太陽の生まれるところ 『久しぶりだな』 スイッチを入れるのとほぼ同時。 目の前のディスプレイに映し出された人物は、そう言って笑った。 「………つい先月会わなかったか?」 返す声に多分の呆れが入っているのが自分でもよく分かる。 久しぶりも何も、月に一回は必ず見ている顔なのだから。 それが相手にも充分通じたのだろう。 なんだその顔はっ、と不機嫌そうに睨み付けてくる。 『あれはただ会議場で顔を合わせただけだろう。会話一つもなくて会ったなんて言えないじゃないか』 じゃあディスプレイ越しも会った事にはならないんじゃないのか。 そんな言葉が口先にまで出かかったけれど……。 これ以上機嫌を損ねるのもどうかと思ってそのまま喉奥に押し込めた。 そしてその代わりにとでもいうようにふっと溜息をつくと、幾分真剣な瞳で相手を見据える。 「誰から聞いた?」 主語を省いた端的な問いかけ。 声の調子は問いかけというよりは詰問にすら近かったかもしれない。 けれど向こうは特別不快な感情を表さなかったし、問いの内容も正確に理解していた。 『勿論ラクスだ』 「………だろうな」 間髪入れずに返った答えは、やはり予想通りもの。 とはいえどこか釈然としない思いはやはりあって、自然と眉が寄る。 この専用回線の存在を知っていてなおかつアクセスできるのは、自分と同居人を除いて只一人だけだ。 本来ならば、この家に住むふたり以外誰も知らないはずのそれ。 最も、例外となるただ一人の人物も向こうが勝手に嗅ぎ付けたのであって、教えたくて教えたというわけではないのだが……。 勝手に割り当てられたプライベート回線とはまた別のそれ。 出来うる限り最高のプロテクトを施して周囲から断絶した目的は、ただ、誰にも踏み荒らされる事無く穏やかにと願っての事だった。 それにしてもしかし───。 (誰にも言わないと言っていませんでしたか、ラクス……) 脳裏に過るのは、いつも柔らかな微笑みを浮かべている歌姫の姿。 それに悪態の一つや二つつきたくなったって、仕方ないと思う。 『アスラン……?おい、どうした?』 「……なんでもない。それより………」 『分かってる。用があるなら早く言えって言うんだろ?相変わらず素っ気ない奴だなぁお前』 「悪かったな」 『ま、もう慣れたけどな。あー……ええと、その…………───アイツの事………』 ───"アイツ"。 そう彼女が少し言葉を濁して指し示す人物。 心当たりは、ひとりだけ。 「ラクスから聞いたんだ。今、お前の所にいるって……」 痛いくらいに、真剣な瞳。 知らないと、何の事だと、撥ね付ける事は出来た。 実際、用件がこの事ならばそうしようかとも思っていた。 けれど。 『なぁ、本当にそこにいるのか?アイツ………キラが……っ』 真剣な瞳の中に必死に縋るような光を見た。 オーブ代表として凛と立つ姿からはかけ離れた、どこか弱々しい姿。 それがどれだけ彼の人を想い求めているかを知らしめる。 終戦後、誰にも告げずに忽然と姿を消した彼を─────キラを。 彼女は自分と同じだった。 例え、想いに込められた意味合いは違えども。 求める気持ちはきっと変わりない。 自分と同じ様に、ただその存在を求めている。 同じ気持ちを持つ者故だろうか。 考えていた様に口先だけの戯れ言で騙すような事は、出来なかった。 「ああ。キラはここにいる」 『…………ッ』 泣きたかったのだろうか、それとも笑いたかったのだろうか。 彼女の顔がくしゃりと歪んだ。 きっと、両方なのだろうと───どこか遠いものを見るような目でそれを見ていた。 一ヶ月前、キラを見つけだした時の自分と同じだったから。 『……よかった。見つかったんだな………やっと。本当によかった………』 俯かせていた顔を上げた彼女は、泣き笑いのような表情を浮かべていた。 意志の強そうな琥珀の瞳にうっすらと浮かぶ涙。 それを少し照れた様に拭うその様は、驚く程に幼い頃のキラと重なる。 こういうちょっとした仕草に、同じ血を持つ者なのだと何度思わされた事だろう。 『ったく!二年も待たせやがって…………今度会ったら絶対とっちめてやる』 「……カガリ。その事なんだが……───」 『分かってる。すぐに会わせろなんて言わないから、安心しろ』 「………え?」 思っていたのと正反対の事を言われて、一瞬思考が止まる。 『なんて顔してる。かなり間抜け面だぞ』 泣いたカラスがなんとやら……とはよく言ったもの。 口元をニヤリと釣り上げて、カガリは悪戯っぽく笑っていた。 「会わなくていいのか?……キラに」 『……会いたいよ。会いたいに決まってる。でも、今はまだその時じゃない。そうだろ?』 「…………」 『アイツの状態とか状況とか、詳しい事は知らない。なんで、あの時何も言わずに消えたのかも………ホント言うと、まだちゃんとわかってない。だけど、きっと今はそっとしておいてやる事が一番必要なんだと思う。お前もそう思ったから、誰にも知らせずにいたんだろ?』 同じ血の流れを持つ、この世でただひとりの片割れ。 目には見えないけれど、確かに結ばれていた肉親としての絆。 いつだって感じていた─────苦しみに囚われた時、哀しみに沈んだ時、嬉しさに泣いた時、包み込む様にそっと向けられる優しい眼差しを。 それなのに、ずっと気付いてやれなかった。 地球とプラントとの和解が成立し、迎えることとなった終戦。 世界がようやく、少しずつ平和への道を歩み始めることに心から歓喜しながらも、段々と翳りを見せる様になったその瞳に。 ずっと近くに居たのに。 キラの抱える闇に、自分は気付いてやれなかった。 人知れず彼が姿を消した、その時まで。 苦しげな言葉、哀しげに伏せられた瞳。 その胸に渦巻いているだろう想いは、自分にも覚えがあった。 罪悪感と絶望。 カガリにとっては罪悪感が。 自分にとっては絶望がより大きかっただけで、他は何も変わらない。 『───なんてな。本当のこと言うと、まだ私にキラに会う覚悟がないだけなんだろうな』 「カガリ………」 『ははっ、そんな顔するな。───落ち着いたら、必ず会いに行くから。それまでは、仕方ないからお前に独占させといてやるよ』 その後は知らない、と。 あまりにも彼女らしい物言いに、つい苦笑が漏れる。 『キラがちゃんと生きてるって、それが分かった。今はそれだけで十分だ』 向けられた、明るい表情。 心からそう思っていると分かり過ぎるくらいに分かる、笑顔だった。 こういった彼女の───そして彼の。 穏やかな強さが……いつも羨ましいと感じていた。 『アスラン。アイツの事、頼むな』 「分かってるよ。言われるまでもない事だ」 『ふふっ……そう言うと思ったよ。それと……ひとつ忠告だ。───ここ最近、私ら以外にもアイツの事を秘密裏に捜しまわっていた奴らがいた。あまりよくない匂いがする連中だ』 「………オーブでの平和式典前に色々と動き回っていた連中とは別件か?」 『多分……だが、末端で繋がっている可能性は否定できない』 「目的はキラの名前か能力か、それともキラ自身か………」 『どっちにしろ、キラにとっても良い事でないのは確かだな。表舞台に引っ張り出される事以上に望まない事をやらされることになりかねない』 意識が冷え冷えと冴え凍ってゆくのが分かる。 そんなこと、自分が居る限り決して許しはしない。 どんな形にしろ、今の彼の平穏を乱し害しようとするものは排除する。 絶望と歓喜を越えて巡り合った涙を前に、そう決めたのだから。 『今、ラクスに頼んで信用の置ける部下に動いてもらっている。お前の所なら大丈夫だとも思ったけど、万一って事があるからな』 「ああ。情報感謝するよ。すまないな……そちらだって肩書き上動き難いのに」 『気にするなって。それに、他ならぬアイツの為だ……出来る事は何だってするさ』 <キラの為に、私も出来うる限りの事をするつもりです> 先日のラクスの言葉が、重なる。 彼女もまた、真っ直ぐな瞳でこちらを見据えながら言っていた。 たおやかな姿勢の中に強い決意と想いを込めて。 カガリもラクスも、そして自分も───願うのは、ただひとつ。 『………幸せになって欲しいから。誰よりも』 <あの方が何よりも幸福でありますように> あまりにも似ていすぎる自分達。 願う心、捧げる想い。 それは、少しずつ色や形を変えて───それでも、全てがキラへと向かってゆくから。 そんな在り方を、自分は……自分達は選んだのだから。 「ラクスと同じ事を言う。彼女もそう言っていたよ」 『な、なんだよ。笑うなって!お前が一番そう思ってるくせに………』 「………少し、違うかな」 『ええ……っ?!』 勿論、幸せになって欲しい。 誰よりも、何よりもと、彼がいなくなってからもずっとそう願っていた。 でも今はそれ以上に…………。 「幸せになって欲しい。でも、それだけじゃなくて───幸せにしたいんだ」 他ならぬ、自分の手で。 焼け付くような渇望の果てに、やっと再び巡り会うことができた今。 もう二度と手放せないだろうことを魂に刻み込まれてしまった今。 ただその身に、某かの幸福が訪れる事を望むだけじゃ、もう足りないから。 心から望むのは、それを自らが与える事。 他の誰でもなく───自分が。 『………はぁ』 「どういう意味だ、その溜息は……」 『いや、なんか………お前らしいなって思ってさ』 「そうか?」 『ああ。変に強気な所とかな』 朗らかな笑い声が響く中、小さな羽ばたきと共に微かな重みが肩へと降りた。 それは、「トリィ」と自らの名を囀りながら、ディスプレイの向こうのカガリを見つめる。 「キラが目を覚ましたみたいだ」 『そっか……ならそろそろ引き上げた方がいいな』 「何かあれば、こちらの方に連絡をくれ。休暇中は大抵ここに居る」 『分かった。アスラン、トリィ、キラをよろしくな』 回線を閉じるのと同時に、トリィが遠くから名を呼ぶ声に誘われ飛び立って行った。 自らの主の元へと。 別れの日に自分が彼に贈った絆の証は、それからもずっとこうして彼と共に在った。 自分が傍に居る事が出来ない時も、ずっと。 その後をゆっくりと追えば、柔らかな日差しの下でトリィと戯れるキラの姿が───。 「キラ」 呼べば、君は振り向いて笑ってくれる。 手を差し伸べれば、その手を重ねてくれる。 微笑みながら、名を紡いでくれる。 「アスラン」 寝坊してゴメンとはにかむ頬に指を滑らせた。 確かな感触と、温かな体温。 君が今確かにここに居るのだという、証。 欲しかった全てが、ここにはある。 それは端から見れば、本当に小さく他愛のないものかもしれないけれど。 これが自分にとって、何よりも愛しい日常だから───。 「おはようキラ。よく眠れた?」 ++END++ ++後書き++ 一度は書きたい戦後話。 背景が全然分からなくてゴメンナサイι 中途半端な所から書いたせいでいろんなところが意味不明ですな。しかもキラが最後の方にちょろっとしか出てないっ!もうちょっと出そうよ私……。今回の主役は、どっちかっていうとアスランというよりもカガリでしょうか。祝、初書きカガリvといっても、ディスプレイ越しの平面でのみの登場ですがι
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