。
中に誰も人が居ないので、余計に。

部屋に入ると、キラは間隔を空けて並んでいるベッドの片方にダイブした。

ぼすっという音と共に、すこしだけ固い感触がキラを受け止める。
制服に皺ができちゃうかな……と小さく呟いてみたけれど、起き上がるのがなんだかとても億劫で。
右手に持ったままだった鞄をベッドの脇に落とすと、そのまま目を閉じた。

(アスランに見られたら怒られるよね………)

目を閉じながら、この部屋のもうひとりの住人の事を思う。
昔から几帳面な性格だったあの幼馴染みは、こういうことにすごく敏感だから。
キラはそっと瞳を開くと、首を横に向けて隣のベッドを見つめた。
まだ帰らない主人を待つそれは、ただ静かにその場所に佇んでいる。

それがなんだかとても寂しく見えて、キラはそっと溜息をついた。



キラは先月の頭に、この学園の普通科から全寮制の特進科に編入した。
それは即ちアスランとの再会と同じ意味を持っている。

突然の再会から、ふたりは離れていた時間を埋めるかのようにいつでも一緒にいた。
ルームメイトという好条件も手伝って、それこそ四六時中と言っても構わない程に。
そう、まるで離れる5年前までの日常そのもののように。
けれど今週に入ってから、それが崩れ始めた。


原因は分かり切っている───アスランの多忙ぶりだ。


学園祭が近付き徐々に慌ただしくなるこの時期、人手が欲しいのは生徒会だけでなく教師にも言える事。
それが"優秀な人材"ということなら殊更に。

何しろアスランは目立つ存在だった。
人を惹き付ける秀麗な容姿と、学園随一とも言われている優秀さ。
それに加えて責任感も強く、品行方正。
少しだけ取っ付き難い部分があるにはあるけれども……。

そんな彼の事。
教師の覚えが良く、特に気に入られるのも当然と言えば当然の事。
そしてそういう人物程、色々と仕事を押し付けられるのが世の常というものでもある。



結局、夕食の時間になってもアスランは帰ってこなかった。

寮の食堂で食事を取った後、友人達の誘いも断って部屋に戻ったキラは、所在なげにベッドの傍らにぽつんと膝を抱えて座っていた。
そうしてどのくらいの時間が経っただろう。
意識せずにふと時計を見やれば、もう8時過ぎになろうとしている。

「英語の課題、やんなきゃ………」

それを思い出して教科書と筆記用具を取り出したものの、2、3問解いた所で手が止まってしまう。



『ほら、そこはそうじゃなくて……』



いつもなら自分に付き合ってくれる彼が居ない事に、例えようもない寂しさが込み上げてくる。
二人部屋に、ひとりきり。
まだ此処に入る前、帰りの遅い両親をひとり部屋で待っていた時だってこんな風にはならなかったのに。

「もう16にもなるのに…………子供、みたいだ」

広げた教科書の上に顔を伏せ、キラはそう呟いた。
まるで、小さな子供に戻ってしまったみたいだと。

(急にアスランに会ったせいで、昔の僕に戻っちゃったのかな………)

───我がままで泣き虫で甘えん坊で、寂しがりやのかつての自分に。

一緒にいた時間が長過ぎて。
離れていた時間がとても長く感じられた。
だからこそ、今またこうして当然のように傍にいられることが、嘘みたいで。

少しでも離れていると、不安が心を覆ってしまう。
また一緒に居られなくなってしまうような気がしてしまう。


「駄目だよね、こんなんじゃ………」


けれどどうしても、アスランを目の前にすると幼い自分に還ってしまう。
昔と変わらない優しい眼差しを向けられると、どうしても………。

机に突っ伏したまま瞳を伏せていると、静かに睡魔が襲ってきた。
まだ途中の課題やアスランの事が脳裏に過ったけれど、抵抗する気力がなくて……。
キラはそのまま、睡魔に意識を委ねた。










それから暫くして、カチャリと扉の開く音と共にアスランが帰ってきた。


「……………キラ?」


目の前の机に突っ伏して小さく寝息を立てているキラに気付くと、アスランはやれやれと肩を竦めた。
静かに扉を閉めて鍵をかけると、鞄を置いてその傍らへと近付いた。

「まったく………寝るならベッドでっていつも言ってるのに」

風邪をひいても知らないぞ、とキラの目元にかかる前髪を梳きながら呟いた。
さらさらとした柔らかい感触が心地よくて、幾度も指に絡めては離す事を繰り返す。
すると、キラの瞼がぴくりと震えた。

「…………ん……」

吐息のような声が漏れた。
キラは小さく身じろぎをした後、伏せていた瞳をゆっくりと開いた。
幼子のような仕種で目を擦ると、目の前にいる人物に気付く。

「…………ァ…スラン……?」

そのままアスランを焦点の合わない瞳で暫し見つめた後、ふわりと笑った。

「キラ?」

「………かえ……り、アス…ラ……ン」

キラは手を伸ばし甘えるようにしてアスランの胸にすり寄る。
優しく背中を撫でる手の温かさに嬉しそうに微笑むと、そのまま再び寝息を立てて寝入ってしまった。


腕の中で気持ち良さそうに寝られてしまい、アスランは困ったように笑った。

起こさないように細心の注意を払ってキラを抱き上げると、彼のベッドまでゆっくりと運ぶ。
そのまま静かに横たわらせて、今朝アスランが奇麗に畳んだおいたブランケットを上に掛けた。
すやすやと安らかな眠りに落ちているキラを、アスランは優しい瞳で見つめる。



最近は忙しくて、キラとゆっくりする時間も殆どなかった。
登校こそ大抵は一緒にしていたけれど、帰りが重なる事は皆無と言って良い程に無く。
書類の手直しや打ち合わせ等々が重なり、今日のように夕食さえ共に取れない事だって何度もあった。

そんな事が続く度、キラの瞳が哀しそうに翳るのに気付かないわけがない。

本当ならば自分だってもっとキラと一緒に居たかった。
ずっとずっと逢いたくて、やっと再会することができた相手なのだから。
けれど、ちゃんとした口実があるわけでもないのに無下に断る事は難しくて。

そういった理由をちゃんと理解していたキラは、大変だね、と時には心配そうに、時には労るように優しく微笑んでくれていた。
自分の心は上手に隠して。



「寂しい思いさせてごめんね」


半ば夢見心地だったとはいえ、先程のような甘えた仕種をするのは、彼が寂しがっていた証拠。
小さな頃から変わらない、彼の癖。

キラの場合、そう思っていたとしても相手の事を慮って口にすることは滅多にない。
例え相手が両親であっても。
けれど自分には………自分にだけは、そうやってそっと態度で伝えてくる事があった。
誰に対してもどこか控え目なキラが自分にだけは素直に甘えてくれる。
それが、幼い頃からアスランの密かな自慢のひとつだった。


「今度の日曜には、キラの欲しがってた服を一緒に買いに行こう?」


明日が過ぎれば、これ程に忙しい日々からやっと解放される。
そうしたら、また心置きなく一緒に居られる。
寂しい思いをさせてしまったかわりに、うんと甘やかしてあげるから。


寝返りをした時に溺れ落ちた手をベッドの上に戻してやると、アスランは眠るキラの頬にそっとキスをした。













++END++





++後書き++

学園SEED一発目でした。
なんでこんな途中から始まってるのか自分でも不思議です(ヲイ)
肝心のアスキラ再会編は、まぁその…『いつか』ということで♪
コレを書いていて、このふたり新婚夫婦みたいだぞ……?と思わず自分で突っ込み入れたくなったι本当に高校生か?!なんか、最近残業続きで帰りの遅い夫をひとり寂しく待つ新妻の図みたい(笑)

あ、ちなみにキラがほっぽり出してしまった課題。今回は特別に、あの後でちゃんとアスランがやっておいてくれました(笑)
written by  深織

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