内湾線散歩

Die Nei-wan Linie

内湾線は台湾北西部の都市新竹站を起点に、終点内湾站まで27.9kmを結ぶ非電化支線。
 この路線は1947年に新竹郊外の竹東地区で産出される第一次産品の輸送を目的に敷設さ
れた鉄道で、以後鉱石輸送のため現在の終点内湾站まで延伸された。
 台湾鐵路局でも日本の鉄道と同様、貨物輸送の合理化で貨物列車が少ない現状であるが、
この内湾線でも一般の貨物列車の運行は既にないものの、途中の九讃頭站にあるセメント工
場の関係で専用貨物列車の運行があり、ディーゼル機関車が黒いホッパー車を牽引する姿が
見られる。
 また、竹東以遠では腕木式信号機も健在で、この点でも鉄道ファンには見逃せない路線であ
る。
 このページでは途中駅に下車しながら、内湾線の情景をご紹介する。

撮影機材
M6 : Leica M6 SUMMICRON M50mmF2.0 SNAPSHOT-SKOPAR 25mmF4.0
F2 : NikonF2 50mmF2.0
TVS : Contax TVS

早朝の新竹站
内湾線の起点、西部幹線新竹站。
この駅舎は1913年の建築で、棟に時計台を載せた堂々たる洋風建築である。
台湾でもこの駅舎は歴史的評価が高く、近年大規模な改装工事が実施され、玄関上部に掲げてあったデジタル式電光時計や駅名板が撤去されて、建物本来の美しさを取り戻した。同時に暗かった待合室も明装化され、イメージを一新した。
新竹は風の強い町。僕がこの町に降り立った時も、心地よい風が吹き抜けて「風の城」を実感した。
2002年撮影。M6、25mm

新竹站 内湾線月台
内湾線の旅客列車は全てこの気動車DR1000型である。
新竹站の月台(プラットホーム)は西部幹線下行月台の北端を一部欠いて設けてある。この点に気付かす、長大な月台の中程に居るとうっかり列車に乗り損なう。かくいう僕も高雄方で列車を待っていて、発車寸前にこの事情に気付いた次第。
2002年撮影。TVS

運転台脇の展望
新竹を北向きに出た内湾線は、大きな新竹站の構内を抜けると西部幹線に別れを告げ、東へカーブする。
暫らくは新竹の町外れを行くが、家並みが途切れると、左手に頭前溪の河川敷を望む河岸段丘に差し掛かる。雑木林や僅かな田畑が点在するものの、突然高速道路が頭上を交差したりして、ローカル色の中にも「現代の台湾」が見え隠れする。
2002年。M6、25mm

竹東站の朝
竹東はその名の通り新竹の東にある町である。
新竹の通勤圏のため、駅周辺には真新しい高層住宅群が林立している。
この駅は内湾線の中でも数少ない交換可能駅で、路線中間で最も「駅らしい駅」である。
右は内湾行き下り列車。もうすぐ上り列車がやってくる。通勤客が整列して到着を待っている。
2002年撮影。TVS

柴油車 DR1000型
支線における現代の主力気動車。
日本車輛製で、ステンレス製の車体は両運転台構造。機関は液体式でカミンズ製。
正面に台湾伝統の警戒色が塗装されるが、大きなガラス窓の秀逸な意匠である。
竹東站にて2000年撮影。F2

竹東站 站房
駅前広場から站房(駅舎)を眺める。
戦後の建築であるが、瓦屋根をのせているため、どこか日本風である。
高く伸びた椰子の木がよいアクセント。
2000年撮影。F2

貨物倉庫
竹東站構内には、使われなくなった貨物倉庫が並んでいた。
この倉庫群を見ていると、かつての貨物輸送の活況が想像された。
今は倉庫の向こうに高速道路の高架橋が走っている。
2000年撮影。

竹東の街路
駅前から伸びる道を進むと町の中心に至る。
道に被さるように街路樹が茂り、真夏には涼しい木陰を提供することだろう。
背後には大きな市場があり、この時は既に昼過ぎであったので、片付けに追われる商売人の姿があった。

果物屋
南国台湾を実感するのは果物屋の店先を見る時である。
色とりどりの果物や、日本では見掛けない様々な果実が並んでいる。
右下の大きな断面は西瓜だ。
2000年。F2

竹東站での交換風景
列車は定刻通りに運行されていた。
右の車輛に見られる運転台窓後部の黒い板は、通過時のタブレット授受で、ケースが車体に当たった際に外板を保護するクッション材。
2002年。M6、25mm

横山大橋を渡る
竹東站を内湾行きで出発。
やがて前頭溪を渡る横山大橋に差し掛かる。
前方に山並みが見えてきた。
2002年。M6、50mm

九讃頭站進入 
腕木式信号機が残る主要駅、九讃頭站。
背後にセメント工場が控えるだけあり、構内は広々として貨物側線が並ぶ。
新竹からの下り気動車がやって来た。
2002年撮影。M6、50mm

ホームから眺めたセメント工場 
構内踏切の向こうに駅舎が見える。
駅前広場を抜けて広い往来を渡ったところが亜洲水泥の大工場である。
線路は画面左手より分岐して専用線が工場へ続いていた。
2002年撮影。M6、50mm

入替機関車 
小型3軸のディーゼル機関車がホッパー車の入替に精を出していた。
貨車の雰囲気は日本とよく似ているので、撮影に没頭していると異国であることを忘れてしまう。
2002年撮影。M6、50mm

九讃頭站房 
駅舎は小柄であるが鉄筋コンクリート造であった。
竹東站同様に、建物の傍らに椰子の木が植えられていた。
駅前広場には食堂も商店もなく寂しい雰囲気であった。
2002年。M6、50mm

セメント工場を覗く 
自動車が行き交う広い通りをようやく渡ると水泥(セメント)工場である。
線路が踏切より工場に入る部分には可動式の柵がしてあり、部外者が立ち入れない。
僕は檻の中の囚人の如く、柵に密着して内部を覗き見た。
2002年。M6、50mm

九讃頭出発 
再び列車に乗り終点へ向かう。
タブレットを授受して、さて出発だ。
2002年。M6、25mm

次第に山間部へ
九讃頭を出ると、次第に山が近くなる。
途中のスイッチバック駅合興站は、既にポイントが撤去されて停留所化していたのが残念であったが、落石除けのトンネルがあったりして山間路線を実感する。
2002年。M6、25mm

終点 内湾站
行く手に山が迫り、「もうここまで」といった風に線路が終わっていた。
かつてこの駅でも貨物輸送が盛んであったであろうが、いまは気動車の発着のみで、側線は赤く錆びていた。
2002年撮影。M6、50mm

内湾站房 
ここの駅舎もコンクリート造である。外壁のタイル面に汽車の絵が描かれている。
階段を下ると、だらだらの下り坂が続き、土産物などを扱う商店が並んでいた。
週末には都会からの行楽客で賑わうのであろう。

内湾線は腕木式信号機あり、貨物列車ありでなかなか楽しめるローカル線である。




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