インドからパキスタンにかけての地域は、古代から部族ごとの都市国家が形成されていた。しかしアレキサンダーの東征を機に初の統一王朝、マウリヤ朝が成立し、この時代に仏教文化も全土に浸透している。マウリヤ朝の滅亡後は異民族の侵入が相次ぎ、ギリシャ系のインド・グリーク朝、パルティアから独立したインド・パルティア王国、そしてイラン系のクシャナ朝などの王朝が次々に成立しては消えていった。

 BC327年  アレキサンダー大王、ガンダーラ地方に侵入
 BC317年  チャンドラグプタがバータリプトラ占領、マウリヤ朝成立
 BC259年  マウリヤ朝のアショカ王、インド亜大陸の大半を統一
 BC180年  マウリヤ朝滅亡、ジュンガ朝成立
 BC170年頃 ガンダーラ地方にインド・グリーク朝成立
 BC68年頃  ジュンガ朝滅亡
 BC20年   パルティアのガンダーラ地方が独立、インド・パルティア王国成立
 1世紀半ば バクトリアにクシャナ朝成立
 2世紀半ば クシャナ朝のカニシカ王、インド亜大陸北部統一
 3世紀初め クシャナ朝、ササン朝に敗れる
パキスタン・パンジャーブ州
 タキシラ遺跡(世界遺産)  
 タキシラは、ガンダーラ文化と呼ばれる仏教文化の中心で、マウリヤ朝がガンダーラを占領した時代に、すでにこの地が仏教の中心となった。マウリヤ朝の衰退後には、グレコ・バクトリア王国がガンダーラ地方を占領してインド・グリーク朝を開き、タキシラに都がおかれている。続くイランインド・パルティア王国でも引き続き首都として繁栄し、2世紀のクシャナ朝カニシカ王の下でガンダーラ美術は最盛期を迎えるが、5世紀頃からヒンドゥー教が広まり、衰退していった。
 タキシラ遺跡と言っても、さまざまな時代の多くの遺跡が数キロ四方に点在している。その中で最大のものはシルカップの都市遺跡で、紀元前2世紀以降インド・グリーク朝、インド・パルティア王国の首都として建設された。南北に伸びるメインストリートを軸とした広大な遺跡が残るが、公園のように整備されていてあまり歴史が感じられない。おまけに途中から雷雨にみまわれて、30分ほどで逃げるようにバスに戻った。この後しばらく天気に苦しめられることになるが、これがその始まりであった。
2009.5 シルカップ 2009.5 シルカップ
 ジョウリアンはクシャナ朝時代の僧院跡で、シルカップより数キロ北の丘の上にある。しばらく雨宿りをした後の観光になったが、建物の跡がよく残っていて楽しめた。
2009.5 ジョウリアン 2009.5 ジョウリアン
 ☆世界遺産「タキシラ」 1980年登録

マウリヤ朝、クシャナ朝