K-Bahn

2007.10.22 UPDATE
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RhB Berninabahn

ベルニナ線を行く

アルプスの峰々に囲まれた湖畔の保養地サン・モリッツ(St.Moritz)。
レーティッシェ鉄道ベルニナ線(Rhaetische Bahn、Berninabahn)はここを起点に壮大な氷河を
眺め、深い谷を見下ろしながらイタリア・ティラーノ(Tirano)へ向かう山岳鉄道である。
ここベルニナ線の主力は全長16m級の電車達で、小柄の電車が客車や貨車を牽引しながら
九十九折(つづらおり)の急勾配を、ラックレールに頼ることなく粘着方式で行き来する様は私
鉄電車好きならずとも魅了されるはずである。
僕は1991年の5月と9月に訪問する機会を得、気の向くまま下車をして撮影したのが以下にご
紹介する画像である。
ベルニナ線の魅力を感じ取って頂ければ幸いである。

<ベルニナ線の概要>
総延長:86km
軌道間隔:1000mm
電化方式:DC1000V
最急勾配:70‰ (粘着方式)
最急曲線:半径45m
トンネル:11
架橋:47
開業:1908年〜1910年

<掲載画像の撮影機材>
Nikon F3 HP 35mmF2.8、50mmF2.0、85mmF2.0
Kodachrome PKR



Bernina-Express !
ポントレジナ(Pontresina)で発車を待つティラーノ(Tirano)行のベルニナ急行。
この後ろの客車は始発駅クール(Chur)からここまで電気機関車に牽かれてきたが、交流区間からベルニナ線の直流区間へ入るため専用の電車に付け替えられる。
ベルニナ急行にはベルニナ線の起点サン・モリッツ(St.Moritz)まで行ってからベルニナ線へ入る列車もあるが、この列車はサン・モリッツまで行かず、短絡線を通りこの駅からベルニナ線へと入ってゆくのである。
さあ、これからベルニナ峠の厳しい道のりが始まる。
ABe4/4 40型電車重連が急行用客車を従えて発車を待つ勇姿をご覧あれ!
1991-9

ABe4/4 40型
ABe4/4 40型は41〜46が1964年から65年に、47〜49が1972年にそれぞれ製造された電車。
全長は16,540mm、重量41t、出力680kw(つり掛駆動)、最高速度は時速65kmである。
ちなみに形式のAは一等、Bは2等、eは制御車、4/4は4軸中4軸が動軸。つまりクモロハ44である。
1991-5

強力電車 ABe4/4 50型
ABe4/4 51〜56は1988年と1990年に製造された強力な電車で、VVVF制御により出力は1600kw!
1輛毎に愛称と紋が付けられており、この52はBrusio。
精悍な表情が何とも魅力的である。僕は最高傑作の電車だと思っている。
1991-5

森林限界を超えて登る
ベルニナ急行の始発駅のクールは標高584m。この拙HPで紹介しているフィリズール(Filisur)が1080m。アルブラ峠を越えて前掲のポントレジナの標高は既に1773m。
ポントレジナを出た列車はひたすら坂を登って行く。
1991-9

5月のベルニナ線
前掲は9月の撮影だが、その4ヶ月前はご覧の状況である。
沿線にはスキー場が点在しており、この列車に乗ってスキー場間を移動する人も見られた。

湖畔を横目に最高地点の駅へ
Lago Bianco(白い湖)はご覧のように不思議なコバルトブルーであった。
その湖畔をぐるりと回り最高所の駅へと進んでいく。
列車は電車の重連がタンク車と運材車を牽いている。

Ospizio Bernina
標高2253.2mの最高所の駅 オスピツィオ・ベルニナ(Ospizio Bernina)。
重厚な石造りの建築である。
1階にはビュッフェがあり、脇にHospizとの看板があったので一部は宿泊施設になっているようだ。

Oapizio Berninaに停車中の下り列車
40型と50型の重連。
まだ夏の時期のためオープン型客車も連結されている。
1991-9

若干下ってAlp Gruemにて
アルプ・グリュム(Alp Gruem)の駅に立つと目の前に深い谷を挟み、向かいにはパリュー(Palue)の大氷河!
この駅本屋の外壁には姉妹鉄道である箱根登山鉄道の木札が掛かっている。
この駅を出るとイタリア側に向けて九十九折(つづらおり)の下り勾配が始まる。
1991-9

注:Alp Gruemのueは本来uの上に「点2つ」ですが、文字の表示ができないのでこのように表記してあります。ドイツ語でこのように書くことは間違いではありません。Palueのueも同様です。

古豪電車も美しく整備されて
アルプ・グリュムの側線に停車中のABe4/4 31。
1911年製の電車である。この帯は銀色だが、後部の車輛のように少し前は金帯を締めていた。
1991-9

Alp Gruemを出るとこんな下り坂に!
アルプ・グリュムを出た電車は九十九折(つづらおり)の急坂を降り始める。
丁度上りの電車がカーブに顔を見せている。
画面手前の斜面を左右に6回、ヘアピン状に進み、左上に見える線路まで降りて行く。
線路が並んでいるのがCavagiaの駅で、この駅を出ると再び下り坂になり4回のターンを繰り返しPoschiavo(ポスキアーボ)駅へと至る。
Alp GruemからPoschiavoまで23kmであるが、高低差は1064mもあるのである!
1991-9

遠く目をやれば
これからご紹介するPoschiavo、Le Prese、Brusioはこの方角である。
何れも標高が低いので手前の地形に遮られてこの位置からは見えないが、凡そ矢印の下あたりになる。
ここから終点のティラーノまで47km。その間に海抜2090.8mから429.3mまで下るのである。
1991-9

Poschiavoへ進入する
山から下りてきた混合列車がポスキアーボ(Poschiavo)の構内へ入ってくる。
先頭のABe4/4 54に付けられた名称はHakone。側面に日章旗と「箱根」の文字がある。
次位はGem4/4 802。ディーゼル発電機を載せた電気機関車。除雪時にはパンタを下ろしてロータリー車を推進する。
1991-9

夏の風物詩のオープン客車
ポスキアーボに停車中の列車に開放型の客車が連結されていた。
乗客は一様にご機嫌である。
1991-9

Poschiavoのホテルから
ホテル「Hotel Suisse」の部屋から眺めた町並み。
言語も建物もすっかりイタリアといった感じ。
画像では判り難いが、平たい石で屋根を葺いた建物が目に付く。
ちなみに5月と9月にこのホテルに泊まったが、偶然にも同じ部屋であった。
1991-9

Le Preseの併用軌道
電停レ・プレゼ(Le Prese)界隈では併用軌道になる。
今ABe4/4 54(Hakone)を先頭にした下り列車が朝の電停に停車している。
左正面の建物のところで道が狭くなっているので、背後から来た自動車は列車が発車するまで横断歩道の先で待つことになる。
1991-9

Le Preseに停車中の上り列車
周囲を高い山に囲まれているため陽が当たるまで時間がかかる。
1991-9

何処の国でも併用軌道は愉しい!
ようやく陽が当たるようになって車体の赤が映えるようになる。
1991-9

再び山を下りBrusioへ
南斜面に白壁の建物が散らばっている。
その向こうを下り列車が姿を現す。
画面右側にブルシオ(Brusio)の駅があり、やがて線路はこの下へと降りて来る。そこにあるのが・・・

Brusioに到着
朝のブルシオ(Brusio)。
僕はポスキアーボからこの電車ABe4/4 47に乗って来た。乗客は僕以外には親子連れの二人だけ。
電車の後ろには丸太を積んだフラットカー5輛がつながっている。
清々しい山間につり掛けモーターの音を響かせながら貨車を牽く情景に魅了された。
1991-5

Brusioのオープンスパイラル!
ブルシオの駅から坂道を下って辿り着いたのがここ。
線路の脇の斜面を上がって眺めれば実に見事なループ線である。
列車は模型のように走り抜けて行く。
この画像は9月に撮影したものであるが、実はこれに先立ち5月に同所で撮影している。5月の際は、まだ朝が早く、ループ線に陽が当たっていなかったのである。そこで9月に再訪した次第。
さて、僕が立っている足元は向かいの斜面と同様、2〜3mの巨石が山の斜面に続いている。地震がない地域なので崩落の危険は限りなく小さいのであろうが、大きな石でも乗れば多少は動くし、そのような地形が遥か上まで続いているので余り気持ちのよいものではない。
1991-9

石橋の脇で
下りのベルニナ急行が降りて来る。
磨かれた車体が陽に反射している。
間もなく手前の線路に降りてきたのだが、そのカットは中判カメラで撮ったのでお見せできないのが残念!
将来ブローニー判のフィルムスキャナーを購入したら追加させていただく。
1991-9

西側斜面から
西側の斜面は線路から少し離れているのでループの全景が撮り易い。
ティラーノからの上りベルニナ急行がループ線に差し掛かる。
周囲に反響する電車のモーター音と急カープの軋み音は今でも僕の記憶に残っている。
この画像の続きも中判カメラで撮っているので、アップできる環境が整った後、追加をさせて頂く。
1991-9

ループを過ぎて
このあたりの勾配はまだ序の口。
この先、重連の電車を待っているのは急カーブの続く70‰である。電車はラックレールに頼らず粘着だけで客車を牽き上げる。

ベルニナ線。そこはスイス私鉄の電車好きにとっては堪らない世界であった。



(余談)
列車時刻が正確なスイスでも、何故かベルニナ線は5分、10分と遅れがちであった。同じスイスでもイタリア語圏に来ると大らかな気質になるのであろうか?
この撮影を終えてブルシオ駅へ戻り、昼食を摂っていない僕は、乗車する列車の時刻が近かったが「多分遅れて来るから大丈夫!」と、駅前の食堂でピザを注文・・・。
30cmはあろうかと思われるアツアツのピザを食べ始めたその時、
「キーン」というループを回る列車の軋み音が・・・
僕は口の中を半ば火傷状態にしてピザを平らげ列車に乗ったのであった。

−おわり−




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