風が泣いていた。


寂しいよ……と。
苦しいよ……と。
哀しいよ……と。


世界中にあいをささやきながら………。










失われた翼











戦火の炎に晒されたそこは、さながら死の都だった。

焼け落ちた街。
人々のざわめきは静寂に取ってかわり。
木々はそのいのちを灰と散らせ。
数ある建物はかろうじて原型をとどめるのみ。
そして地面に散らばるのは、様々な物が入り交じった砂塵ともう動かないいのちの抜け殻。

まるで時を刻むのを止めた時計のなかの世界。
動くモノはもう、何もない。
───ない、はずだった。

けれども、彼らは確かに………そこに居た。



廃墟だった。
外壁は崩れ落ち、むき出しの骨組みがいっそ哀れな程に自己を主張している。
砕け散ったステンドグラスと地に落ちてひしゃげた十字架。
羽根を、腕を、頭をもがれた天使達の像。
元は教会だったのだろうことを物語る、高貴なガラクタ達。


そこは、堕ちた祈りの部屋。


痛い程の静寂が支配するその場所に、ふたつの人影が対峙していた。
まるでオブジェのように微動だにせず。
死の匂いのこびり付いた廃墟を、背にしながら。


互いの銃を互いに向け合って。








「結局…………こうなる運命だったというのか」


波紋のように広がる、低く抑えられた声。
そこにあるのは、果たして何。
苦渋か、悲哀か、歓喜か、絶望か。


「…………そうかもしれない」


応えたのは、感情の感じられない声。
空気に溶けるように囁かれたのは、欲しくなかった、肯定の意。
空虚に響くそれに銃を持つ手が震えたのは、いったいどちらだっただろう。

何がいけなかったのだろう。
どこで間違ったのだろう。

そう問う事は、すでにもう許されていなかった。
悲嘆に暮れるだけだった日々は、もう遠い。
頑是無い子供のように互いを求め、どうにもならない歯痒さに世界を恨んだ日々も───今はもう、過去の事。
今、こうして違う色の軍服を纏い銃を向け合っている事が…………その事だけが、紛れも無い現実で真実だった。


「俺は………お前を殺したくなんてない」
───噛み締められた唇は、震え掠れそうになる声を抑える為?

「それは僕も同じだ」
───ひどく無機質に響くのは、互いの感情が見えないから?

「では、何故お前の銃は俺を向いている?」
───クリアな筈の視界が霞んで見えるのは、心が揺らいでいるせい?

「そして君の銃も、僕を向いている」
───事実を告げる言葉が痛いのは、広がる現実を悼んでいるから?


先に根をあげたのはどちらだっただろう。
ふっとどちらともなく溜息が………否、笑いが漏れた。
それは苦笑だったか、それとも自嘲だったのか。
「ああ…………酷い矛盾だな」
「………そうだね。でも、僕達はいつもそうだった」
「……………」
「少なくとも僕はそうだったよ。いつも矛盾の中で生きて戦っていた」
自嘲、だろうか。
隠せない痛みを閉じ込めた瞳は、輝くすべを見失い影を落とす。
鮮やかな緑も、淡い紫も、今は霞んで───。


「でも、それを後悔してはいないから」
それでも瞳は、真っすぐに前を向いていた。
哀しいくらいに………。
「…………何故、と聞いても?」
少し間を置いて響いた声色は、問いかけというより詰問に近かった。
あまりにも淡々としている相手に、少し苛立ったのかもしれない。
問いかけられた少年の肩がピクリと震えた。
それまでは、どこまでも平静で動じる事のなかった彼が。
「だって……だって僕は─────       」
けれど、彼は小さくかぶりを振って自身の言葉を揉み消した。
何を今更言う事があるというのだろうか。
それを言った所で、全ては詮無い事なのだから。
「やめよう。今更だよ」
僅かに揺らいだ瞳は、本当は何を語りたかったのだろう。


暫し降りた沈黙を破り、彼は銃を構え直す。
対峙する人の心臓を捕らえる様に。
彼の細い栗色の髪を、砂塵を含んだ重く淀んだ風がさらさらと攫ってゆく。



「さあ、決着を付けよう………?」



そうして告げたのは、決定的な終幕を望む言葉。
その姿はまるで、無垢すぎるからこそ残酷に見える天使の様で。
「君と僕の、此処での最後の仕事だよ」
「………………ッ」
「いいの?そのまま銃口を定めないままなら、死ぬのは君だ」
それとも……と後を続ける彼の口元が、うっすらと微笑みの形に歪められる。
「むざむざ僕に殺されてくれる?」
「キラ…………ッ!!」
久しぶりに面と向かい呼んだ友の名は、怒りと哀しみでひび割れていた。
悲鳴のような声と同時に、半ば衝動的にライフルを相手の心臓へと狙い定める。
───無性に苦しかった、悔しかった。
変わってしまった親友の姿を見なければならない現実が。



それから、いったいどれほどの時間が経過しただろう。

睨み合いを続ける少年二人は、まるで石像の様に未だ動かぬまま。
時の流れが止まったかの様に………。
だがその時、突風に煽られたせいか、脆い瓦礫の一部が欠け落ちゴトリと音を立てる。
そしてそれが、永遠に続くと思われた幕間劇の終わりを告げる合図となった。





「…………っ!!」
左腕を銃弾が掠め、アスランは僅かに顔を歪めた。
その一瞬の隙を見逃さずに2発3発と続けて放たれる銃弾。
アスランはそれを紙一重の距離で避けると、身を沈め一気に前へ飛び出した。
ライフルを放ちながら、そのまま廃墟へと身を隠し相手との距離を探る。

自分の荒い息が、脈打つ鼓動が耳に障る。
掠っただけの右腕が、やけにじぐじくと痛みを訴えるのが煩わしかった。
この程度の傷など、訓練でも茶飯事だったというのに。
肉体的な痛みなどいくらでも我慢できたはずなのに。
何故今、これだけの事がこんなにも辛いのだろう。

───否、答などひとつしかない。

迎え撃つのはキラ。
この傷を与えたのも、自分が持っているライフルで傷を与えたのも。
他ならぬ、彼─────。
いくら押し殺そうと、消し去ろうとしても、その事実が………まだこんなにも辛いのだ。





アスランから丁度死角となっている場所の壁に背を預け、キラは肩で大きく息をしている。
打ち抜かれた右の太腿から流れる血が、足を伝って地面へ吸い込まれてゆく。
激しい痛みを感じながら、けれどもキラはなんでもない事の様に足を動かし地面を踏み締めていた。
彼に悟られてはいけない。
見られたとしても、大した事の無い傷だと思わせなければいけない。
大怪我ともいえるそれを悟られれば、そこで全てが終わりだ。
───自分の望みは、永遠に叶わない。

キラは息をつくと、すっと瞳を細めた。
かつて無い程に強い光を宿す双眸が、彼の意志の強さを示す。
もし今それを見た者がいたならば、きっと誰もが彼の意志を止める事が出来ないことを知るだろう。

息を整え銃を両手でしっかりと構えると、キラは傷付いた足で駆け出した。





幾度めかの銃撃戦。
身を隠し息を整えていた所、急に眼前へと姿を現したアスランにキラは一瞬完全に虚を衝かれた。
積み上げられた瓦礫をひと跳びで越えて、アスランは一気に間合いを詰めたのだ。
近距離で放たれた蹴りをキラはなんとか躱すと、すぐさま後ろへと跳び下ろしていた銃を振り上げる。

だがアスランはそこから銃弾が放たれる前に、ライフルでそれを弾き飛ばした。
「くっ…………!」
キラの手から離れた銃が地面へと落ち、乾いた音を響かせた。
衝撃で痺れた右手を反射的に抱え込んだキラを、アスランは飛びかかった勢いそのままに地面へと組み伏せた。
背中を強打した痛みと驚愕で見開かれた菫色の双眸に、ライフルの標準を合わせる。



先程までの喧騒が嘘のように、静寂が降りた。
辺りに響くのは、キラとアスランの荒い息づかいだけ。



「お前の負けだ、キラ」

冷たい光を放つ翠の瞳を眇め、冷酷に終わり告げる。
能面の様な無表情のままで。
喘ぐ様に呼吸をしながらも、キラは何も語らない。
ただ、視線をそらさずに真っすぐアスランを見ているだけで……。
「……………もういいだろう?」
「…………………」
「もう終わったんだ……!なのに何故…………っ!!」
アスランの形の良い眉が、ぎゅと寄った。
無表情が崩れ、まるで泣き出しそうに顔が歪んでいる。
「宇宙はザフトが制した!足つきもストライクももう無い!もうお前が戦わなきゃいけない理由は無いはずだろう………っ?!」
「…………………」
「それなのに…………っ!!何故まだ俺はお前と戦わなければならないんだ!!!」


悲鳴にも似た言葉が、次々とアスランの口から発せられた。
どうしようもない怒りが。
抑えきれない哀しみが。
激情となって体中から溢れてくる。
それが………何故、何故キラには伝わらない…………!!!
激しい感情の波に曝されながら、それでもキラは語らない。
変わらずに静かなままだった。
あんなに美しいと感じていた瞳も、今はただ奇麗なだけのガラス玉。
───まるで、何も感じていないかの様に。
それが無性に悔しくて、アスランはキラの襟元を掴んでライフルの先端を喉元へと押し付けた。

冷たく硬いカタマリに喉を圧迫され、キラは微かに苦しげに顔を歪めた。
喉笛を押しつぶされる痛みに、ぐっと息が詰まる。
けれど視線だけは、飽くまでアスランの顔を捉えたままで………。
アスランは、ライフルを持つ手の震えを抑えられなかった。
トリガーに掛けた指は、固まって僅かも動かす事ができずにいる。

───殺せるはずがなかった。

最初から、分かっていたのではないか。
自分に、この引き金が引けない事くらい。
その勇気がないことくらい。
自分はとっくに識っていたのではないか………?
答えなど、最初から自分の中にあった。
一番大切なものは、キラだった。
今大切だと思えるものは、もうキラだけだった。
そんな存在を自分の手で亡くす事など、どうやって出来るというのだろう。
「ザフトに投降しろ、キラ・ヤマト」
突き付けていたライフルを下げ、アスランはザフト兵として宣告する。
けれど心の中では、頼むからもうやめてくれと、俺と戦わないでくれと親友として訴えかける己が居る事も、分かっていた。


───ふっと吐息のような笑いが漏れた。
キラが、泣きそうな顔で笑っていた。
「………甘いね、アスラン」
「……………キラ?」
「君らしくもない。───ううん、君らしいのかな………?」
その時のキラの瞳は、アスランの方を向いてはいたがアスランを見てはいなかった。
緑色の輝きを視界に入れながらも、どこか遠い所を見ているようだった。
どこか懐かしむような、瞳。
哀しげに笑うキラにアスランが声をかけようとしたその時、キラを取り巻く空気が変わった。
「僕はもう民間人じゃない。地球軍の士官で、ストライクのパイロットだ」
一瞬前の儚さが消え、触れれば切れるような雰囲気に取って変わる。
「アスラン・ザラ。君の親友だったキラ・ヤマトはもういない。此処に居るのは、地球軍に所属する軍人で紛れも無い君の敵だよ。そして僕にとっても、君は敵だ」
「キラ………?!」
「もう何度も戦場で剣を交えている。今だって、血で血を流し殺し合っていた。それを敵だと言わずに何と言うんだ?それでも親友だと?」
「何……を……………」

突然の変貌ともいえるそれに、アスランは戸惑う。
キラはそんなアスランに口元だけの笑みを浮かべると、瞬時に足を腹に押し付けてのしかかっている体を柔術の要領で投げ飛ばした。
「…………くっ!!」
ダメージは少なかったらしくすぐに起き上がったアスランに、キラは腰の後ろに隠していた小銃を取り出して銃口を向けた。
「だから…………甘いって言っただろう?」
まるで哀れむかの様に告げるキラを、アスランは呆然と見た。
「軍人として、討つべき敵に情けなんてかけるものじゃない。かけたところで何の意味も無い。そうだろうアスラン?」
「…………………」
「君の負けだ」


先程告げられた言葉を、同じ様に投げ付けた。
親友としての甘い感情など一切排除した、聞いた事もないくらい冷たい声で。


───失われてしまったのだ。

アスランはくらくらと脳髄が揺れるような感覚を味わいながら、思った。
いなくなってしまった。
戦争という名の狂気に曝された、彼の柔らかな魂は砕け散ってしまったのだ。



「バイバイ、アスラン」



彼のトリガーにかかった指がゆっくりと引かれるのが、はっきりとわかった。
絶望に目眩がする。
目の前にいる彼は、彼であって彼でないものなのだった。
───キラ。
温かく優しかったかつての彼は………。
唯一自分が心から愛したひとは─────もうどこにもいない。





「キラァァァァァァァ!!!」










薄暗い廃墟に、銃声が響いた。















ドサッという鈍い音と共に、人影が膝から崩れ落ちた。


対峙していたふたつの影。
そのうちの片方が崩れ、床へと沈む。
そう、ひとつだけだった。
そして響いた銃声も─────ひとつだけだった。




「………………キ…………ラ………?」




アスランは、呆然とその光景を見ていた。
同時に引かれたトリガー。
廃墟に木霊する銃声。
そして…………………崩れ落ちた、キラ。

アスランの放った銃弾は、正確にキラの右胸を貫いていた。
そして、キラの放った銃弾は─────。



「……………う……ぅ……っ」
重い静寂を打ち破った吐息と呻き声に、アスランは我を忘れて駆け寄った。
放り出されたライフルがカラカラと無機質な悲鳴をあげる。
「キラ……………ッ!!」
うつ伏せに倒れ込んだ細い体を夢中で抱き起こした。
腕の中のキラは、ただただ力なくその肢体を投げ出している。
「キラ、キラ………キラァッ!!」
アスランは、狂った様にキラの名を何度も何度も呼んだ。
それに応えるかのように、キラの伏せられていた瞳がゆっくりゆっくりと開かれていく。
「………………アス……ラン?」
目の前にいるアスランを認識すると、キラは静かに微笑んだ。
とてもとても、嬉しそうに。

「何故……何故撃たなかったんだ…………」
ゆるく首を振りながら呟くアスランに、キラは少し困ったような表情を浮かべる。
「………………入ってな…かったんだ……」
「え…………?」
「あの銃、…弾……切れてたみた…い……だね…………」
「な…………っ?!!」

確かに引かれたトリガー。
それなのに届かなかった銃弾。
当然だった。
───最初から、そんなものはなかったのだから……。
キラの顔に浮かぶ安らかな表情に、アスランはあり得ないはずだった可能性を知った。
何故なら………アスランは見てしまったから。
銃弾に貫かれ倒れるその直前。
キラは、彼は確かに─────柔らかく微笑んでいた。

「お前…………最初から……………」

そう、キラはそれを知っていた………知らなかった筈がない。
知っていて弾のない小銃を武器としてアスランに向けた。
挑発とも取れる冷酷な言葉でアスランの心を傷つけた。
そうする事でアスランが、確実に自分へとトリガーを引く事すらもわかっていて………。


「俺に……俺に撃たれるつもりで………………っ?!!」


自らの血に濡れた大地に横たわりながら、キラは痛みなど感じないかのように小さく笑った。
まるで悪戯が成功した子供のように、無邪気に。
共に在った…これからもずっと共に在るのだと何の疑いもしなかった幼い頃のように。
「どうしてっ?!どうしてそんな事を………っ!!!」
キラは俯いて唇を噛み締めるアスランに手を伸ばすと、頬をそっと撫でた。
母が子を慰めるかの様に、優しくゆっくりと、何度も……。
「酷い事、いっぱい言って…ごめ……ね。でも……これが僕の…のぞみ……だったから…。こうでもしないと………叶いそうに……なかった……から……………」
「え……………?」
「最期は……君の手で…………逝きた…かった……………」
そう告げるキラは、穏やかすぎるほどに柔らかい表情をしていた。

彼は識っていたのだ。
アスランが自分の命を奪えない事を。
撃ち合う間、確実に仕留められる急所ではなく、殺さずに捕らえられるよう足ばかりを狙っていたのにキラはすぐに気付いた。
だからこそ、嘘をついた。
自分の望みを叶えるために─────最初で最後の嘘をついた。

「……………ッ」
アスランは、頬を撫でるキラの手を取りぎゅっと握りしめた。
溢れてくる涙も、込み上げる嗚咽も、何一つ止められないまま。
両手に包んだ自分よりも少し小さな手を、祈るように自分の額に押し付ける。
「嫌だ………そんなのは嫌だっ!死ぬなっ、死なないでくれ……キラ………!!」
酷く矛盾した言葉だということはわかっていた。
それでも…………。
「おいていかないでくれ…………っ!!」



─────何故、あの時撃ってしまったのだろう。
何故、気付けなかったのだろう。
失ってしまったのだと、信じ込んでしまったのだろう。

何故………。
共に在る願いが叶わないのなら………。
その心を狂気から救い上げられないのなら………。
君を撃ち。
君に撃たれ─────。
せめて一緒に逝こうなどと思ってしまったのだろう。



「僕は………もう、戻れなかった……」
苦しげな呼吸を繰り返しながら、キラは絞り出すように呟いた。
「たくさん人を……殺した。そうしてまで……君と戦ってまで……守り…たかった人達も、もう…誰も………。僕には…もう、生きる意味も……還る場所すらも………なかっ…た……」
「キラ………俺が、俺がいるよ。そうだろう………?」
縋る様に顔を覗き込むアスランに、キラは哀しげに瞳を伏せた。
そして、小さく首を横に振る。
「でも……僕は、君を裏切った…………」
「………ッ、例えそうだとしても俺はっ!!俺は……お前に傍に居て欲しかったんだ………!!」
キラの額に自らのそれを擦り付けて、アスランは肩を震わせた。
次々と零れ落ちた涙が、キラの青白い頬を伝う。
「……りが……と………アス……」
キラの瞳からも、溢れていた涙が零れ落ちた。
嬉しかった。
泣きたくなるくらいに、幸せだった。
最後の最後まで彼を裏切り続けたつみびとの自分には、もうそんなことを思う資格すらないけれど……。
こんなにまで想ってもらえる事が、切なさを感じる程の歓喜を呼ぶ。

キラは、残った力を振り絞ってアスランの頭を引き寄せる。
大量の血を失い、もう殆ど自由の利かない身体に最後の力を込めて。
そして───そっと唇を重ねた。
初めての口付けは、掠めるだけの一瞬だけの触れ合い。





アスラン……大好き………





耳元で囁かれた言葉。
驚愕に見開いた翡翠の瞳に映ったのは、幸せそうに微笑むキラの顔。
それが、アスランが見た、最後の笑顔だった。
「………………キラ…………?」
言葉はもう、返らない。
何度語りかけても。
何度その細い肩を揺さぶっても。
青白い頬に浮かぶ表情は、笑みを象ったまま。
奇跡の様に美しかった瞳は、そっと伏せられて。
力を失った身体は、アスランの腕の中にと堕ちた。
「あ…………あ…ぁ…………………」
そしてもう─────二度と飛び立つ事は叶わない。








「あ……ぁ…ああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」








脆く崩れ落ちた祈りの部屋に、アスランの慟哭が、響いた。



正面には、ひび割れたステンドグラス。
足下には、ひしゃげた十字架。
まわりには、所々が欠けた天使の像。
そして腕の中には、彼が最も愛したひと。
うつくしい微笑みを刻んだまま散った、アスランの天使の姿。


血の海に身を沈めながら、アスランは慟哭し続けた。
もう決して取り戻す事の叶わないひとを求めて。
抜け殻だけを残して飛び立って行った、自分だけの天使を求めて。
ずっと、ずっと──────。








風が泣いていた。

寂しさも苦しさも哀しさも、全てを内包して。
いとしいいとしいと囁きながら。

最後まで自分の為に泣けなかった哀れな子供達の代わりに。













++END++





++後書き++

死にネタ、でした……ι
キラが死んでます。アスランが少しも救われてません。
一応表記はしましたが、誤って読んで不快になった方がいらっしゃったら本当にごめんなさい!しかも何故こんなに無駄に長い…………。
どうしても書いてみたかったので、個人的には一応ほっと一息。好き、というと語弊があるけれど、私は死にネタは結構読む方です。とくにSEEDは戦争モノだから書かれている方も多いし、書いているのが本当に上手な方ばかりで、私はいつも読む度に泣かされています……ホントにボロボロと(汗)
written by  深織

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