国鉄型の頃 上野口黄金時代 


上野駅は「東京の北の玄関口」という印象が薄くなったようである。
北関東へ向かう通勤電車や常磐線の起点となって入るが、東北上越新幹線の東京駅乗り入
れで、上野駅は中間駅のイメージが強くなってしまった。
1982年東北・上越新幹線開業の直前は上野口は正に黄金時代であった。
地平、高架の各ホームには早朝から深夜まで優等列車が次々と発着し、圧巻であった。

私は東京の城南で生まれ育ち、上野口は馴染みが無かったが、通学で上野より東北本線を
利用する機会を得、黄金時代の末期を見てきた。
ここでは通学途上で撮影した懐かしい列車の写真を並べてみた。

撮影機材
Nikon F2  35mmF2.8、50mmF1.4、135mmF2.8
PENTAX SPU 50mmF1.4

地平ホームにずらり顔を揃える
東北本線「はつかり」485系、常磐線「みちのく」583系、東北本線「ひばり」485系。
北の玄関口らしい、優等列車の揃い踏みが常時見られた。
1982年撮影。
JNR Expresszug HIBARI , MICHINOKU , HATSUKARI..
Ueno HBhf.

ボンネット「ひたち」も加わり4列車が並ぶ
上の写真を撮っていたら、18番線に常磐線「ひたち」のボンネットがやって来て4本が並んだ一瞬である。
Ueno HBhf.

長旅を前に
改札口から頭端式ホームへ進むと、広いホームに特急電車が入線していて、旅情満点の情景であった。
左は「ひばり」、右は「みちのく」。
Ueno HBhf.

美しき181
181系「とき」。
なんて美しいサイドビューであろう。
新幹線の工事が始まる前の広々とした大宮駅で流し撮りを試みた。
1978年撮影。
JNR Expresszug TOKI..
Triebwagen 181.
Ohmiya Bhf.

181系「とき」全容
中間のグリーン車が老朽化し、この年、暫定的に189系のサロが新造され組込まれた。
車体断面が異なるので、サロの部分がガクンと高くなっていた。
1978年大宮駅にて。
JNR Expresszug TOKI..
Triebwagen 181.
Ohmiya Bhf.

ボンネット「ひばり」
ラッシュが終わった頃、クロ481を先頭に「ひばり」が上ってきた。
東北線上りホームは通過線を挟んでいるので、写真が撮りやすかった。
背後の上空に荷役用テルハが見える。
1978年大宮駅。
JNR Expresszug HIBARI..
Triebwagen 485.
Ohmiya Bhf.

ボンネット「ひばり」快走!
高度成長期、仙台方面への旅客需要を在来線特急で対応するため特急「ひばり」は毎時運行された。
正に、北へ向かう旅客輸送の主役であった。
1978年 東大宮−蓮田間にて。
JNR Expresszug HIBARI..
Triebwagen 485.
Higashi-Ohmiya〜Hasuda.

金沢へ向かう特急「白山」
他の特急に比べて本数は少なかったが、「白山」も忘れられない存在だ。
ヘッドサインに絵が入る前のすっきりとした表情である。
1978年大宮駅。
JNR Expresszug HAKUSAN.
Triebwagen 489.
Ohmiya Bhf.

時折吹いた「そよかぜ」
軽井沢方面へ向かう臨時特急「そよかぜ」。
夏の避暑客を乗せて信越方面とを往復していた。
1978年大宮駅。
JNR Expresszug SOYOKAZE.
Triebwagen 189.
Ohmiya Bhf.

御召電車157系
僕は常時カメラを携行していたので、駅構内で「それらしい」雰囲気があると、途中で下車して特別な列車を待ったものである。
写真は那須方面から上る157系御召電車。
ヘッドマークのないクモハ157系の表情の美しいこと。
1978年大宮駅。
JNR Kaiser-Triebwagen 157.
Ohmiya Bhf.

早朝は寝台列車の到着ラッシュ
地平も地上も、早朝は寝台列車の目白押しであった。
電気機関車にヘッドマークがなく地味な印象であったが、かえってそれが北の列車らしい雰囲気でもあった。
左は寝台特急「北陸」。
1978年上野駅。
JNR Expresszug HOKURIKU.
E-Lok EF65 und Schlafwagen.
Ueno HBbhf.

どっこい生きていたカニ22
パンタグラフこそ撤去されていたが、電源車カニ22が健在であった。
早朝上野到着の寝台特急「北陸」に数輛使用されていた。
1978年上野駅。
JNR Expresszug HOKURIKU.
E-Lok EF65 und Schlafwagen.
Ueno HBhf.

地平ホームには常磐線からの寝台特急が到着
地平ホームに目を移せば、常磐線経由の寝台特急「ゆうづる」が到着していた。
写真は交直両用電機EF80型の1号機だ。EF80はどういう訳か、色が褪せてくたびれた印象の車輛が多かった。
1979年上野駅。
JNR Expresszug YUZURU.
E-Lok EF80 und Schlafwagen.
Ueno HBhf.

急行「まつしま」が上ってきた
間もなく1980年代というのに、上野から遥々急行に乗って松島見物に行く旅客が果たしてどれだけいたのであろうか。列車の存在も編成の長さも今では考えられない「よき時代」であった。
1978年大宮駅。
JNR D-zug MATSUSHIMA.
Triebwagen 455.
Ohmiya Bhf.

川越線の気動車
新幹線の高架がかぶさる前、大宮駅は写真が撮りやすかった。
東端の川越線のホームにはキハ35系が客を待っていた。
二色塗装が単色の首都圏色に変わりつつある頃であったが、ステンレス地のキハ35型900台も混じっていた。
左は首都圏色、右は未塗装である。
1978年大宮駅。
JNR Diesel triebwagen 35.
Ohmiya Bhf.

待機するEF80群
東大宮の車輛基地の一角に機関車が集結する側線があった。
前面窓上に庇が加わり精悍な顔つきになったEF80達。
1979年撮影。
JNR E-Lok EF80.
Higashi-Ohmiya.

福島発122レ
嬉しいことに東北本線の普通客車列車が残っていた。
EF58に牽引された客車の編成を見れば、機関車の次位に回送の2輛、次が郵便車。これは大抵オユ10型。その後ろが各種雑型客車である。ナハ10、スハ43系が中心であったが、狭窓葡萄色のスハ32系も混じっていた。
1978年大宮駅。
JNR Personenzug.
E-Lok EF58.
Ohmiya Bhf.

常磐線の普通客車
東北本線、高崎線の上野口の普通客車列車が消滅の後も、常磐線には客車が残った。
こちらは荷物車が連結されておらず、座席車のみの編成であった。
1979年上野駅にて。
JNR Personenzug.
E-Lok EF80.
Ueno HBhf.

「津軽」には10系寝台車も連結
上野と青森を結んでいた急行「津軽」。
この頃は座席車は12系になっていたが、機関車の次に荷物車、グリーン車スロ62、A寝台オロネ10、B寝台オハネ12等が続いていた。冬には屋根や台車周りに雪をつけて上ってきた。
1978年大宮。
JNR D-zug TSUGARU.
E-Lok EF58.
Ohmiya Bhf.

「津軽」のオロネ10
A寝台車としてオロネ10かオロネフ10のいずれかが連結されていた。
20系寝台車によく似た屋根の深い客車だ。
大きな固定窓から浴衣姿の寝ぼけ顔が見えたものだった。
1978年大宮駅。
JNR D-zug TSUGARU.
Schlafwagen Orohane10.
Ohmiya Bhf.

東北本線122レ上野進入
福島より延々走ってもうすぐ終着駅上野である。
速度を落として地平ホームへの下り勾配に差し掛かるところ。
鶯谷駅にて1978年撮影。
JNR Personenzug.
E-Lok EF58.
Uguisu-dani Bhf.

軌道試験車を牽引するクモハ73 
まだ73系電車がいくつかの路線で現役であったが、原形を保っている車輛は少なかった。その中にあって、軌道試験車マヤ34を牽引していたクモハ73は原型の顔を持つ貴重な存在であった。
1978年大宮駅。
Alt Triebwagen73. Ohmiya Bhf

廃車回送70系電車 
在来線車輛の流動が激しい時代であったので、思わぬ車輛に遭遇することがあった。
写真は新前橋から廃車回送される70系電車4連。
1978年大宮駅。
E-Triebwagen70. Ohmiya Bhf.

田端機関区に並んだ上野口の主役 
小春日和の昼下がり、機関区内に憩う機関車群。常磐線の主役EF80、北国装備のEF58、大事な脇役DD13.
1978年撮影。
E-Lok EF80, EF58 und D-Lok DD13.
Tabata Lok-Remise.

御召列車大宮通過
栃木国体の際に運転された御召列車である。
157系電車による御召と比べ駅構内の雰囲気が張りつめていた印象がある。
そんな中、EF5861を先頭に、完璧な運行時刻で構内を通過していった。
1980年10月撮影。
Japanische Kaiserzug mit E-lok EF5861.
Ohmiya Bhf.

交直両用電車401系の二つの顔
153系電車同様、401系も初期型の運転台は低窓、その後の増備車が高窓であった。
写真で分かるとおり、屋上の検電アンテナ、ベンチレータ、雨樋の形状が異なる他、警戒色の帯の幅が異なっている。
尾久にて1979年撮影。
Triebwagen 401.
Oku Bhf.

形式ワラ1 車号1
 (有蓋貨車 WARA1  Japanische Gueterwagen) 
形式「ワラ1」は約17,000輛製造された有蓋貨車である。その中の第1号車がこれである。正に1/17000であり、貨車ファンの間では伝説的車輛である。
僕は通学からの帰途、日課になっていた大宮駅に進入する貨車の検問をしていた。そのとき網に引っ掛かったのがこれ。
EF15に牽かれた貨物列車が高崎線を上って来た。その中の貨車を見て我が目を疑った。「ワラ1だ!」
僕はホームを全力疾走して貨物列車を追った。貨物列車は運良く上り方で停車した。
僕は無我夢中で撮影をした。何とか数枚撮ったと同時に、貨物列車は発車して行った。
1978年5月撮影。
PENTAX SPU、50mmF1.4、NEOPAN-SS




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