移り気なあなた 「ねえ、アスラン」 「なに?」 「紫陽花が咲いてるね」 「どこに?」 「道の左側。ほら、すぐそこだよ」 「ああ、本当だ。もうそんな季節か」 「うん。もうすぐ梅雨が来るよ」 「そうだな……………」 「ん?どうかした?」 「いや………別に」 「あはは、別に隠さなくてもいいのに。アスランは梅雨が苦手だったよね、昔っから」 「別に苦手っていうか………ただ、湿気が多いのがちょっと嫌だなっていうだけで………………って、キラ?」 「くくくくく……っ」 「……………そんなに笑う事?」 「あはは!だって……なんか可愛いんだもん」 「はぁ?」 「さっきの言い方がね、ちっちゃい頃にお母さんとかに言い訳してる時みたいで、なんか可愛かった」 「…………………」 「痛っ。抓らないでよ。ほっぺた伸びたらどうすんの」 「なに、引っ張ったら戻らないくらいキラのほっぺは弛んでるの?まだ若いのにね」 「むかっ」 「うわ……ちょっ、キラッ?!」 「ふふん、仕返しだい」 「まったく……………子供なんだから」 「………何か言った?」 「いいえ何でも。ほら、いつまでも背中に乗ってないで降りる。皆見てるぞ」 「誰もいないじゃん」 「TPOを考えろって言ってるの。家の中でならいくらでも、むしろ歓迎するけど?」 「……………外でも平気でキスしてくるくせに」 「何?」 「何でもないよ変態キス魔のアスラン君」 「…………………」 ぽつりぽつり。 空から降る雫が、足下に小さな染みをつくってゆく。 最初に気付いたのは、どっちだったか。 空を見上げれば、額や頬にぽたりぽたりと落ちて来た。 「雨、だね」 「だね………じゃなくて。傘出さないとダメだろ」 「ヤダ、面倒くさい」 「……………忘れたんだな?」 「………そうとも言うかな」 「はぁぁぁ…………ったく。午後は降水率80%だって書いてあっただろう。天気予報見てこなかったのか?」 「見てない」 「だと思ったけどさ。ほら、濡れるからこっちおいで」 「はーい」 雨が特に好きというわけじゃない。 むしろ、憂鬱になるから嫌だと思う事だってあるのに。 ───なんでだろう? なんだか今日は、やけにうきうきする。 地面にぶつかって弾ける雨音が増えて。 ぽつりぽつりが、ざぁざぁに変わって。 その音を聞いていると、さぁ、これからだって、なんでか思う。 もしかして、君たちのせい? 君たちの気持ちがシンクロしちゃったのかな? ねぇ、紫陽花くん? 「なんかさ、嬉しそうだね」 「そうだな」 「あ、やっぱアスランもそう思った?」 「なんとなくね。こうして雨に濡れてる方が、生き生きして見える」 「うん。こんなに雨に映える花って、きっと他にないよね。雨が続くと他の花はみんな元気なくなっちゃうのに、紫陽花だけは元気いっぱいだし。さすが梅雨に咲く花!」 「ベタ褒めだな。紫陽花好き?」 「んー、好き……なのかなぁ。考えたことないや」 「キラ、紫陽花の花言葉が『移り気』だって知ってる?」 「移り気?」 「そう。紫陽花って開花当初は薄緑色だけど、暫くすると白っぽくなって、それから徐々に青や紫や紅っていうそれぞれの色に色付いていくだろう?だから、花言葉は『移り気』とか『心変わり』なんだ」 「へぇ、そうなんだ。よく知ってるねアスラン。でも、なんかちょっと複雑な感じがするなぁソレ。あんまり良い言葉じゃない気がするし」 「だからね、キラ」 「ん?」 「紫陽花が好きなのは別に構わないけど、影響されすぎないようにね?」 「………………ばぁか」 何言ってんだか、と。 ちょっとだけ火照った頬を隠すように俯きながら、悪態をついた。 ─────そんな事あり得ないって、知ってるクセに。 ついでを装ってそう付け足せば、目の前の顔が道ばたに咲く雨の花のように鮮やかに微笑んだ。 あのやりとりが、この言葉を引き出す為だったってことくらい、分かってる。 でも、言っちゃうんだ。 駆け引きに負けてまんまと引っかかったみたいで、ホントは言いたくない。 なんか悔しいし。 でも、やっぱり言っちゃうんだ。 あんなにも嬉しそうな顔を見せられちゃうと、つい……ね。 だからきっと、この次もきっと望む通りに言っちゃうんだろうなぁ。 なんか………やっぱりちょっと悔しいかも。 「うわぁ、すごい雨になってきた。このまま梅雨入りになっちゃうかもね」 「…………あんまり嬉しくない」 「一年に一度は来るものなんだから、いい加減諦めなって」 「苦手なものは苦手なんだ」 「それに、こうやって一緒の傘に入って雨の中の紫陽花眺めるのって、結構良くない?梅雨にしか味わえないよ?」 「まぁ、確かに悪くないか」 「でしょ?」 「それに………………」 「ん…………っ」 「傘の中でならこういうことも気にせず出来るしね?」 「………………やっぱりキス魔だ。しかも、さっき僕にTPOについて語ったの誰だったっけ?」 「傘の中は特別。ほら、こうすれば見えないだろう?」 「そんな不可解な位深く差してたらバレバレだと思うけど」 「それは周りの想像次第だろう?はっきり見えてはいないんだからセーフ」 「屁理屈だっ!」 「なんとでも」 もう一度降りてきた唇を、瞳を閉じながら受け止めて。 ふと気付いた雨の匂い。 すぐ傍には、雨に濡れた青い大きな花束がいくつもあることを思い出した。 ─────紫陽花くんが見てるよ? 茶化しぎみにそう問えば。 ─────浮気性な彼に、本気の恋愛見せつけてやればいいさ。 同じく茶化したような悪戯っぽい瞳で、そう笑った。 ++END++ ++後書き++ 休止中、日記にて書いた小話その6。 うちの庭に紫陽花が咲いたのでそれを見て。まだまだ梅雨入りしてないのに咲いちゃって、すごく暑っ苦しそうでへたれてましたね。暑い日続きのせいで結局本格的に梅雨入りする前にちょこっと枯れ始めちゃって、すごく可哀想でした。 来年はたくさん雨が降るといいね。
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