594 横須賀港 ADMIRAL PANTELEYEV(АДМИРАЛ ПАНТЕЛЕЕВ) 見学

594 横須賀港 観測記 平成11年9月18日 土曜 曇り/小雨 10:00-19:20

在泊の艦船
米軍基地:CV63KITTY HAWK,LCC19BLUE RIDGE,CG,CG,DD, TAGM23OBSERVATION ISLAND,DDG54CURTIS WILBUR, 海上自衛隊SS2隻,
IX503,LSD42GERMANTOWN, FFG48VANDEGRIFT,海上自衛隊SS2隻,LST4151?
消磁所?: DDH143しらね,ASE6102あすか,
吉倉沖: DDG171はたかぜ,DDG174きりしま,
吉倉桟橋: AGS5102ふたみ?,AGS5104わかさ?,AGS5103すま?,AOE423ときわ?, DD102はるさめ?,DD103ゆうだち,
DDG168たちかぜ,DD101むらさめ, ADMIRAL PANTELEEV(АДМИРАЛ ПАНТЕЛЕЕВ)
曳航標的、YL119,YD03,

今日は、ロシアの大型対潜艦ADMIRAL PANTELEEV(АДМИРАЛ ПАНТЕЛЕЕВ) が、一般公開するので出動。ロシア艦と言えば、一昨年東京に寄港したおり、一般公開するしないで、大騒ぎとなったが、今回は、ちゃんと一般公開するようだ。ただ、右翼の活動などにかなり神経を尖らせているようでもある。8:47西小山⇒田園調布・急行⇒横浜・快速特急⇒9:42金沢文庫⇒9:57汐入。臨海公園の様子を垣間見て、基地内へ。臨海公園から、10:00の開門で桟橋へ急行する見学者の群れを確認。基地のある幹部の方には「今日もまた来たのか」の視線と共に、「遅刻」のように言われる(更に退出時「今迄居たの)の視線)。最近毎日の不祥事発覚の神奈川県警からは機動隊が来ていたが、(市民とのトラブルを避けてか)バスで待機状態。二三会話を交わしたが、この後に及んでも、態度が大きい。このうち何人が、今後新聞を賑わすのだろうか。果たしてロシア艦は、乗艦見学者の乗艦行列で、10:45やっと乗艦。渡辺氏、安藤氏、小杉氏、佐藤氏らと合流。へり(ka27救難型)も公開されていたが、黒山の人だかり。前甲板へ移動してゴロゴロ。13:00から艦のパンフを配るの情報を得ていたので、舷門へ。で、再びヘリ甲板。乗艦行列は解消していたが、ヘリの前は人が絶えない。艦の裏方では、乗員の物品販売が始まっている。「Change」と言って、バッチとかを見せて、金品と交換している。14:30頃、DD101むらさめ へ。15:00頃ふたたび乗艦、ヘリ甲板へ。さすがに人も切れて、ヘリのクリアな写真を確保。そして、ヘリの機内写真も確保。15:55終了とのことで退艦。16:15頃基地外へ。今日の来場者は3500人前後とかなりの賑わい。臨海公園で一服。船と模型が好きと言うお姉さんと、しばし歓談。夜景装備もしてきたのだが、ロシア艦が電燈艦飾の用意が無いと言うことで、海上自衛隊もキャンセルされていた。19:25汐入⇒金沢文庫・快速特急⇒20:20頃品川で撤収。

大型対潜艦 ADMIRAL PANTELEEV(АДМИРАЛ ПАНТЕЛЕЕВ)
1988/4/28起工 1990/2/7進水 1991/12/19就役 1992太平洋艦隊編入
Yantar Zavod 820, Kaliningrad, Kaliningradskiy Oblast建造
排水量7300t 全長164m 幅19m 速力30kt 乗員320(内 士官37)
100mm単装砲2門、4連装対潜ロケット発射機2基、4連装魚雷発射管2基、対空ガトリング砲4門、RBU2基、ヘリ(ka27)2機(今回は救難型) など
艦名の発音は アドミラール・パンチィリーィフ が近い
艦名は 太平洋艦隊司令官(1951-1956) Admiral Yury Panteleev に因んでいる。


戻る TOPに戻る

新規作成日:1999年9月18日/最終更新日:1999年9月21日