超天然危険物









その日、キラは───大変珍しいことに───かなり緊張していた。


何故かといえば、彼はこれから自分の直属の上司となった人物に初めて逢う事になるのだから。
しかもそれがあの名高いクルーゼ隊を率いるザフト軍屈指の逸材、ラウ・ル・クルーゼなのだからそれも無理からぬことと言える。


基本的にキラはあまり物怖じしない。
誰かに突然、「全アカデミー生の前でこのプレゼンをしろ!」とか「ザラ国防長官が来るから案内役代わってくれ!」と言われても「いいですよ〜」とあっさり頷くだけで欠片も緊張しやしない。
繊細な外見と根がおっとりとしていて穏やかな性分ではあるために、よく弱々しく見られがちだけれど。
その実、一度事が起こった時などの肝の据わり方と行動力は並大抵ではない。


アカデミーにある訓練用MSが突然暴走しだして、あわや大惨事になりかけた時も。
実戦式の訓練の為に地球に降りた最初の日にブルーコスモスのテロに遭った時も。
落とし物を拾ったから受付に届けてくると言った荷物が時限爆弾だった時も。


普段のおっとり具合がまるで嘘の様に、仲間達にてきぱきと指示を出して事を収める為にいち早く動くのだ。
それこそ前線で戦う熟練の戦士の如く。
最善策の為に、時には側にいた教官すらも邪魔だと蹴り倒して。
そしてなんとか九死に一生の事なきを得た後のキラの台詞はいつも。


『あーーーーびっくりしたぁ』


の一言。
しかも、はんなりと笑いながら……─────。


「キラは変なとこが図太いからなぁ……」───とは、小さな頃からまるで兄弟のように育ったという彼の幼馴染みの言。
悠然とお茶を飲みながらロイヤルスマイルを浮かべる彼に、いやそういう問題なのかコレは?!と仲間達の中には思わず頭を抱えて叫びだす者が続出した。
彼らは一つのキーワードを頭に刻み込むという。


天然最強、と。





はてさて。
そんなザフトの七不思議(?)のひとつとも言われているキラ・ヤマトだけれど、普段はいたって普通に普通な少年だった。
天然だけど。
彼は現在ぴちぴちの新米らしく緊張感を漂わせて隊長室に向かいながらも、初めて足を踏み入れたヴェサリウスの凄さに始終瞳を輝かせていた。


ちなみに同じくエースパイロットでキラの絶対的なパートナーともいえるアスラン・ザラの姿は、これも大変珍しい事にその隣には無い。
何故かといえば、彼は一足先にヴェサリウスに乗艦した後、スケジュール調整の為一旦プラントに帰っているからなのだけど。
このふたりがつい先日、久しぶりに逢えた遠距離恋愛中のカップルがシャトル乗り場で別れる時のような光景を繰り広げた事は、既にヴェサリウスの伝説となっている。


ふわふわと漂いながら移動する事数分。
きょろきょろと物珍しげに周りを見回しているうちに指定された場所に到着したキラは、ふぅっと一旦息を飲み込むと扉の向こう側に声をかけた。
それに対しての返答は速やかで、入って来なさいとの声が返ってくる。


「失礼します」


承諾を得て扉を開けたキラの目に飛び込んで来たのは………。


(……………………………仮面?)


顔の半分を覆う仮面をつけた、なんとも妖しげな人物で。
いや、他にも艦長や整備班の班長並びにクルーゼ隊の先輩等普通の軍人らしく見える人物が数人いたのだけれど、今のキラの視界にはとにかく仮面以外のものは映っていなかった。


───その結果……。


「ようこそヴェサリウスへ。歓迎するよキラ・ヤマ───」
「あ、すいません、間違えました!!」


キラは驚きのあまり、その人物が発する言葉の語尾をぶった切るタイミングで、慌てて部屋を出ていってしまった。


「「「………………」」」


薄ら寒い沈黙が辺りを支配する。
仮面……もといクルーゼに至っては優雅に上げた右手の持って行き先を見つけられない始末。
しかしそのフリーズ現象を解いたのは、フリーズをかけていった本人だった。


「あ、あのぉ…………クルーゼ隊長のお部屋はここであってる……んですよね?」


しばらくして再びおずおずと顔を覗かせたキラ。
変な形で固まっている皆に少し首を傾げながらも、今度こそしっかり部屋に入って来た。
位置的に仮面の人=隊長だとようやく合点がいったキラは、一気に緊張が解れたらしく、ほわほわと笑いながらクルーゼに向かってこう言った。


「ごめんなさい。あんまりにも思っていた感じと違っていたから……僕、てっきりアブナイ部屋と間違ってしまったのかと思って………」


フリーズ再び。
さっきと違うのは、固まる皆の顔色が一段階ひどくなっている事とアデス艦長が胃のあたりを押さえて脂汗をかいていることと。
そしてキラの先輩となるミゲル・アイマンが全身痙攣を引き起こしながら必死になって吹き出しそうになるのを堪えていることだろうか。


「………ようこそ、歓迎するよキラ・ヤマト君。……………とりあえず、何と間違えたのかを最初に聞いておこうか。今後の参考の為にもね」


どこか疲れたようなクルーゼの声が聞こえたのは、暫く時が経ってからだった。


天然最強。


クルーゼ隊にもこの言葉が広がるのは、きっと時間の問題だろう。













++END++





++後書き++

休止中、日記にて書いた小話その2。
お題以外で書いたキラinザフトはこれが初めてでっす。って、それがなんでこんなものに……ιとりあえずかっる〜いノリを目指してたらこんな風に。ちなみにこの話ではキラだけじゃなくてアスランもかなりの天然です。恐るべき天然危険物ズ。


written by  深織

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