| 現在のトルコ沿岸部は、エーゲ海をはさんでギリシャの対岸にあたるため、ギリシャの繁栄にともなって紀元前11世紀頃からポリスが建設された。古代七不思議の1つ、アルテミス神殿もここにある。紀元前6世紀頃からはペルシャとの争奪戦が始まり、やがてヘレニズム期、そしてローマと移っていく。 |
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| トルコ・エーゲ海地方 | |||||||
| アルテミス神殿 | |||||||
| 紀元前550年頃に建てられたこの神殿は、奥行110m、幅55mという壮大なスケール、高さ18mの大理石柱が127本あるという想像もできないようなもので、古代7不思議に数えられていた。エフェソスの街もこの神殿を中心に栄えている。しかし、紀元前356年に神殿は放火で焼失し、エフェソスの街も海の方へ移転したため、アルテミス神殿の跡は19世紀に発掘されるまで忘れ去られていた。 エフェソスからミレトスに向かうため、まずミニバスでセルチュクのバスターミナルに出た。神殿はこのバスターミナルの近くにあったので、待ち時間を利用して立ち寄る。しかし柱が1本残るのみで悲しいほど何もなく、昔を想像することは難しかった。 |
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| 1997.7 | |||||||
| ディディマのアポロン神殿 | |||||||
| 紀元前10世紀以前から神殿が建てられていたが、現在残るのは紀元前550年のもの。ギリシャの植民都市ミレトスと聖道で結ばれていたという。ここの信託は、ギリシャ本国のデルフィと並び、最も価値が高いものだったという。 予定ではミレトスに行くはずだったが、クシャダスからセルチュクでバスを乗り換え、道を迷いながらショケのバスターミナルまで行ってみると、ミレトスへのバスがいつまで経っても来ない。言葉はよくわからないが、何らかの理由で不通になっているようなので、急遽ディディマ行きのバスに飛び乗った。ここはメドゥーサの首が有名であるが、巨大な柱がゴロゴロ転がっている風景もおもしろかった。 |
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| 1997.7 アポロン神殿 | 1997.7 アポロン神殿の内陣 | ||||||
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| 2024年にもミレトス遺跡から足をのばして訪問。2度目でも巨大な柱に圧倒された。 |
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| 2024.5 アポロン神殿 | 2024.5 崩れたままの石柱 | ||||||
| ミレトス遺跡 | |||||||
| ミレトスは、古代ギリシャの植民都市で、商業だけでなくギリシャ文化の中心の1つとなった街。哲学者であり数学者でもあったタレスをはじめ、ミレトス学派と呼ばれる多くの偉人を輩出した。ローマ時代になっても繁栄が続くが、港に土砂が堆積していったことで港の機能が失われ、衰退した。1997年は訪問し損ねたが、27年ごしで念願が叶った。 遺跡に到着すると、目の前にあるのが劇場。ギリシャ時代の紀元前7世紀頃に建設され、ローマ時代に拡張されたものである。ここは海から10km以上離れているが、かつては海岸沿いだったというから驚きである。 |
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| 2024.5 劇場 正面の平地はかつての海 |
2024.5 劇場の通路 | ||||||
| 劇場の裏に、広大な遺跡がひろがっているが、形をとどめているものは思ったより少ない。その中で印象的だったのは、列柱が並ぶイオニック・ストア。ただ、その前が水浸しになっていて、たどり着くのに苦労した。さらに遺跡の入口まで近道をしようとしたら途中で道がなくなり、アザミの草原をかきわけて歩く羽目になってしまった。 |
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| 2024.5 イオニック・ストア | 2024.5 ニンファエウム? | ||||||
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| 2024.5 ライオン像のある浴場 | 2024.5 セラピス神殿 | ||||||
古代ギリシャ −小アジア