【 天の祈り、明日への翼 ---パラレル//アス×天使キラ



【5】






「……あんな死に方をさせてしまって、母は苦しんでいなかった?………俺を、憎んでいなかったか?」

掌に食い込んだ爪がチリリと痛み生む。
それが、一番聞きたかったこと。
そして……同時に一番聞きたくないことでもあった。

「大丈夫だよ、心配しないで」

力をこめて握りしめていた拳に、温もりが重なる。
いとも容易く解かれた指は、次の瞬間には彼の掌の中に収まっていた。

「彼女は君を憎んでなんていなかった。最後の最後に大切な君だけでも護れて良かったって……笑ってた」
そう言って懐かしむように瞳を眇めた天使の脳裏には、きっとその時の母上の笑顔が映っていたんだろう。
もう、見ることのかなわないあの……。


「彼女はね、僕に言ったんだ。息子を頼む……ってね」
「え…?俺……?」
「うん。息子に何も伝えられないまま、何も言ってあげられないままだったんだって……。だからきっとすごく自分を責めて、このままじゃいつかきっと責め疲れてしまうって。だから、そうなる前にどうか息子を助けてって」
「………母上…」
「君は、レノアの最期を看取ったよね。彼女の最期の言葉を、覚えている?」
「…………っ」

勿論、覚えている。
忘れられるはずがない。
今でも夢に見る程、あの時の光景は鮮明に脳裏に焼き付いていた。



「…覚えてるよ。ずっと父の名を呼んでた。ごめんなさい……と。父のことだけを……」




『ごめ……さ………パト…リッ……』

『…っく…うぅ……やだよ…しな…ないで……っ!はは…うぇ………っ!!』

『パ…ト……ク…………ど…う……か………』

『は…母…上……?ははうえーーーーーっ!!!』




ずっと父の名を呼んでいた母。
虚ろな目に、きっと幻の父の姿を移しながら、ずっと………。

どんなに泣き叫んでも一番近くにいる自分を見てくれなかった母。
その姿が胸に痛くて、悲しかった
けれどそれ以上に、あんなに愛し合っていた両親を引き裂いてしまった自分が、憎くて仕方がなかった。


喪失と痛みと、そして拭えない罪を背負った日の記憶。
思い出す度にもう死んでしまいたいと想う程に辛かった。
今は……不思議ともう死を望む気持ちは湧いてこないけれど、それでもどうしようもない痛みが胸の奥を刺した。


「……そっか。やっぱり、ちゃんと全部届いていなかったんだね。いい?アスラン。これから僕が言うことをどうか覚えておいて」
ひと呼吸置いて彼は、ゆっくりと、そしてはっきりとした口調で言った。
「レノアは最期にね、君のことを想いながら逝ったんだ」
「え………?」
俺のこと、を?
思いもよらなかったことを突然言われて、引きつったようなみっともない声が出てしまった。
まさかと
「勿論君のお父さんのことを愛していたし、想っていた。置いて逝かなければならないことを申し訳なく思っていたよ。けれどね、それ以上に……レノアは君のことを一番に心配してしたんだ。だから最期に君のお父さんに、『どうかアスランを頼みます』って伝えようとしていたんだよ」


『パトリック、どうか……。どうかアスランを、私たちの愛する息子を…お願いします……』


「君は確かに愛されていた。そして今でも、彼女は変わらず君を愛してる」
こうして僕が此処に居ることが、その証なんだよ?

「…………あ……」
あの時は切れ切れで聞き取れなかった言葉が、どうしてか今はっきりと聞こえた気がした。
最期の、息を引き取る直前の母の言葉が。
────これもこの天使の使う力なのだろうか……?


「現実は変わらない。君が母親に庇われて生き残ったことも、それによって母親が命を落としたことも。そして………その為に君の周りの環境が君にとって辛いものだということも」

でもね、と天使は穏やかに続ける。
取られたままの手に、ぎゅっと力が籠るのを感じた。

「変わったものも、確かにあったでしょう?」

そう────変われる心が、変えたいと願う心が、君の中には確かにあるのだから。





「………………………ああ」


────涙腺が壊れたみたいだった。

笑ってるつもりなのに、何故か次から次へと込み上げてくる。
このままじゃ一生分の涙を流し尽くしてしまうかもしれないなと……子供みたいにみっともなく泣き笑いしながら、そう思った。






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