【 アンジェリカ --- 幼年アスキラ






「キラ?なにやってるの……?」

学級委員の仕事を終えて教員室から戻って来たアスランは、教室の片隅でひとりきゃっきゃっと嬉しそうに騒いでいる親友の姿に訝しげに眉を寄せた。
さっき教室から出る時に、ちゃんと帰り支度をしておくようにと言ったのに………そんなところで遊んでるなんて。

「あ。アスラン、おかえり〜っ」
「……ただいま。ところでキラ、支度まだ終わってないみたいだけど……?」
「………えへ」
「『えへ』じゃない!……まったく、キラはいっつもこうなんだから……」

キラが言うこと聞かないのなんていつものこと。
でも、自分がやりたくもない担任の手伝いなんてやらされている時にキラだけそんなに楽しいことをしていたのかと思うと、ちょっとだけムッとしまう。
いくらクラスの誰よりも大人びていると周囲から感嘆の声を浴びるアスラン・ザラといえど、まだまだ10に満たない小さな子供。
しかも相手が心を許しているキラならば尚の事、アスランは自分を抑えようとか隠そうとかしないのだ。

「ね、ね、それよりさ!ちょっとこっち来てよ」
「………全然反省もしてないし。何、どうしたんだよ?」

相変わらず教室の隅で蹲ってるキラの所まで行くと、キラはニコニコと満面笑顔ではいっと両手を差し出した。
つつ……っとそこに視線を落としてみれば。




ゲコッ。




「アスラン見て見て!可愛いでしょう〜?」
「………!!!キ、キラ?お前なんでそんなもの持って………っ?!!」
「えっとね、さっきカバン空けたら急に飛び出て来たの」


それは、丁度キラの両手にぴたりと収まる程の大きさのカエルだった。
鮮やかな緑色をしたそれは、ゲコゲコとどこか機嫌良さそうに鳴いている。


『可愛いよね?』っと鼻先にぐいぐいそれを押しつけてられ、アスランはおもいっきり後ずさった。
別にカエルに嫌悪感とか苦手意識を持ってるわけじゃないけれど、こんな立派なのを見るのも触るのも初めてなわけで。


(……誰だ、キラにこんな低次元な嫌がらせなんてした馬鹿は。見つけ出して血祭りに上げてやる……!)


あまりにも上機嫌な上にあっけらかんとしているキラに思わずスルーしてしまったが、これは悪質な悪戯だ。
いや、悪戯なんて可愛らしいものじゃなくて、立派な嫌がらせになる。
もし相手がカエル嫌いの子だったりしたら、泣き叫ぶだけの騒ぎじゃなくなったかもしれないのだ。

キラは本来誰かから嫌がらせなんて受けるような子供ではない。
どこかぼーっとしているけれど実は優秀で、ほわほわと穏やかな雰囲気を持つキラは、学校中に友人も多く皆に好かれている。
けれどもごく一部、そんなキラを第一世代なのに生意気だと敵視する頭も根性も足りない輩が存在したりするのだ。
キラといつも一緒に居るアスランの目を気にして表立ってすることはないけれど、陰でこそこそと物を隠したり根も葉もない悪口を吹聴したりといったことが以前にも何度かあった。


「ねぇねぇ、アスラン。この子男の子かな、女の子かな」


段々と怒りが込み上げてきたアスランの様子なんて欠片も気付かず、キラは相変わらず上機嫌なままでカエルの頭(?)を人さし指で撫でながら聞いてきた。


「へ……?見分け方なんて知らないしなぁ。というか……なんでそんなこと気にするの?」
「え、だって名前付けるのに知ってた方がいいでしょ?だって、もしもだよ?『アンジェリカ』って女の子な名前つけたのに実は男の子だったりしたら、なんか可哀想じゃないか」
「名前付ける気なのか?!」
───というか、カエルにアンジェリカ……って、キラ…………。
「え?うん。だって飼うのに名前ないと不便だし。カエル、じゃあんまりでしょ?」
「って、おまえこのカエル飼う気かぁ?!」
「うん。だって、せっかくもらったんだし。誰からか分かんないけど」


もう、どこに驚いていいのやら………。

アスランは脱力しかけて窓下の手すりにがくりと身を預けた。

嫌がらせでバッグに入れられてたカエル見て喜ぶし。
しかも名前付けるなんて言うし。
あまつさえ家で飼うなんてことまで言い出すし。

あーもうっと髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜながら、しかしそこまで考えてはたと気付く。


「キラ………お前、そのカエルがバッグの中に入ってた意味、分かってる………?」
「僕が生き物好きだって、知ってたからでしょ?プレゼントしてくれたんだよ、きっと」
「………………」
「あ、もしかしたら、自分の家で飼えなくて飼ってくれる人を探してたら僕にあたったのかも。それで直接は言い辛いから間接的に、とか……」
「………………(汗)」


………気付けよ、イヤガラセだって。


果たして、今度こそアスランは完全に脱力した。
手すりに預けていた体を維持する力も失せて、そのままずるずると床へとへたり込む。

(いや、知ってたさ、キラがちょっと天然入ってるってことくらい。そうだろアスラン・ザラ)

今まで生きてきて───といってもまだほんの十年足らずだけど───こんな未知の生物じみたモノをアスランはキラ以外に知らない。
もうどうにでもしてくれと頭をかかえていると、キラがアンジェリカ(仮名)を胸元へ抱えながらアスランの顔を覗き込んできた。


「アスラン?どうしたの?頭痛いの?」


誰のせいだ誰の。

思わず口に出しかけて、それでも結局言い出せずにアスランは口をつぐんだ。
本気に心配そうにしているキラの顔を見てしまったから。
こんな顔見せられてしまったら、文句なんて言えるわけないじゃないか。
大丈夫だよ心配いらないよって、いつもみたいに笑ってあげるしかできないじゃないか。

そんな無性に慰めたくなるような顔するなんて、キラは卑怯だ。
狙ってやってるものじゃないなんて、そんなのなんの救いにもならない。

だって結局は、キラにはどうしても弱い自分をまた再確認するだけなのだから。


「大丈夫だよ。なんでもない」
「ほんと?」
「本当。だからそんな泣きそうな顔しないでくれ、頼むから…」


───こうなるんだ、結局は。
アスランは力なく笑いながらキラの頬を撫でる。
それに安心したのか、えへへと笑い返してくるキラを見ながらアスランは内心で大きな大きな溜め息をついた。

(今はこれでいいかもしれないけど、何か起こる前にいつかちゃんと教えないとな……)
カエルなんてびくともしないキラだったから今回は平気だったけれど、次もまたこういう結果になるとはかぎらない。
とくに普段からボケボケしてるキラは、自分が置かれている状況に全然、全く、気付いていないのだ。
だからキラにもちゃんと普段から注意するように言っておかないと───。


と、アスランはそこまで考えたところで、いや待てよと首を振る。

もし自分が苛めを受けているなんて知ったら………?
きっとキラはすごく悲しんで、もしかしたら泣いてしまうかもしれない。
キラが泣く所なんて絶対に見たくない………っ!!





そしてアスランが出した結果は─────。





(………このままで、いいか)

アンジェリカ(あくまで仮名)と再びきゃっきゃっと戯れ始めたキラを横目で見る。
我が侭でいい加減で手がかかる弟のようなキラ。
でも可愛くてあったかくて大好きなキラ。

自分がキラを守ればいい。
これまでと同じように、表でも裏でも。
キラの為にならないって言われても、それでキラが悲しまずに済むならそれでいいじゃないか。


(……と。まずはこのカエルのお礼しなくちゃな)


遊んで遊んでと目で訴えてくるキラに頬笑みを返しながら、アスランは内心で不穏なことを考える。
その理知的な緑色の目が笑っていなかったことは、幸いなことにカエルに夢中のキラは気付かなかった。



全てはそう、アスランの胸の中だけに。








カエル……結構好きだったり…(え)
このキラと同じで平気で持てます、勢いがあれば頬擦りもできます(笑)


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