【 君が鳥になった日 --- DESTINY//アスキラ






君のその瞳は、何を映しているのだろう。

つくりものでないこの抜けるような空?
その果てに広がる無限の宇宙?
絶え間なく流れる数多の流星?

それとも…………もっともっと先に在る見えない何かなのだろうか。

それが知りたくて。
少しでもその心に触れたくて。
今日も君の隣に立って、君と同じ方向に視線を向け、同じものを見つめた。


視界に広がるのは、夕闇色に染まりつつある世界。
目の前には海が、天上には空が、足下には大地が広がり、そして息づいている。

ここは、命溢れる母なる惑星[ほし]。
どこまでも完璧なまでに手を加えられた美しいプラント[つくりものの世界]とは違う。
奇麗だけれど決してそれだけじゃない……時に荒々しく、時に残酷で、けれど時に泣きたい程優しくもある不思議な世界。

在るがままにと生まれ生きる数多の命に囲まれて、君は今何を想うの?



「また、ここにいたんだな」

「…………アスラン」

「ディーノとロニーが探していたぞ」

「そっか…」



伝導所から歩いてほんの数分。
視界一杯に広がる空と海を臨めるその場所に、キラはいた。
生活の音も子供達の声も遠く、波の音と風の音しかしないこの場所に。


キラの姿が見えずに不思議に思い探しに出れば、いつもキラはここにいる。
今ではもう慣れてしまってどこにも寄り道などせずにここへと来ていた。
そしてその度に、あの瞳を目にする。

何かを探すように、一途な。
何かを求めるように、狂おしい。
それでいて……何も映していないようにも思える、不思議な瞳を。


そんなキラを見る度に、得体の知れない不安が襲った。
だからいつも、気付いているはずなのにこちらに視線さえ向けずに、静かに世界を見続けるキラへと語りかける言葉を無理矢理身体の中から絞り出していた。

なんでもいい………『星が奇麗だな』とか『寒くないか』とか『もう戻ろう』とか。
キラの意識をこちらに向けさせることに、まるで子供のようにいつも必死になっていた。

そうしなければ───何か取り返しのつかないことになるような気がしたから。
何か分からないけれど、とても大切なものがなくなってしまうような……そんな気がしていた。



「戻らないのか……?ふたりとも、今はラクスの所で待ってる」

「……………」

「キラ……?」

「うん、分かってる……………ごめん。でも………」

───もうすこしだけ、いさせて。



そう小さく呟いて、そっと伏せられた瞳。
覗き見るようにして見たその横顔は、例えようもなく奇麗で………それと同じくらい、哀しげだった。


何を憂いているの?
何を求めているの?
そんな風に誰も見ず何も聞かずに空ばかり見上げて。
自分の中だけで世界の全てを完結させてしまうような、そんな哀しい寂しさと幼い残酷さなんて、いらないはずだろう?

いつだってお前は、広い世界をまるでおもちゃ箱の中を探すかのようにキラキラした瞳で見つめていたじゃないか。
知らない場所にだって平気で飛び出していって、いつも心配ばかりかけて。
いつも無理矢理手を引っ張って俺を巻き込んで。

それなのに、今は───………。






キラの変化は、いつからなんて気付く間もなく始まっていた。

段々と口数が少なくなってきた事に、最初に気付いたのは誰だっただろう。
段々と微笑みが遠くなってきた事に、最初に気付いたのは誰だっただろう。

カガリ?
ラクス?
それとも………子供達だっただろうか?

アスランが気付いた時には、キラはもう喋りかけなければ口すらも開かないほどになってしまっていた。
何故もっと早く気付けなかったのかと、何度血が滲む程に拳を握りしめただろう。
いや……もしかしたら気付いていたとしても、何も変わらなかったのかもしれない。
あの最後の戦いの後、ますます消えそうに儚げになってしまったキラに、誰もが壊れものを扱うように接していた。
それは幼い頃からの親友であり、共に肩を並べて闘ったはずのアスランでさえも………。

笑顔で全てを拒絶するキラに、かける言葉をなくしていた。
そしてその結果………キラの中の居場所を失ってしまっていた。


こっちを見て。
その視界に入れて。
キラの世界から、俺を消してしまわないで。

───どこにも、行かないで。


心の叫びは届かない。
アスランもまた、キラの前では決して口に出さないから。

二人のすれ違いは、どこまでも続く………。






そして今日もまた、キラは空を見上げていた。
アスランでは決して見えない何かを見つめながら………。

それを隣で言葉も無く見守っていたアスランは、今まで微動だにしなかった視線が何かにつられるようにして動くのを見た。

(鳥………?)

それは、海を渡る一羽のカモメだった。
キラが何かに興味を持つのが珍しくて、アスランはその視線の先をぼんやりと追う。
遥かな水平線へと消えていったカモメを見送り、再びキラへと瞳を向けたアスランは思わず驚愕した。

キラが、泣いていた。

声も漏らさず、ただ静かに涙を零していた。
口元にそっと頬笑みを浮かべながら。
その奇麗な瞳に、焦がれる光を強く灯して───。


(飛びたいの、キラ………?)

アスランは愕然とその光景を見つめていた。
キラが何を求めているのか、何を望んでいるのかが、微かに見えた気がした。

(飛び去ってしまいたい?ラクスも、カガリも、子供達も───俺もここに置き去りにして……)

カモメが消えていった空と海との境目を羨むように見つめ続けるキラ。
その様を呆然と見守ることしかできないアスラン。
どこまでも交わらない………ふたり───。


(誰にも邪魔されない、誰にも辿り着けない、そんな場所へと行ってしまいたいの……?)


アスランの心の叫びは、誰にも届かない。
そして、いつ訪れるとも分からない日に怯える日々が続いていった。
交わす言葉は減る一方で。
もう、視線すらも絡み合うことが少ない。

いったいいつまで───?

アスランの中の不安が消える日は一日たりともなかった。
それを示すように、唇や掌の傷が癒えることもなく………。

『いかないで』

その一言すら告げられないまま。





そうしてその一ヶ月後、キラは忽然と姿を消した。


緑色の機械鳥を、椅子の上にぽつりと残して。






『いかないで』

その言葉を言っていたなら。
不安と恐怖に竦まずに縋っていたなら。
この結果は変わっていたのかな…………。

なぁ、キラ?



電源を切られて眠りに付いたトリィにそっと触れながら、アスランは消えてしまった大切な人に語りかける。

答えは、返らない───。








運命放映前に勢いで書いた、今では幻に終わったキラ失踪ネタ…のつもり。
改稿する為にお蔵入りしてたのを引っ張り出して見直したら、なんとなく考えた子供の名前と誰かさんの偽名が微妙にかぶってて笑えました(笑)

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