太平洋戦争開戦前夜のSOSの謎

概要は、開戦前夜(S16年12月7日)東京湾口で触雷した日本貨物船からSOSが発信されたミステリーがあるという。
問題提起者は、「部外者は翌日開戦とは知るはずも無く、なぜこんなところで触雷するのか全く奇異な事件で、該SOSは一回だけで後続情報がなかった。おそらく翌日開戦に備え海軍が付近海面に機雷柵敷設作業中の偶発事故と思われるので関連情報を収集中。残念ながら慨船の船名を失念。」という。

しかし、この文章中に、事実関係そのものを示すものは無い。
すべては、元事象に対する判断が介在している。
開戦前夜(S16年12月7日)は事実として、「東京湾口」「触雷」「日本貨物船」はどこから来たものだろうか。
目の前で起きた事象を見たわけでもなく、現在のような報道体制も無い。
すなわち、通信を傍受しただけである。

問題提起者の説明では、「信号符字がJで始まったから日本船と判断」とか、「当直時間のシフトから19:00頃」などという情報は後出しで聞かれるのだが、それ以外の情報は出てこない。

「何十年も前の話で記憶もあいまいだろう」と片付けるつもりはないが、自分の主張は一点の間違いも無いから信じろと言わんばかりの前提を掲げても、何らかの食い違いがあるからこそミステリーになっているわけだ。

そもそも、当時の通信はトンツーだから、符号をすべて正確に聞き取って、正確にカナに変換し、漢字に正確に当てて、初めてパーフェクトだから、途中のあいまいさをどのように埋めるかがポイントになる。
会話の場合、多少いい加減な発言が混ざっても、相互に意味を理解していれば問題ないわけで、例えば、「昨日」と言う場合、前日と、前営業日の二通りがある。

情報分析に当たっては、考察情報(=事実を的確に伝えられない脚色情報)は必要としない。
原情報が大切であり、初期の段階で判断脚色されてしまうと、以降判断の余地は出てこない。
ホントに調査するつもりであれば、その元データを明示するほうが一番だ。


「即時電波管制が布かれたため後続情報が無かったものと考えられる」とも言うが、では、SOS発信元に、どのように電波封鎖を伝達するのだろうか。
地上局なら電話でもできるが、「聞くな」と発信するのも電波だ。
そして遭難船は、沈没するまでSOSを発信するだろう。

「触雷船付近には当然海軍の機雷敷設艦艇が居たでしょうから、該船に直接電波封止を命じたと思います。」というのは、一個人の推測であって、それを結論とするなら、すべて推測して結論して納得すればよいことだ。

そもそも、夜間、現場海域にいると思えるだろうか?
もし居たなら、危険海域へ近寄らない誘導こそあるだろう。


明確な情報源が明示できなければ、もはや「聞き間違い」と考えるほうが普通だろう。
半世紀も前のことなので、記憶もあいまいだろうし、その後数年間のうちに、聞き飽きるほどのSOSも受信したことだろう。

むしろ、ありもしない当局の情報操作をかもしだすなど、いかがわしい政治的意図も感じられる。

冷静に考えれば不可解だ。

「東京湾口で触雷しSOS」が事実だとして、翌日東京湾に入港する船舶の行動を考えて見よう。
まずは見張りが強化される。
これには、自船が触雷しないようにするとともに、遭難船の様子が気になるはずだ。
一日経過すればきれいにかたずいていたかもしれないが、油の一つも残っているはず。
勤務のシフトはともあれ、同業者の遭難を聞いたとして、まじかの確認がなかったことは考えられない。

こういった経緯が無いということは、SOS自体の存在がなかった、記憶違いか勘違いと考えるのがまっとうのようだ。

なにやら「海軍当局による抹殺」という事項を構築するための要素もぬぐいきれない。




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新規作成日:2006年12月21日/最終更新日:2006年12月21日