北朝鮮との問題と、日本の対応

小泉総理の、北朝鮮 朝鮮民主主義人民共和国への訪問が突然発表された。
なぜこの時期にと言う声も多かった。
拉致疑惑の解明なきままの、友好などありえないと言う声が多く上がった。

実際、訪朝してみると、なんと、金総書記が、拉致疑惑を認め、謝罪したと言う。
直前まで、拉致疑惑の存在自体認めていなかったのに、おやまあと言う感じだ。
拉致疑惑と言えば、国家犯罪であり、国の威信にかかわる問題である。
実際、かなり濃い疑惑であるが、絶対的確証と言うと、法定論争に勝利できるほどの要素は厳しいものだ。
何と言っても、国どうしの問題であり、外交的解決が壁だった。

ふと、側面を見てみよう。
今に始まったわけではないが、日本の外交と言うのは、余りにもお粗末で、国の威信など、とうてい主張できていない。

小泉首相の訪問が、なぜ突然発生したかというと、総理の政治的手腕による、アクティブな外交に打って出たわけではなく、単に、北朝鮮側から、打診があったようだ。
その意味では、別に小泉さんでなくとも、たまたま今日総理であれば、だれでも、このカードを受取っていたわけである。

なぜ、北朝鮮が、国の恥を認めてまで、日本に折れてきたのだろうか。
国内の情勢は困窮を極めているようだ。
それにもまして、アメリカの外交政策による圧力も、厳しさを増している。
感極まった状況かもしれない。
すなわち、日本側が切ったカードではなく、北朝鮮が切ってみたカードなのである。
もちろん、これを受けるか、蹴るかと言う判断は、日本側に委ねられる。
しかし、いずれにせよ、その後の展開は、日本主導ではなく、相手国の采配と言っても過言ではあるまい。

その意味では、なぜ小泉首相が署名してきたかと言われても、他に道がなかったとしかいいようがあるまい。
仮に、交渉決裂としたら、当然、一旦認めた拉致疑惑でさえ、反故になろう。
されば、拉致疑惑の解明は、一層困難になると言う物だ。

日本国内では、小泉総理は不甲斐ない対応とされている。
私は、第一歩としてやむないものと判断している。それは、主導権を持たない我が国にとって、幸運にも舞い込んできた、貴重な一歩とも言える。
しかし実際、韓国では、小泉総理の評価は絶大だ。北朝鮮の金総書記をして、拉致疑惑を認めさせた、日本国民を代表する行為だと。

発表では、8名死亡と伝えられ、その内容も不自然極まりない。
抹殺されたと言う噂もある。
その背景として、拉致疑惑に対する、証拠の露見があろう。
証拠隠滅は、だれでもやる事だ。
とすれば、拉致疑惑を問題にした事が、死を早めたと言う事も言えてしまう。

「10年早ければ」という声も多い。
しかし、10年前に、何が出来たろうか。
今回、小泉総理の政治手腕により、訪問が実現し、かつ、拉致疑惑の展開があったのならまだしも、あくまで、北朝鮮側の、内外の事情に寄るものなのだ。
10年前は、全く歯が立たない状態であったわけだ。

さて、拉致疑惑と言うのだが、日本政府は、北朝鮮に対して、ただ問題提起しているだけで、その他の事はどうなっているのだろうか。
今回、日本側が要求していた10名の他に、数名の提示があった。
すなわち、我が国がろくに掌握していない拉致被害者が、大勢いると言う事なのだ。
イニシャルYHとか、埼玉に住む女性とか。10年と言う単位をへて、具体的に出来ていないというのは、我が国警察、外務が、この問題を、ろくにまじめに考えていない証拠ではなかろうか。
行方不明者と、拉致疑惑者の区別くらい、付いていないような捜査と言う物は、どういう事であろうか。

北朝鮮は、拉致疑惑に対して、かなりの覚悟をして臨んでいるだろう。
思い付きで言ってみたわけではあるまい。
死亡とされる方々について、更なる疑惑も多い。
提示されたリストに対して、子供の使いでもあるまいに、外務省はリアクションをどうしているのだろうか。
もちろん、まずやり取りが有ろう。
しかし、今回、単に、提示された紙を、受け取ってきただけに過ぎない。
別に外務官僚でなくとも、ファックスか郵便、はたまた、小学生でも出来る程度の事だ。
まず受け取る、内容を確認し、再提出を求める。
このくらいの事が、どうして出来ないのだろうか。

また、一旦認めたとは言え、公式文書に記載もないわけで、いくらでも翻す要素があろう。
約束は、履行されて始めて成果となる。
その為のたずなは、きっちり握っていなければならない。


さて、10月末の、日朝交渉が物別れに終った。
北朝鮮は、「日本側が約束に反して、5人を帰さない」事を論点としている。
外交とは、相手の非を追求し、我が方の非を認めない事にあると言っても過言ではない。
今回の場合、5人の一時帰国を、永住帰国に変更した事は、我が国の主権であるとされる。
来日のまま、北朝鮮に帰さない事により、我が国の優位を示そうと言うものだ。
一見、被害者家族や国民の鬱憤を晴らし、主権を主張できたかに見える。
しかし、彼国も、これに恐れおののき、屈服してくるような国でない事は、子供でも分かるだろう。
案の定、「約束を破った」ときた。
約束なのかどうかと言うのは、現場担当の責任だ。
しかし、外交交渉の上で、相手に利用され得るカードを切るのは失策だ。
「5人を返さない通知」と言うのは威勢が良いのだが、結果はこのザマだ。
「5人をこのまま永住帰国させる相談」をしておけば、話がこじれる事はなかったのである。
その場合は別の言い掛かりをつけてくるかもしれない。
しかし、逆手に取られる要素は、可能な限り少なくしておくべきだろう。


2005.5.22 小泉首相が再び訪朝し、5人の拉致被害者の家族8名のうち、5名を連れて帰った。
これに対して、拉致被害者家族会は落胆し言葉を荒げている。
家族の心境も良くわかる。
が、例えば、他の事件や交通事故等で亡くなった被害者の遺族も「命を返せ」と思うこともあるだろう。当然の心境だ。
が、それがかなえられるかどうかは別次元だ。
命は物理的に戻らないが、さまざまな制約により、困難な問題も多い。
今回の訪朝で、小泉首相の無策を唱える声が多いのだが、それを言うなら、初回訪朝の成果を称えたほうが間違っているのだ。
トップ会談の成果もさることながら、そもそもが北朝鮮の政治的駆け引きのシナリオのうちなのである。
しいて言えば、北朝鮮の大きな誤算は、5人でも返せば、日本は北につくとでも思ったことであろう。
知らぬぞんぜぬを通しきれば、今日のような問題は出ていない。
歴史が戻せるなら、初回の訪朝は無かったことにしたいことだろう。
北朝鮮も失敗したと思っているに違いないが、日本政府も、大きな仕事が沸いてしまったことには変わりない。
脱走兵の問題も解決の見通しはない。

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新規作成日:2002年9月20日/最終更新日:2004年5月23日