13世紀前半のポロンナルワ王国滅亡後、タミル人によるジャフナ王国の勢力が強く、シンハラ王朝は短い期間で移動を繰り返す。しかしパラクラマバーフ6世がコーッテ王国を建国すると、ジャフナ王国を破って2世紀ぶりにスリランカを統一した。王の死後は勢力が弱まり、ポルトガル人の上陸もあってキャンディ王国、シーターワカ王国が分裂。1597年には独立勢力がキャンディ王国のみとなる。キャンディ王国はオランダ、イギリスにも対抗して19世紀まで残るが、1815年にイギリスの保護国となり、滅亡した。

 1412年 パラクラマバーフ6世即位、コーッテ王国成立
 1469年 キャンディ王国成立
 1505年 ポルトガル人がコロンボ上陸
 1521年 シーターワカ王国成立
 1593年 キャンディ王国に敗れシーターワカ王国滅亡
 1597年 ポルトガルによりコーッテ王国滅亡
 1658年 オランダがポルトガル領セイロンを攻略
 1796年 イギリスがオランダ領セイロンを攻略
 1815年 キャンディ王国がイギリスの保護国となる
スリランカ
 キャンディ(世界遺産)  
 キャンディの街は、山に囲まれた盆地にある天然の要塞で、スリランカの大部分が植民地化される中でも19世紀まで独立を守った。スリランカの中心がコロンボに移った今も、仏歯はキャンディに安置されていて、仏教の聖地となっている。
 仏歯とは仏陀の歯のことで、4世紀にスリランカへもたらされたとされる。王権の象徴となり、アヌラーダプラ、ポロンナルワと都が遷るとともに移動した。最後に到達したのがキャンディ。仏歯を奉納した仏歯寺は増築が繰り返され、現代でも多くの信者が訪れている。訪問した時も、観光客より地元の信者の方が圧倒的に多かった。
2026.5 仏歯寺外観
金色の屋根の所に仏歯堂がある
2026.5 仏歯堂への通路
2026.5 仏歯堂1階 2026.5 仏歯堂2階
 キャンディの街は、植民地時代の影響でコロニアル風の建物も多い。代表的なものが、1865年に建てられたクイーンズ・ホテル。キャンディは、仏歯寺や王宮だけでなく街並みも含めた全体が世界遺産に登録されている。
2026.5 クイーンズ・ホテル
 ☆世界遺産「聖地キャンディ」 1988年登録
 ゴール(世界遺産)  
 スリランカの最南端近くにあるゴールは、植民地支配の拠点となった街。当初は貿易のための港町だったが、1625年頃にはポルトガル人が要塞を築き始め、その後オランダが拡張して要塞都市となった。要塞に囲まれた旧市街は、南北・東西とも1km程度の大きさ。1796年に支配者がイギリスとなるが、無血開城だったため、オランダ時代の街並みが残されている。2004年にスリランカで約3万人が亡くなったインド洋大津波の際も、ゴールの要塞は街を守った。
 ゴールの街は半島にあり、唯一陸続きの所は要塞が何重にもなっている。街への入口は、かつてはオールド・ゲートのみであった。
2026.5 ゴールの要塞 2026.5 オールド・ゲート
 要塞は海側も街を完全に取り囲んでいて、その中にコロニアルな街並みが広がる。イギリス時代のオール・セインツ教会、オランダ時代のオランダ改革派教会などもあり、オランダ改革派教会はちょうど内部を見学することができた。
2026.5 ゴールの要塞と旧市街 2026.5 ゴール旧市街の街並み
2026.5 オール・セインツ教会 2026.5 オランダ改革派教会内部
 ☆世界遺産「ゴールの旧市街と要塞」 1988年登録

キャンディ王国