カルタゴは紀元前814年フェニキア人によって建設された都市国家にはじまり、やがて地中海の覇者となる。そして紀元前264〜146年にかけてローマ帝国との3度にわたるポエニ戦争に突入し、名将ハンニバルがアルプスを越えてイタリア本国に侵入するなどローマを苦しめるが、最後は敗れて滅亡する。そして二度と復活しないように徹底的に破壊され塩をまかれたといわれるが、紀元前44年、カエサルによりカルタゴはローマ都市として再建され、再び繁栄することとなった。

 BC814     伝承によるカルタゴ建国
 BC480〜307 ギリシャ人とのシチリア戦争
 BC264〜241 シチリア島をめぐり、ローマとの第1次ポエニ戦争
 BC219〜201 ハンニバルによるローマ本土侵攻、第2次ポエニ戦争
 BC149〜146 第3次ポエニ戦争、カルタゴの滅亡
 BC44      カエサルによるカルタゴ植民都市建設

チュニジア北部
 カルタゴ遺跡(世界遺産)  
 古代カルタゴは、チュニスの北東12kmの海沿いにある。チュニジアの旅の最後、帰国する日の午前中に訪れた。
 まずはビュルサの丘に9時40分到着。市街地に囲まれて遺跡が点在しているので、遺跡としての魅力はあまり感じられなかったが、ポエニ人の居住地も発掘されている。そう言われてから見ると、ローマ遺跡と少し違う雰囲気が感じられた。
2002.9 ビュルサの丘 2002.9 ポエニ人の居住地
 ビュルサの丘ではカルタゴ博物館も見たので50分滞在し、10時30分発。5分で次のローマ人居住地へ到着する。ここの見所は床のモザイクで、2000年間よく残っているものだと思う。
 11時にローマ人居住地を出発して、また5分でトフェへ。ここは古代カルタゴのタニト神の聖域で、明らかにローマ遺跡とは違う。生贄にされた幼児の墓だということで、近づきがたい雰囲気である。
2002.9 ローマ人の居住地 2002.9 トフェ
 最後はアントニウスの浴場で11時20分到着。こkは典型的なローマ浴場で、海をバックにしていい感じなのだが、青空でないのがなんとも残念である。修復・復元が行われて全体の構造がわかるので、どこが何のための部屋か知りたいと思ったが、資料が見つかっていない。40分ほどまわってカルタゴの観光を終えた。
2002.9 アントニウスの浴場 2002.9 アントニウスの浴場
 ☆世界遺産「カルタゴ遺跡」 1979年登録
 バルドー美術館  
 チュニス市内には、カルタゴやブラレジアなどチュニジア各地から出土したモザイクを展示したバルドー美術館がある。世界一のモザアイクコレクションと言われるだけあって、驚くほど精密で美しいモザイクが見られた。ここの建物も、オスマン帝国時代の地方総督の宮殿である。
2002.9 バルドー美術館のモザイク 2002.9 バルドー美術館のモザイク
2002.9 バルドー美術館

カルタゴ