エジプトは、639年にイスラム帝国が侵攻して東ローマによる支配が終わる。政権がウマイヤ朝、アッバース朝と変遷する中、868年には、エジプトを拠点としたトゥールーン朝が一時的に成立した。一方、イフリーキヤ(現チュニジア)に成立していたファーティマ朝が、969年にエジプトを占領。アッバース朝、後ウマイヤ朝とともにカリフを称し、オリエントの一部まで進出するなど、イスラムの最大勢力になっていった。
 1169年、ザンギー朝(シリア)のサラーフッディーン(サラディン)がエジプトに入り、ファーティマ朝から実権を奪ってアイユーブ朝を興す。そして十字軍からエルサレムを奪還してイスラムの英雄となった。しかしアイユーブ朝は長続きせず、1250年にはマムルーク朝が成立。1517年のオスマン帝国侵攻まで続いている。

 639  イスラム帝国がエジプトに侵攻
 868  トゥールーン朝がアッバース朝から独立
 905  トゥールーン朝滅亡、アッバース朝再興
 909  イフリーキヤにファーティマ朝成立
 969  ファーティマ朝がエジプト占領
 1169  サラディンがアイユーブ朝創設
 1187  サラディンがエルサレム奪還
 1250  クーデターによりマムルーク朝成立
 1260  アイン・ジャールートの戦い、モンゴル軍を破る
 1517  オスマン帝国がカイロ占領、マムルーク朝滅亡

エジプト
 カイロ(世界遺産)  
  カイロは969年にファーティマ朝の首都として建設され、16世紀にオスマントルコに征服されるまで、アイユーブ朝、マムルーク朝の首都として栄えた。シタデル(城塞)はアイユーブ朝時代の1176年に建設され、改修されながら19世紀のムハンマド・アリ朝まで使用されている。まったく崩れておらず、現役のようにも見える。ここから下に、14世紀マムルーク朝時代に建設されたスルタン・ハサン・モスクが見えるが、残念ながら近くには行かなかった。
1995.12 シダデル 1995.12 スルタン・ハサン・モスク
 ファーティマ朝が新都として最初に建設したのは、現在のイスラム地区と呼ばれるエリア。その中心にあるアズハル・モスクは、972年に建設されており、モスク内にはイスラム世界最古のマドラサもあった。モスクの前はハーン・ハリーリ市場で、マムルーク朝時代のマドラサなど歴史的建物が点在している。
2025.4 アズハル・モスク 2025.5 スルタン・カラーウーンのマドラサ
 世界遺産「カイロ歴史地区」  1979年登録

ファーティマ朝・アイユーブ朝・マムルーク朝