姫路城は、赤松氏が1346年に最初に築城したと言われる。秀吉が中国攻略の拠点として拡張し、さらに池田輝政が大工事を行って、壮大な規模になった。現在も輝政の時代の城郭がほぼ完全に残り、8棟が国宝、74棟が重要文化財に指定されている。そして、日本の木造城郭建造物として最高のものであることや、実用的機能と優れた美的外観とを兼ね備えていること等が評価され、1993年に法隆寺とともに日本最初の世界遺産として登録されている。世界遺産としての登録範囲は、中曲輪より内側である。 |
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姫路城 | |
最初の訪問は1991年であるが、写真は数枚しか撮っていなかった。4つの天守群と、それをつなぐ4つの渡櫓の計8棟が国宝になっているが、東天守だけは見にくい所にあるため撮影していない。 | |
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1991.9 左から乾小天守(国宝)、西小天守(国宝)、大天守(国宝) | 1991.9 化粧櫓(重文)、ヌの櫓(重文)、ルの櫓(重文)とそれをつなぐ渡櫓(重文)、 |
2007年に16年ぶりの再訪。2009年から平成の大修理が始まったので、ちょうどいいタイミングの訪問だった。 | |
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2007.11 三の丸から見る大天守(国宝) 手前はチの櫓(重文) | |
菱の門、いの門をぬけると二の丸、さらにろの門をぬけると西の丸になる。このあたりからは、3つの天守が立体的に見えて、いちばん美しいと思う。 | |
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2007.11 菱の門(重文) | 2007.11 いの門(重文) |
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2007.11 手前左:乾小天守(国宝)、手前右:西小天守(国宝)、奥:大天守(国宝) | |
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2007.11 ヌの櫓(重文) | 2007.11 化粧櫓(重文) |
はの門、にの門をぬけると、本丸。ようやく天守の前に出る。大天守に登ると、姫路城の複雑な構造が手に取るようにわかった。なお、北側にある東小天守は、下からはなかなか見えず、大天守からでも屋根が少し見えるだけだった。 | |
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2007.11 はの門(重文) | 2007.11 にの門(重文) |
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2007.11 左:乾小天守(国宝)、右:西小天守(国宝) | |
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2007.11 大天守より 西の丸方向 | 2007.11 一番手前が東小天守(国宝)、その奥がホの櫓(重文) |
姫路城