アッペンツェル線・センティス線
Die Appenzellerbahn und Die Saentisbahn

SBB(スイス国鉄)ゴッサウ駅からアッペンツェルを経由してヴァッサーアウエンへ至る32.15km
の路線でアッペンツェル鉄道における本線ともいえる区間である。
  運転系統では一つの路線にみえるが、正確にはゴッサウ〜アッペンツェル間をアッペンツェ
ル線、アッペンツェル〜ヴァッサーアウエン間をセンティス線(Saentisbahn)と呼ばれる。
  全線に亘り比較的勾配が緩く、粘着方式で運行される。
  路線の概要は以下の通りである。

■アッペンツェル線(Die Appenzellerbahn)
  総延長:25.920km
  最大勾配:37‰
  開業初年:1875年から1886年に順次延伸
■センティス線(Die Saentisbahn)
  総延長:6.230km
  最大勾配:30‰
  開業初年:1912年

並んだ主力電車
左はBDe4/4 47で1968年製の電車。日本でいうクモハニ。なんとなく長野電鉄を連想させる好ましいデザインである。
右は撮影当時の最新鋭BDe4/4 31。こちらはクモロハ。角型灯具と2枚窓の好いデザインだ。1986年製。
参考までに形式記号でAは1等、Bは2等、Dは手荷物、eは電動車、tは制御車、4/4は4軸中4軸動軸である。
ウルネッシュ(Urnaesch)にて。
1991-4

電鉄地方駅の完成度
地方私鉄の中間駅を観察してみよう。
背後の駅本屋は駅長の住居をかねている例が多い。(この駅では未確認)
駅本屋も構内も非常によく整備されている。
中央に見える青い箱は乗車券券売機。その左は事務室。赤いベンチの右側は待合室で、もちろん窓口で乗車券を買える。
荷物運搬用の台車や荷役用のフォークリフトが待機している。
上屋から下がる案内板は見易いピクトサインを用い、その他の案内板も洗練された書体で印刷されている。
このような整備状況はこの駅に限ったことでなく、スイスでは標準的なのである。
こういう整備状況を見ると日本の地方私鉄とは雲泥の差があることを痛感する。
1991-4

ウルネッシュ駅を発車する電車
教会の尖塔を中心にした典型的な集落である。
踏切の右側がウルネッシュの駅。
アッペンツェル方面行き下り電車は左へ進み、180度カーブして右下に写る農家の手前を横切る。
1991-4

180度の曲線を走る
ウルネッシュを出た下り電車が大カーブへ差し掛かる。
1991-9

そしてアッペンツェルへむかう
ウルネッシュを出たときとは180度方向を変えて進む。
先程交換した電車が向かいの丘を同じ方向に走るのが見えることもある。
1991-4

草原を快走する好編成!
ゴンテン(Gonten)付近を進む2輛編成ABt 62+BDe4/4 46である。
付近の農家の庭先では鶏が放し飼いになっていた。
1991-4 

木立がよいアクセントの停留所
停留所ゴンテンバート(Gontenbad)。
緑の丘をバックに高い樹木がよいアクセントである。
1991-9

丘陵を縫って走る
丘の上から電車を眺めようと坂道を登ってきた。
汗をかいた体に風が心地好かった。
やがてBDe4/4 30型の前後に付随車や客車をつなげた6輛編成が通り抜けた。1M5Tである。

アッペンツェルの町並みを背後に
アッペンツェルは丘陵地谷の中に固まる美しい小さな町である。
町の外側にも丘の斜面に人家が点在している。午後の光に照らされて丘の緑に家の白が映えていた。
線路の脇には大きな酪農家。
こうした建物でも実にセンス好くまとまっているし、周囲にガラクタを放置しないから絵になるのである。
1991-9

アッペンツエルの駅本屋
主要駅らしい大きな建物である。
手前の角にはKIOSK、その右側は軽食堂がある。
プラットホームとは地下道で結ばれている。
駅待合室の写真は割愛するが、窓口をはじめとして綺麗に改装されておりデザインのセンスに感心した。
町の中心は画面右側の方角。
1991-4

アッペンツェルの町並み
20分も歩けば町の中心を一周できるくらいの小さな町である。
その目抜き通りがここ。
外壁を美しく飾った建物が並んでいる。
1991-4

興味が尽きない建物群
この町には美しい建物が多い。
目抜き通りのこの建物をはじめ、裏道に至るまで趣向を凝らした建物が散在している。
1991-4

小さな教会がある停留所
シュタイネック(Steinegg)の停車中のヴァッサーアウエン行き3輛編成。
この編成はガイス線用の小型車である。
道路の向こうには小さな教会堂。扉を開けて覗いたらせいぜい10数名が入れる程度であった。
1991-9

道路に平行して
ヴァイスバート(Weissbad)付近では道路に沿って走る。
道路との間に柵の類がないから撮り易い。
電車はBDe4/4 33ほか。
1991-4

終点の情景
高い岩山に行く手を阻まれるようにして終着駅ヴァッサーアウエンがあった。
この電車から降りたのは5、6名であったと記憶する。
大きな駅本屋には食堂、宿屋が併設される。
スイスでは田舎の駅でも大抵駅構内や駅前にはレストランがあり、1,000円も出せば綺麗なテーブルクロスの上でゆっくり昼食をとることができる。そのあたりの事情も日本と比べて「格差」を実感する。

好い顔しているこの電車!
BDe4/4 47は両運転台。銀色の側引戸は手荷物室で残り約半室が2等。全長は18.9m。
車体中央にウルネッシュ村の紋章が付く。
従える付随車ABt 63はクロハ。運転台側に窓2つ分の1等室がある。なお2等室は禁煙・喫煙が仕切られている。
この付随車は正面の意匠を動力車に合わせているが、車体断面は客車に準拠しているため動力車より若干小さい。
昭和30年代、日本の近代車輛はスイスの設計を参考にした部分が多く、日本人にとってスイスの電車は親近感を覚えるスタイルといえる。

郵便車もセンスよく
Postwagenつまり郵便車、Z4。
この線で唯一の郵便車である。
ガイス線にもZ2という郵便車がいる。



Die Appenzellerbahn

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