例えばこんな撃退法[学園SEED・短編その3]









球技大会当日。
全ての競技と閉会式を終え、大分閑散としてきた校庭をキラは駆ける。
目的地は、大会の後始末の指揮をするために残っている教師達が集う場所の片隅。


「みんな、いる?」

生徒会役員用に張られたテントに辿り着くと、キラはひょっこりと顔を出した。
テント内には、いつものメンバーが揃っている。
その声に最初に気付いたアスランは、キラに小さく微笑んで応えた。
「お疲れさま、アスラン」
「ああ、キラもお疲れさま」
余った外来用のプログラム等を整理していた手を休めて、キラを傍へと招く。


「よう、キラ。そっちの仕事は終わったのか?」

振り向くと、ディアッカが酷使した肩と腕をだるそうにまわしながら寄ってきた。
その後ろから、ニコルとイザークの顔も見える。
「あ、お疲れさまディアッカ。うん、こっちは全部終わったよ」

一応臨時とはいえ生徒会の役員であるキラは、本来ならば彼らと一緒にテント内に居るはずだった。
けれど、今回キラはクラスの実行委員にも任命されていたため、自分のクラスを纏める仕事を優先させざるを得なかった。
役員であるキラは実行委員を決める段階で対象から除かれていたのだが、誰もなり手がいないからと学級委員と担任に泣きつかれて、それを承諾することになったのだ。
───そのせいで、イザーク達にはさんざん「人が好すぎる」と怒鳴られたのだが。
ちなみに、アスランだけは「仕方ないな」と困った様に苦笑していたけれど。


「キラさん、お疲れさまです」
「やっと来たか」

方や柔和な笑顔を浮かべ、方や相変わらずの仏頂面で、ニコルとイザークがキラに声をかけた。
「ニコルもイザークもお疲れさま。ごめんね、大して手伝えなくて……」
イザークの言葉を受けて、心底済まなそうに瞳を伏せるキラ。
それにぎょっとしたイザークは、柄にもなくああとかううとか唸ってしまう。
「いや、そういう意味で言ったんじゃない………気にするな」
ぶっきらぼうに言い放つイザーク。
まだ少し俯き加減のキラの額を軽く打って「気にするなと言った」と呟く彼に、アスランがじろりと視線を投げた。
───その視線の意味を『もうちょっと柔らかく言えないのか』と取るか『キラに触るな』と取るかは意見が分かれる所だろう。
なんとも云い難い雰囲気があたりに流れる。
けれどキラはそれに気付かず、与えられた言葉にホッとしたように微笑した。
ニコルとディアッカはそんな相変わらずの3人を見遣ると、やれやれと苦笑を浮かべる。



それから暫く談笑しながら片付けを済ませていると、ディアッカが思い付いたように言った。
「そうだ。これから打ち上げやるけど、もちろんキラも参加できるだろう?」
「打ち上げ………って、この5人で?」
「ああ。功労賞だっつって、またクルーゼ先生がちょっとばかりカンパしてくれてさぁ」
そう言ってへへへと妖しげな笑みを浮かべるディアッカ。
先生のポケットマネーだぜ、と茶色の封筒をチラッと見せながらニヤリとする。
「な、やろうぜ打ち上げ」
「それはいいんだけど………まさか、また前みたいに………」
不安そうな表情を浮かべたキラを見て、慌ててニコルが口を挟む。
内容が内容だけに、周りの教師に聞き咎められない様に小声で。
「大丈夫ですよ、キラさん!今回はジュースとかお菓子を持ち寄るだけで…………お酒は全面禁止させましたから」
それを聞いて、キラは胸を撫で下ろす。


「それじゃあ僕、ジュースとかの買い出しに行くよ。皆まだ仕事が残ってるでしょう?」
折り畳み式のテーブルを片付け終え、捲っていた袖を伸ばしながらキラが言う。
「欲しいものがあったら言ってね」
そう言って微笑むキラに、ニコルはとんでもないとばかりに首を振った。
「え、そんな!キラさんが行く必要ありませんよ。ここが終わったら僕が行きますから」
「そうだ。そんなものディアッカにでも行かせておけばいい」
「そうそう……って、おいイザーク。その刺のある言い方はなんだよ」
「別に」
「別にって………」

そのやりとりにぷっと小さく吹き出しながら、キラはいいよいいよと手を振った。
「僕が行きたいんだ。だから気にしないで」
キラにしてみれば今回あまり生徒会の仕事を手伝えなかった事もあり、せめてこのくらいはと思っての言葉でもあった。
けれどそれを言えば猛然とした否定にあうことは目に見えているので口には出さないけれど。

「ほらほら、早く欲しいもの言わないと勝手に変なもの買って来ちゃうよ?じゃあまずジュースから」
そう言って散々渋るニコル達をシャットアウトすると、ようやく諦めて各々注文を言いはじめる。
「俺はコーラな」
「ジンジャエール」
「それじゃあ僕はアイスティーを。あ、ストレートで」
「えっとディアッカがコーラでイザークがジンジャエール、ニコルがストレートティー……と」
そこまで記憶すると、まだひとりだけオーダーを言っていない人物の方を振り向いた。
「アスランは?いつものやつでいいの?」
ちなみに『いつものやつ』とはレモンティーの事を指す。
するとアスランは「いや…」と小さく首を振った。
それを見てキラは一瞬きょとんとした後、それじゃあ何がいい?と尋ねる。
「ああ、いやそうじゃなくて。俺も一緒に行くから」
返されたのは、いつもの優しい眼差し。
ごく当たり前の事の様にそう言うアスランに、キラはえっ?と目を見開く。
「いいよ、僕一人で行くから」
「そうは言っても、五人分の飲み物と食べ物をキラだけで持って来れる?」
平然と返された言葉に、キラはうっと詰まった。

───実はその事を全く考えていなかったり……。

「な、なんとかなるよ!」
本当の事を言うのがなんだか気恥ずかしくてキラはついそう言い放った。
けれどそんな事も全部お見通しのアスランは、そんなキラに小さく苦笑を浮かべる。
「でも、ひとりよりふたりの方が良いだろう?それに、俺ももうこれで仕事は終わりだし」
だから付き合わせて?と微笑まれてしまえば、キラに拒否する事が出来るわけもない。
ううっと唸っていると、それを見ていたニコルが笑いながら言った。
「そうですね、アスランが一緒の方が良いですよ」
「キラはひとりじゃ危なっかしいしな。もうそろそろ暗くなるし」
「……ディアッカ、僕もう子供じゃないんだけど。それに暗くなるってまだ夕方でしょ!」
まるっきり子供扱いされたのが気に入らないのか、キラがむうっとむくれる。


しかし実は、ディアッカの指摘はあながち外れでもなかったりする。
それを分かっている4名は、むくれるキラを横目で見ながらこっそりため息をついた。
───知らぬは、当の本人のみ。








最寄りのコンビニで食料や飲み物を仕入れたキラとアスランは、かなり重くなってしまったビニール袋を下げて店を出た。

「アスランそっち重いでしょ。───大丈夫?」

キラが両手に下げている袋に入っているのは、大量のスナック菓子やお弁当類。
ちょっとかさ張るが、重さは大した事はない。
対するアスランはといえば、片方は個人的に買った雑誌が数冊だけだがもう片方にはペットボトルが5本も入っていた。
───ちなみに、5本全てが1.5リットルだったりする。
そうなれば、キラでなくとも気にするだろう。
疲れたら代わるから言ってね、と何度も言っているが、アスランは大丈夫だからとキラの心配をさらりとかわしてしまう。
実際、アスランはそれなりに重く感じてはいるものの、行き先まで持ち運べない程とは感じていない。
こう見えても、アスランは適度に身体を鍛えている。


それから暫く歩いた所で、アスランが思い出したように立ち止まって小さく舌打ちした。
「……?どうしたのアスラン?」
「ごめんキラ、買い忘れだ」
「あれ?紙に書いたやつは全部買わなかったっけ?」
「ああ、そっちは大丈夫だけど………ディアッカに頼まれていたゲーム雑誌を忘れてた」
「そういえば……行き際に何か頼まれてたね」
ふたりが学校を出る時に遠くからディアッカが何かを言っていたが、なかなか聞き取れずにキラをその場に残してアスランが聞きに行っていたのだ。
多分その時の事だろうなと、キラはその時を思い出しながら言った。
「戻って買ってくる。キラは先に行っていていいから」
そうキラに言いながら、アスランはもと来た道を駆けて行った。

「あ、ちょっと待ってアスラン。荷物重いだろうし、置いていけば─────」

大量のペットボトルの存在に思い当たってキラはそう言いかけたけれど、肝心のアスランはもうかなり先まで走って行ってしまっていた。
「………って、遅かったかぁ」
キラははぁっと息をついて肩を竦めた。
アスランには先に行っていてと言われたけれどどうもそんな気になれず、キラは丁度差し掛かっていた小さな公園のフェンスに寄りかかり、彼を待つ事にした。
手にしていた袋を地面に下ろして、キラは空に向かって腕を伸ばす。
視界に入った空は、学校を出た時のような鮮やかな夕焼け色ではなく、もうかなり薄暗くなっていた。

キラは、そのままなんとはなしに空を眺めている。
まだ微かに目の端に残っている赤みを、最後まで見届ける様に。
そして熱心に見続けるあまり───フラフラと自分に近付いてくる影に気付けなかった。





その頃アスランは、先程訪れたコンビニで頼まれた雑誌を購入して足早に学校への道を急いでいた。
───キラの元へ、というのが正確な所なのだけど。
(先に戻れと言ったけど───多分待っているだろうな)
さすがに息を弾ませながら、内心でそう呟く。
キラの行動パターンを知り尽くしているアスランには、そんな確信があった。
だからこそ、あまり彼を待たせないようにと急いでいるのだから。

そしてキラと別れた付近まで行き着くと、アスランはその姿を探した。
ゆっくりと歩きながら辺りを見ていると、少し先からキラの声が途切れ途切れで聞こえてくる。
もうひとつ声が聞こえるから、その相手と会話をしているのだろう。
(知り合いにでも行き会ったのか……?)
けれどそれにしてはどうも声の様子がおかしい。
何か嫌な予感がして、アスランは横手に見える公園へと走り出した。
「……………!!」
アスランはそこで、思ってもいない───否、ある意味想像通りかもしれない場面に遭遇した。


「ちょ……っ。だから、僕は貴方なんて知りませんってば!」

キラはちょっとしたパニックに陥っていた。
声をかけられて振り向いたら、いきなり知らない男に抱きつかれたのだ。
これで驚かない方がおかしい。
それにその男は、まるでキラの事を見知っているかのように親しげに話しかけてくるのだから、キラはますます混乱してしまう。
ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕から逃れながら見た顔は意外に若く、キラの中のどの記憶とも一致しない。
「いい加減……にっ…、離してください……っ!!」
一生懸命腕を突っ張って胸を押すが、頭一つ以上大きい相手はびくともしない。
しかも男は、先程からキラの太腿やお尻の辺りをしきりに撫でようとしていた。
(気持ち悪い………っ)
身体を這い回る手の感触に、全身が総毛立つのを感じる。
あまりの気持ち悪さにこれ以上耐えられず、キラはとうとう覚悟を決めた。
(これだけはやりたくなかったけど、仕方ないよね……!)
そうして行動を起こそうとしたその時、キラはその声を聞いた。



「キラッ!!」



突然響いたその声にキラと男が同時に振り返る。
そして─────。



ドゴォッ。



恐ろしく鈍い音と共に、アスランが投げ放ったコンビニ袋(1.5リットルのペットボトル×5在中)が、振り向いた痴漢野郎の顔面に直撃した。



「アスラン……!」
あまりの事に呆然とするキラの前に、アスランが肩で息をしながら駆け付けた。
「大丈夫かキラッ?!」
「…………ぼ、僕はね」
両肩をぐっと掴み心配そうに顔を覗き込んでくるアスランに、キラは曖昧に笑って言った。
思わず視線だけ動かして、地面に倒れ伏して目を回している男を見てしまう。
(し、死んだかな…………)
そのくらいものすごい音だった。
最悪な仕打ちを受けた被害者であるにも拘らず、キラはつい男に同情してしまう。
けれどアスランはそんな事に留意する様子など微塵も見せず、キラの無事を確認してほっと息を吐いた。
「良かった……」
そう吐息と一緒に呟くと、アスランはキラの身体を抱きしめた。

「……っ!アスラン………?」
吃驚して反射的に身体を離そうとするキラを逃がさず、アスランは彼を強く抱きしめる。
キラは顔を赤く染めながらも、そっとそれを受け入れた。
自分の身体を包む腕の優しさが、知らずに張りつめていた心を溶かしてゆくのを感じる。
キラが、唯一心から欲する温もり。
与えられたそれに安堵して、キラはそっと瞳を閉じた。



「大丈夫?」
頭上から優しく声をかけられて、キラは小さく頷く。
そしてゆっくりと瞳を開くと、自分を見つめる鮮やかな翠の双眸に微笑みかけた。
それを見たアスランは、キラの髪をひと撫ですると身体を離した。
「やっぱり、キラからは目が離せないな。昔からそうだ」
地面に転がる男をちらりと一瞥すると、アスランがそう呟いた。
幼い頃からを入れると、この手の出来事に遭遇した事は少なくない。
───というか、かなり多い。
「………ごめん」
アスランにはその度に手間と、それ以上の心配とをかけている自覚のあるキラは、済まなそうに俯いた。
「自分でなんとかしようって思ったんだけど………」
なかなか出来なくて……と、もごもごとと口の中で呟いているキラに、アスランは苦笑した。
いつもそうなんだからなぁと内心ため息をつきながら。


キラは柔道の有段者だ。
例え自分より大きい相手であっても、大抵の輩ならば一蹴してしまえるだけの力を十分に持っている。
けれど穏やかで優しい性格が災いして、相手を痛めつけるという行為がなかなか出来なかった。
被害を受けたのが自分ではなく他者だった場合にはそれが出来てしまうところが、キラらしいというかなんというか─────。
最もアスランが大概キラの傍に付いているので、キラ自身が動かなくてもどうにかなる事が殆どなのだが。


「それよりアスラン……。これ、どうしよう………?」

ビニール袋から放り出されて無惨に転がっているペットボトルを見ながら、キラは呟いた。
幸い中身は出ていない。
けれどそこら中砂まみれな上に、3本ほど炭酸類があったりする。
砂は洗えば落ちるが、炭酸飲料の方は蓋を空けるのに勇気がいるし、飲むにしてもかなり気が抜けているのを覚悟しなければなるまい。
「………新しいの買ってくるか」
肩を竦めてアスランがそう言った。
こんなものを打ち上げ用に持って帰ったら、イザーク達に何を言われるか分からない。
「そうだね。僕も炭酸のないC.C.レモンは嫌かも」
あははと苦笑しながらキラも言った。
「ならコンビニまでもう一往復しないとな。やれやれだ」
「ははっ。アスラン、これで何度目だろうね」
ふたりはくすくす笑いながら、荷物を持って歩き出した。
「ところで、新しいのを買うならこの炭酸類どうする?」
「う〜ん……捨てるのはさすがに勿体ないし、やっぱり持って帰って打ち上げに使おうよ」
「使う?」
「そう。ほら、ロシアンルーレットみたいにさ。楽しそうじゃん」
「……それってロシアンルーレットというか、ドッキリだろう?俺達が仕掛人」
「あははは、確かに!誰が引っかかるかなぁ」
「多分、ディアッカあたりだろうな。あいつこういう運には見放されてるから」
「なんか……ニコルは絶対に引っかからない気がする」
「確かに」


楽しそうに会話しながら、キラとアスランは公園を抜けコンビニを目指した。

空はもうすっかり暗くなってしまっている。
今頃生徒会室にいる4人は、遅い遅いとやきもきしながら待っている事だろう。
それを思うと(キラだけは)少しだけ彼らに申し訳ない気がしてしまうけれど。
それでもふたりは、折角の時間を心から楽しむように、ゆっくりゆっくりと普段よりずっと遅いペースで歩みを進めていった。

今はまだ、キラとアスランのふたりだけの時間。

皆での楽しい打ち上げが始まるのは、まだもう少し先─────。










++おまけ++



「あ」
「ん?どうしたキラ?」
「そういえば、あの男の人どうするの?放って来ちゃったけど………」
「ああ、別にどうもしなくていいよ。これから警察に連れて行くのも面倒。そのうち誰かが気付くだろう」
「……でも、あの公園って人あんまり来ないんじゃ………?」
「それならそれで、そのうち起きて自分で帰るだろう」
「……大丈夫かなぁ。今日って結構肌寒いし、風邪とか引かないかな」
「…………キラぁ。人に優しいのは良いけど、お前のはいきすぎ。酷い目にあわされたばかりじゃないか」
「だって、べつに怪我とかしなかったし……」
「………ったく、キラはお人好しなんだからなぁ。いいかキラ、何度も言ってるけどあれはれっきとした犯罪なんだぞ?」
「う、うん。分かってるよ………一応」
「なら、罰として風邪引くくらい当然だ。警察に突き出されるよりは全然ましだろう」
「…………そ、そうかな」
「そうなの」












++END++





++後書き++

球技大会当日の話なのに、大会の話まったくナシ。だめじゃんι
生徒会のメンバーの絡みとアスランの痴漢撃退法が書きたかっただけでした。それにしても、クルーゼ"先生"って自分で書いててものすごく違和感があって困りました。名前だけの登場ですが、あんな先生いたら怖いです。仮面だし(笑)他に誰を先生にしようかなぁ♪
written by  深織

■ CLOSE ■