台湾鐵路南部点描 屏東線を行く

 Die Ping-tung Linie


屏東線は高雄と枋寮を結ぶ61.3Kmの亜幹線である。
現在は、枋寮站より南廻線が台東方面に延伸し、台湾環状鉄道を構成する主要路線のひとつ
である。
南廻線の開業で、鉄道による台湾一周が可能になったが、1991年までは枋寮站が終着駅で
あった。その頃、沿線には日本統治時代からの木造駅舎がまだ多く残り、構内を見れば貨物
側線にワム90000タイプの貨車が留置される懐かしい情景が展開していた。
その後の南廻線開業や駅舎の改良、さらに貨物輸送の合理化で当時の面影は薄らいだが、
南部特有ののどかな沿線風景は今も変わらない。
ここでは南廻線開業前後の写真を並べてみた

注:現在屏東線は高雄〜屏東間が電化されている。また上記路線以外に高雄〜高雄港間の臨港貨物線3.7kmも屏東線に属する。

屏東線の起点 高雄站
朝の高雄站。
広いプラットホームに立っていると、通勤通学客を乗せた屏東線の普通客車列車が到着した。
1988年3月撮影。

椰子の中を客車快走
屏東線の沿線は椰子の樹が多い。客車の車窓に流れる椰子林を眺めていると、正に南部風情である。
竹田站付近を行く普通列車。
2000年5月撮影。
(RP2000年-10月号)

川風に吹かれて
林邊渓の鉄橋を渡るキョ光号。
土手のベンチで列車を待っていると、広い川面の対岸から風に乗って爆竹の音が聞こえてきた。
2000年5月撮影。

第1月台進入! 
明るい日差しが降り注ぐ、ここは林邊站。
ホーム上屋の下で心地よい風に吹かれていると、エンジン音を響かせて上り列車が進入してきた。
2000年5月撮影。

普通列車の後部デッキ
日曜日の普通列車に乗ったら、小学生の男の子達が乗り込んできた。
客車の最後部は懐かしい「展望台」。少年達はデッキに立って、去り行く景色を飽きもせず眺めていた。
2000年5月撮影。

車窓から
車窓から後ろを見たら、デッキの男の子と目が合ってしまう。カメラを向けたら屈託のない笑顔を向けてくれた。
2000年5月撮影。

墾丁之星
台北から枋寮まで運行されている観光列車。
電源車に続いてイラストをあしらった車体の客車5輛で編成されている。
2004年1月鎮安付近にて撮影。

鎮安站でのタブレット授受風景
1988年当時は腕木式信号機が使われ、タブレット授受の光景が見られた。また、雑型客車ではウインドシル・ヘッダー付きの車輛も多く活躍していた。
ここ鎮安の年配の駅長さんは日本語が流暢で、はるばる日本からやってきた珍客を温かく迎えてくださった。
1988年3月撮影。
(TR1988年-9月号)

東港線乗換 鎮安站
右手は6.2kmの小支線「東港線」の気動車。ホームにはオベリスク型の案内柱があり「往東港旅客請在本月台上車」と書かれている。作家、宮脇俊三氏が夏至も近い1980年6月8日11時45分、このホームに降り立ち、「裾がわずかに開いているからであろう、すでに影がない」と書かれたのはこの標柱である。
構内踏切を左に渡ったところには水色に塗られた木造駅舎が建ち、また側線には貨車が留置されて構内は活気があった。
向こうからやって来るのはS300型が牽引する上り普通列車。
1988年3月撮影。
(TR1988年-9月号)

東港線旅客輸送廃止後の鎮安站
東港線の旅客輸送は1991年2月末を以って廃止された。その後、中間の大鵬站まで軍事輸送が行われていたが、これも2002年に廃止された。
右がかつての東港線乗り場。今は側線がすべて撤去され、プラットホームだけが寂しく残る。
かつて構内に貨車が留置された情景を想像することは難しく、水色の木造駅舎も基礎だけが残り、雑草が茂っていた。
2000年5月撮影。

終点時代の枋寮站
南廻線が開業する1991年までは、ここ枋寮站が終着駅。
列車が到着すると、台東方面へ向かう人々は改札口を出てバスターミナルへと急いでいた。
1988年3月撮影。

枋寮站の改札口
3月というのに台湾の南端近くだけあって日差しが強い。
しかし、駅舎の中に入ると心地よい風が抜けていた。
振り返れば、ガーランドベンチレーターの旧型客車、給水塔。実に懐かしい情景である。
1988年3月撮影。

枋寮の駅前広場
駅舎を抜けると駅前広場。
のんびりとした情景の中、どこからともなくローカルバスが現れ客を拾っていった。
台東へ向かうバスの乗り場はこの背後にある。
1988年3月撮影。




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