ノスタルジア









足音が近付いてくる。

夜の静寂に包まれた周囲は、その本来小さなはずの音をやけに響かせていた。

ザッザッと土を踏み締める音が、止まる。



「風邪をひくよ」



声を聞くまでもない。

誰……なんて、とうに分かりきっていた。

こんなにも自分に特別な気配を持つのは、彼だけなのだから。



「……ああ」

「ああって………あのね…」



その呆れたような口調が、やけに可笑しくて。



「……なに笑ってんの」

「べつに?」

「べつにって顔してないだろ。口元が思いっきり笑ってる」

「よく見えるね、キラ」

「昔から夜目は利く方だからね。……って、君知ってるだろ?」

「まぁね」

「ったく……。それより、そんな薄着でいると風邪ひくよ?しかもいったい何時間いる気?」



気遣わしげに触れてくる指が、やけに熱い。

けれどそれは、キラの身体が熱をもっているのではなく、この身が冷えきっているせいで。



「こんなに冷たくなって……。なにやってんだよ、もう」

「この程度ならどうってことない。俺達はコーディネイターだぞ」

「コーディネイターだって、体調も崩すし風邪だってひくよ。ただ、そうなりにくいっていうだけで」

「……そういえば、キラは結構体調崩したりしてたっけ。夜更かしして、次の日貧血ぎみになったり───」

「それはちっちゃい頃の話!今は違うよっ。なんでそういう事いちいち覚えてるのかなぁ………」



そうやって怒ったような口調でぶつぶつと呟いてる様子が、可愛くて。

無意識に、キラに手を伸ばしていた。

眼前に白く浮かぶ手を引っ張ってその細い体を腕の中に収めれば。

不意打ちの行為に慌てふためいて、その後少しだけ抵抗して……───でも何度か背中を撫でれば、しぶしぶといった感じで大人しくなる。

そんなところも、やっぱり可愛くて───。



「月、見てたの?ずっと」

「ああ」

「奇麗、だね」

「そうだな……」

「うん……アスランが外で見たくなる気持ちもわかるな」


すっと、笑みに細められる瞳。

暗闇にけぶるその色をもっとよく見たくて、額と瞼にかかる髪をかき分けた。

そして引き寄せられるように、あらわになったそこに、触れるだけの口付けを落とす。

くすぐったそうに身じろいだ身体を抱え直して、目の前に曝された首筋に顔を埋めれば、甘さを含んだ吐息が空気に溶けた。



「……奇麗だよね、本当に。ここから見上げる月は、なんでこんなに奇麗なんだろう」

「キラ?」

「あそこは、僕達の故郷[ふるさと]………。一番温かくて、一番優しい想い出の在る場所……」

「ああ。俺達はあそこで育ったんだ」

「それなのに、僕は今まで全然知らなかった。地球から見上げる月が、こんなにも美しい姿をしているなんて」

「俺も同じだよ。宇宙から見る月は、クレーターだらけの冷たい岩の固まりだからな」

「ふふっ……そうだね」



キラは少し笑うと、力を抜いて背中を預けてきた。

同時に、視界にキラの細い指先が閃いて、夜空に向けて伸ばされる。

闇に浮かぶ銀の月に届けとばかりに。



「アスラン」

「ん?」

「来週のプラント行き、延ばそ」

「……どうしたんだ、急に。あんなに楽しみにしてたのに。やっぱり地球は離れ難い?」

「違うよ。ただ、もっと行きたい場所ができただけ」

「…………どこに?」

「───あそこに。あの空に浮かぶ一番奇麗なほしに。僕達の故郷へ、帰ろう………アスラン」



僕達ふたりの始まりの場所へ。

君と一緒に。













++END++





++後書き++

戦後話その2。
ふたりが地球から月を見上げてるシーンが不意に頭に浮かんで出来たモノ。小ネタ用につらつら書いていたので、設定も何もあったもんじゃないです。短いし。
ちなみに題名の『ノスタルジア(nostalgia)』は『望郷』とか『郷愁』という意味です。この言葉って、なんとなく英字よりもカタカナの方が好きだな。


written by  深織

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