浜川小学校の歴史

年・月 出来事 様子
昭和 8.3
(1933)
校名決定 ・子どもの数が増え、新しい学校をつくることになり「東京市浜川高等尋常小学校」の校名が決まった。
昭和 9.4
(1934)
開校 ・現、浜川公園の地に品川区で26番目の学校として誕生。
・尋常科(今の小1〜6年)と高等科(今の中1〜2年)。ただし、開校時の尋常科は、小3までしかなかった。
児童数929名 職員数18名
木造2階建て 普通教室18 特別室3 職員室・応接室など
昭和 9.5 校舎落成式 ・5月10日のこの日を開校記念日とした。
昭和 10年代 水泳教育 ・品川区内ではめずらしいプール(昭和9年8月完成)を活用し水泳教育が盛んだった。各大会に優勝し、昭和11年には、全国十傑の中に7名が入ったほどの活躍だった。
昭和 16年〜
(1941)
第2次世界大戦始 ・昭和17年4月には、大井町駅周辺が爆撃された。
・昭和20年5月24日 大空襲
鈴ヶ森小、大井第一小、鮫浜小が焼ける。
・同8月15日 終戦
昭和 19.7
(1944)
学童疎開
(20年10月まで)
・3年生以上を今の八王子や高尾山の寺などに分散疎開した。
昭和 22.4
(1947)
授業再開 ・大井第一小と鈴ヶ森小は焼け残った浜川小で授業した。午前と午後の2部授業だった。
昭和 23年
(1948)
校庭の使用 ・今の校舎が「日独の原っぱ」と呼ばれていた空き地を校庭として使えるようになった。
昭和 26.3
(1951)
運動場 ・校庭が正式に本校の運動場となった。
・100mの直線コースがとれる広さだった。
昭和 28年 校歌作成 ・宮田東峰氏作曲。
・校歌の作曲記念として、宮田氏から先生と児童全員にハーモニカをプレゼントしていただいた。
昭和 29.12 開校20周年 ・歌手の島倉千代子さんが校歌を歌われた。
昭和 31
(1956)
地下道完成 ・今の浜川公園(当時は校舎地)と今の校舎(当時は運動場)を結ぶトンネルが完成した。
昭和 35.4
(1960)
心身障害学級設置 ・心身障害学級(今の3組)が開設した。
入級児22名
昭和 37.10
(1962)
体育館竣工 ・新運動場側にはじめて体育館ができる。
昭和 39.5
(1964)
開校30周年
式典
・この時の児童数708人 来賓等120名
昭和 42.2

昭和 47.12
今の校舎へ

校舎移転
・3期に分けて今の校舎側に鉄筋校舎の工事が行われた。
・昭和47年12月までに木造旧校舎から今の校舎へと移転が終わり、新校舎での授業が始まった。
昭和 44.4
(1969)
幼稚園開園 ・1年保育で、新入園児77名でスタートした。
昭和 44.6
(1969)
新プール竣工 ・新しい校庭に現在のプールができた。
昭和 49.10
(1974)
開校40周年式典 ・児童数823名
・鼓笛のパレードや5年児童が作詞した「40周年の歌」発表などもあった。
昭和 50.6
(1975)
落成式 ・42年から始まった工事が全面的に終わり、校舎落成式が行われた。
昭和 51年
(1976)
地下道閉鎖 ・2つの敷地をつないでいたトンネルの入り口がふさがれ木造校舎は今の浜川公園に造りかえられた。
昭和 59.11
(1984)
開校50周年式典 ・児童数832名 来賓350名
1年生〜6年生までの作文の発表などをして祝った。
平成 元 3
(1989)
新体育館竣工 ・現在の体育館ができた。
平成 4.3
(1992)
ランチルーム ・教室を改装し、ランチルームをつくる。
平成 6.11
(1994)
開校60周年式典 ・児童数640人
空き缶の装飾・太鼓クラブの演奏などで盛り上げる。
平成 10.10
(1998)
コンピューター室 ・コンピューター室を改修し、12年8月に22台のコンピューターを設置した。
平成 15.8
すまいるスクール ・校舎の3階に「すまいるスクール」が開校し、児童の放課後や休日に過ごす場所ができた。
平成 16.7
校舎内装工事
平成 16.11
開校70周年式典
平成 17.8
通用門電子錠化
平成 18.4
小中一貫教育開始
平成 18.4
図書館整備校 ・図書館がネットワーク化した。
平成 18.8
プール排水口工事
平成 19.3
非常用発電機及び照明設置工事
平成 19.3
調理業務民間代行にともなう給食室工事
平成 20.3
トイレ改修工事
平成 20.6
耐震補強工事
平成 21.1

校庭補修工事
平成 22.2
施設分離型小中一貫教育研究発表会(浜川小・浜川中)
平成 22.5
東門電子錠化