2007.8.6 UPDATE

上田交通 別所線の旧型電車

Ueda-kotsu (Nagano Japan)

上田交通の丸窓電車。どこか懐かしい響きのこの言葉、考えてみれば丸窓の電車が引退した
のはもう20年以上前のことだ。
上野から列車に揺られ、信越線で軽井沢、小諸と過ぎ、上田に着いた車窓から別所線の古い
電車が見えたときは「信州へ来たな」と思ったものである。
木造の跨線橋を渡って古色蒼然とした車内に入り発車を待つ。やがて釣掛けモーターの音も
懐かしく発車をすれば千曲川の鉄橋に差掛かり車内には川風が抜ける。電車の行先は別所
温泉。考えただけでも愉しくなる。
ここにまとめた画像は、昇圧も間近になり、一斉に引退する旧型電車を今のうちに撮ろうと訪
ねたときのものである。
個性豊かな電車たちが元気に走っていた最後の夏の情景からご覧いただきたい。

撮影:1986年6月、8月
機材:Nikon F2、50mmF1.4、35mmF2.8
フィルム:Fuji Neopan 400、Ilford FP-4



まるで模型の世界
旧型電車や電気機関車、達磨さんの廃車体などが並んだ上田原の車庫。
今、保存したネガをかざしては「もっと詳細に記録をしておけばよかった」と悔やんでいる。それほど魅力的な空間であった。

梅雨空の下
暑いのか涼しいのかよく分からない曇天の下、レールの音を刻みながらモハ5370型がやって来た。

丸窓電車もやって来た
小柄な車体を田圃に映して通り過ぎる。

古めかしい踏切
他所では見掛けない古い警報機である。
その警報機がチンチンと鳴って丸窓電車が通り過ぎる。
右手の窓に帽子を被った子供が外を眺めている姿がある。

8月になって田は青々
前掲から2ヶ月が経った。
ジリジリと焼け付くような炎天下、今日の丸窓は相棒付である。
丸窓より若くて大柄な相棒である。

洋風駅舎を横目に発車
昼下がりの中塩田駅を発車するモハ5253。
シャッターを押した僕は日陰を求めて駅舎の中へ。

モハ5251
1927年日本車輛製の電車。
5251〜5253の3輛があり、これはトップナンバー。
木張りの車内はニス塗り。手すりなどの金物は真鍮で、仏壇のようにピカピカに磨かれていた。

モハ5372
小田急クハ1650型の車体に手持ちの台車などを組合わせた電動車。
寄せ集めで作られているが、こうして眺めると好ましいまとまりである。模型にして作りたくなるような電車だ。
2輛が在籍した。

モハ5271
長野電鉄からの譲渡車。
1980年の入線の新参者であるが丸窓と同じ1927年製だ。
深い屋根の意匠は川崎造船製特有のもの。

同い年
四角顔と丸顔、さて、どちらがお好みでしょうか?

モハ3310
東急電鉄のデハ3300型を借り受けたもの。
この3300型は池上線でよく利用したので実に懐かしかった。
上田入線に際して各所が改造されているが、さすがに疲れは隠せない。

クハ3772
デハ3310とコンビを組む。
屋根や側面の塗装が痛んでいるが、端正なスタイルは東急時代同様だ。
東急時代、晩年はカラフルなこどもの国線専用車であった。

クハ252
1956年に相模鉄道クハ1501を譲り受けたもの。
台車を見てお分かりのように元は気動車で1937年日本車輛製。
速度が上がるとフワフワと不思議な乗り心地であった。

クハ252の片隅運転台
ニス塗りの車内。
正面の窓が半開なのは、この駅まで子供が二人、顔を出して展望を楽しんでいたためだ。

交換待ち
クハ252が待つ中、向こうから丸窓電車がやって来た。

クハ292
東急の5000系中間車を先頭車改造したもの。
291、292の2輛がいた。
オリジナル「青蛙」に因み、いつの間にか「平面蛙」と呼ばれていた。

終点 別所温泉駅
ラッシュ時間帯を過ぎると付随者を引上線に切り離すのが丸窓電車の日課であった。
ホームを見れば土産袋を持った温泉客が乗り込んでいた。




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