おもにミカンを港まで運ぶ目的で建設された路線。藤並までは後から開業した国鉄紀勢本線と並行していたため、不要不急路線として戦時中に線路が撤去されてしまった。残る区間は21世紀まで存続するが、1984年の貨物輸送廃止後は路線の役割がほとんど無くなり、1995年頃からは学校の休日に運休となる。最晩年は1日2往復のみ、利用者40人ほどとなって、2003年に廃止された。

  1915.528 海岸〜下津野間開業
  1916.7.1  下都野〜金屋口間開業
  1934.2.1  海岸〜湯浅間休止(40.8.13旅客営業廃止)
  1944.12.10 海岸〜藤並間休止(59.4.2廃止)
  2003.1.1  全線廃止
   1941 1949 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000
 輸送人員(千人/日) 1.6 2.2 2.4 3.5 4.6 2.7 1.8 1.6 1.0 0.4 0.1 0.04
 輸送密度(千人/日) 0.9 1.6 1.8 2.7 3.4 2.1 1.4 1.3 0.7 0.3 0.1 0.04
 貨物輸送量(万t/年) 3.0 1.8 1.8 2.3 3.1 2.3 0.7 0.6
 営業係数 95 100 83 98 89 106 123 137 129 137 142 248
廃線跡
 藤並-金屋口5.6km
 通常は廃止決定から廃止まで1年ほどかかるはずだが、ここはあっという間で、乗りに行くタイミングをのがしてしまった。しかし廃止後まだ2年で訪問したので、全線にわたって線路や駅舎もほとんど残されており、草をかきわけたり橋をこわごわ渡ったりと、廃線跡めぐりとしては楽しい路線になった。
2005.2. 金屋口駅跡@ 2005.2 御霊駅跡A
2005.2 下津野-御霊間B 2005.2 田殿口駅跡D
 金屋口駅跡には、2010年に有田川鉄道公園が開園した。有田鉄道の車両をはじめ様々な車両が保存され、圧搾空気で走行するSLもある。これらの保存車を見ようと、2016年と2018年の2度訪問した。廃線跡はサイクリングロードとして整備されており、前回のような雰囲気は無くなったが、駅のホームがすべて残されているのは嬉しいことである。
2016.10 金屋口駅跡@ 2018.2 有田川鉄道公園(金屋口駅跡)@
2016.10 御霊駅跡A 2016.10 下津野駅跡C
2016.10 田殿口駅跡D 2016.10 藤並〜田殿口間E
 
車両
 1980年以降に在籍した車両は、気動車6両、ディーゼル機関車2両の計8両。このうち廃止時には2両のみとなっていた。
 種類 番号 両数  前歴 譲受  消滅  備考
DC キハ07206-207 2 国鉄キハ07206-207 1970 1982.9
キハ58001-002 2 富士急キハ58001-002 1975.7 1994.11
キハ58003 1 富士急キハ58003 1975.7 2003.1
ハイモ180-101 1 樽見ハイモ180-101 1994.3 2003.1
DL DB20 1 新造 1965.2 1984.3
D353 1 新日鉄八幡D353 1979.6 1984.3
 キハ58003
 富士急行が、国鉄キハ58形と同型の車両を導入したもの。001-003の3両を譲り受けたが、このうち003は国鉄にはない両運車で、単行運転できるため有田鉄道廃止時まで残っていた。有田川鉄道記念館で動態保存されている。
2018.2 有田川鉄道公園
 ハイモ180-101
 樽見鉄道の2軸レールバスを譲り受けたもの。こちらもキハ58003とともに有田川鉄道記念館で動態保存されている。
2016.10 有田川鉄道公園 2018.2 有田川鉄道公園

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