青硝子 [学園SEED・短編その2]









「あ………っ」



ガシャン。



キラの悲鳴と硬質な何かが砕ける音が同時に響いた。

「───やっちゃった」

少し腰を浮かせた体勢で、ガクリと肩を落とす。
前方に差し出した手は、目的のモノを止める使命を果たせずに中ぶらりんのまま。

「昨日おろしたばかりだったのに………」

先週ショッピングの途中で偶然見かけたグラス。
その淡く透き通った青が心に残って、余計な物を買うつもりもなかったのについ手を伸ばしてしまったそれ。
フローリングに飛び散ったガラスの破片を見下ろして、一目惚れだったのに……と思わず嘆く。

無惨に散らばった青ガラスは、そんなキラを慰めるように光を浴びてキラリと光った。





「───何してるのキラ」


シャワーを浴びて戻ってきたアスランは、床を這っているキラの姿に眉を寄せた。


「何って………破片取ろうと思って。あ。危ないからこっち近付いちゃダメだよ」

キラは自分の所までやって来たアスランを見上げると、割れたグラスを指差した。
そしてまた真剣に床と睨めっこを始めてしまう。
濡れた髪をタオルで拭いながら、アスランはふとキラの手元を見やる。
その手にあるのは間違い無く………。

「ガムテープ?」

「うん。こうやって手に巻き付けてやると結構取れるんだよ?」

右手をかざして得意げに言われて、思わず嘆息。
そりゃ取れるだろうけど、と内心で呟きながら、ロッカーから掃除機を取り出してキラに差し出した。

「そんな事やってたら日が暮れるだろ。これ使いなよ」

「………あ、そっか」

ぽんっと納得したように手を叩く。
その様子を呆れた眼差しで見てくるアスランに、キラはえへへと愛想笑いを返した。


───掃除機の存在、完全に忘れてたな……。


どうしても欲しいと言って購入した本人なのに、何故に忘れる。
ハンディタイプの小型掃除機を手に行動を再開したキラを目にして、アスランははぁっと溜息を漏らした。
それを聞き届けるべき相手と言えば、既にこちらの存在など忘れたかのように破片回収に集中している。

キラはひとつの事に集中しだすと他が見えなくなる傾向があるから。
こんな所も幼い頃と全然変わってなくて、果たしてそれを喜んで良いものかどうなのか。


アスランは自分のベッドに腰掛けて暫くその様子を眺めていた。

手伝おうかとも思ったけれど、本人に断固として拒否されたのだから仕方がない。
暇を持て余し気味でキラの動きを目で追っているだけだったアスランは、しかし作業を終えて起き上がったキラを見て血相を変えた。

「キラッ、膝の所が切れてる!」

黒いスウェットのショートパンツから零れる白い足に、朱の線が刻まれていた。
つ……とそこから流れ落ちる鮮やかな赤い雫。
慌てるアスランをきょとんと見やってからその視線を追ったキラは、吃驚したように目を見開いた。

「え?───あ、ホントだ。どうりでちくちくすると思った」
「『ちくちくすると思った』じゃないだろう!ほら、早く水道行って洗って来い!」
「ええ?後で良いよ、それより先に……」

どうやら怪我をしていた事に全然気付いていなかったらしい。
右足をプラプラと振りながら、いや吃驚…なんてののほほんと笑っている始末。
なんともあっけらかんとした反応に、アスランの方が切れた。

「いいから!さっさと行って来い!!」
「わ、わかったよ。……何もそんなに怒鳴らなくても───」
「───何か言った?」
「いいえ、ナンデモアリマセンッ!」

じろりと睨む翠の瞳に、これ以上怒らせるのはマズイとキラは慌てて水道へ向かった。
ジャーっという水の流れる音を背に、アスランは引き出しから消毒液と絆創膏を取り出す。


「お前、これで本当に一人暮らしなんてするつもりだったのか?」
「う、うるさいなぁ!」

まったくそそっかしいんだから…と呆れたように呟きながら傷の手当てをするアスランに、キラはむぅっと唇を尖らせる。
ただ、キラ自身否定したくても認めざるを得ない部分が多すぎて反論はできなかったけれど。
それでも言われっぱなしなのがなんだか面白くなくて、膨れっ面のままアスランの手を目で追っている。

「はい、お終い」
「…………ありがと」

まだ少しだけむくれた表情のままのキラにアスランは苦笑する。

それでもちゃんとお礼を言う所は、彼が彼である所以とでもいうか……。
アスランは悪戯ぽくクスッと笑うと、キラの頬をそっと包んで唇に触れるだけのキスをした。
そしてぽんぽんと宥めるように頭を撫でる。

「ア、アスラン………ッ?!」
「お礼はこれでいいよ」

唇をおさえて真っ赤になったキラににっこりと微笑むと、アスランはドライヤーを取りに席を立った。
後ろから「もうっ!」っと恨めしげな声が聞こえたけれど、それはさらりと無視して。


アスランの背中を見送ったキラは、そのままぱたりとテーブルに突っ伏した。
まだ少し熱い頬にひんやりとした心地よい冷たさが伝わってくる。

(───どうも子供扱いされてる気がする)

キラはドライヤーを手に戻って来たアスランを気付かれないように目だけで追った。

昔からどうもあれこれと世話を焼かれていた気がする。
自分の方がすこしとはいえお兄さんなのに、しっかりした性格と落ち着いた物腰から向こうの方がずっとお兄さんみたいだったし……。

まあ、そんなアスランにかなり甘えていた自覚もあるけれど。
それにしてももう小さな子供じゃないんだから、すぐ頭を撫でたりするのはやめてほしい。

瞳を閉じてそんなことを考えていると、目の前で椅子を引く音がして、キラは少しだけ顔を上げた。


「キーラ?」
「んー?」
「そのまま寝るんじゃないぞ」
「んー………」

前の席に座ったアスランがキラの顔を覗き込んでくる。

気のない返事を返しつつそっと視線をずらすと、そこには先程拾い集めたガラスの破片があった。
透明なプラスチックケースに入っているのは、ビニール袋だと危ないとアスランが言ったから。
真新しくまだ細かい傷ひとつなかったのに砕けてしまったそれ。
見つめているとなんだか改めて哀しくなって、キラははぁっと溜息をついた。

「今度新しいのを買ってくるよ」

キラの視線を追って溜息の理由を知ったアスランがそっと慰める。

「同じのはもうないだろうなぁ……期間限定の露店だって言ってたし」
「二個買ったんだからもう一個あるじゃないか」
「だってそれじゃどっちか片方だけになっちゃうじゃん。せっかくお揃いにって買ったのに……」
「似たようなのなら前に行ったデパートにあるんじゃないか?品揃え良かったしさ」
「でも、あれがよかったんだもん」

かなり気落ちした様子で拗ねるキラに、アスランは困ったように笑った。

こういう所が子供っぽいって思うのだけど、そこがまたキラらしくて、とても好きな場所でもある。
キラ自身は、自分のそういう所を嫌がっているきらいがあるのは知っているけど。
けれどアスランは昔と変わらない部分を見つける度に、なんだかとても懐かしく、そして愛おしく思う。

できるなら、ずっとこのまま変わらずに………と。


「それじゃあキラ、残った片方は花瓶の代わりにしてしまおう?」
「………花瓶?」
「そう。キラ、花を飾るの好きだろう?時々切り花買ってくるじゃないか」
「うん、好きだけど。園芸部の人からも季節の花貰ってくるし」
「だろう?あれは大きめのグラスだったから、少し飾るのには丁度いいと思うよ」
「でも、花瓶なら前の人が置いていったやつがあるよ?」
「あっちは今までどおり窓に置いて、グラスの方はテーブルに置けばいいんじゃないか?」
「う………ん。そっか、それすごく良いかも!」

最初は訝しげな顔をしていたキラだったけど、話が進むにつれ次第に顔を輝かせた。
綺麗な青い色のグラスに綺麗な花。
好きなものが一緒になるのって、なんだかものすごく嬉しい気がする。

「お揃いのやつはまた今度新しく買いに行こう?きっとまた良いのが見つかるよ」
「うん。ありがとうアスラン!」

さっきまでのあの様子がまるで嘘のよう。
キラは朗らかに笑うと、席を立ってアスランが使おうとしていたドライヤーを取った。
そして不思議そうな顔をするアスランをぐいっと前に向かせると、そのまま髪を乾かし始めた。

「キラ?」
「いいからいいから。良いアイディアくれたお礼だよ」
「別にいいのに……」
「僕がやりたいの!」

半乾きの髪を手櫛で丁寧に梳きながらドライヤーをあてていく。
少しくせのある藍色の髪。
深く静かな夜の空の色。
大好きなそれにそっと触れながら、キラはふ…と微笑した。

「キラ?なに笑ってるの?」
「なんでもないよ」

髪を撫でるキラの手の感触の心地よさに、アスランはゆっくりと瞳をふせた。
耳の辺りを細い指が辿ると少しくすぐったさを覚えたけれど、そうやって優しく触れられると不思議に穏やかな気持ちになる。
アスランは身体の力を抜いて椅子の背もたれに身を預けた。


「アスランこそ寝ないでよね?」
「大丈夫だよ」
「本当かなぁ……」
「それより、次に買うのはもう少し小さめの軽いやつにしような?」
「なんで?」
「今までの経験上、重いやつだとキラは割りやすいだろう?」
「…………もしかして、この間君の湯飲み割ったの根に持ってる?」
「そうじゃなくて。割る度に怪我してるキラの為に言ってるの」
「アスランの心配性」
「今日も実際怪我したやつには言われたくない」
「う……っ」
「分かった?」
「うー…………了解……」


しぶしぶ了承したキラに、アスランは満足そうに笑う。

キラにしてみれば、また子供扱いして……と思わないでもないけど。
アスランのそういう言葉や行動の全てが自分を心配してのことだと分かっているから、なんだかんだ言いながら結局全て許容してしまうのだ。

そんな自分に内心ちょっと溜息をつきつつも、キラはまぁいっかと思った。
暫くはまだ、この心地よい空間にいるのも悪くないと思うから。


本当にこのまま寝入ってしまいそうなアスランを盗み見ながら、キラは少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。













++END++





++後書き++

学園SEEDの二作目でした。
なんか、ふたりがイチャイチャしてるだけの話のような……?テーマは『アスキラの寮の部屋で過ごす休日』です。お兄ちゃんアスランと甘えん坊キラ。すっごい好きなんですコレvv
前回と全然繋がってなくてすみませんιなんかしばらくは、作った設定に沿った単発の話を小出しにしていく形になりそうです。ネタが出来て時間も出来たら、学園モノの『本編』的な連載でも始めようかなぁ〜なんて思っていますが………いつになる事やらι

written by  深織

■ CLOSE ■