三河線(猿投〜西中金8.6km) | |
名鉄三河線は、碧南・刈谷・知立の3地区が共同で設立した三河鉄道が原形である。少しずつ延伸し、1924年に猿投まで開業した。そして猿投からさらに足助までの延伸を目指したが、世界不況の影響もあって西中金までで工事は止まってしまう。名鉄に合併された後の1958年に正式に足助延伸は断念となった。猿投〜西中金間は利用者が少なかったことから、1990年には電化をやめて気動車による運転とし、98年には廃止が表明された。豊田市の支援があって2004年までは存続したが、利用者は増えず廃止されている。 1927.8.26 三河鉄道猿投〜枝下間開業(27.9.17枝下〜三河広瀬間延伸) 1928.1.22 三河広瀬〜西中金間開業 1941.6.1 合併により名古屋鉄道三河線となる 1990.7.1 猿投〜西中金間内燃動力化 2004.4.1 猿投〜西中金間廃止 訪問は廃止から10年後であるが、まだ復活をあきらめていないのか、ホームや線路までも残されている。とくに木造の三河広瀬駅舎はいい雰囲気であった。 |
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2014.4 西中金駅跡@ | 2014.4 西中金〜三河広瀬間A |
2014.4 三河広瀬駅跡B | 2014.4 三河広瀬駅跡B |
2014.4 枝下駅跡C | 2014.4 三河御船駅跡D |
三河線(碧南-吉良吉田) | |
猿投〜西中金間と同じ2004年4月1日の廃止。僅か半年の差で乗ることができず、私鉄全線踏破した今となっては、乗ることができなかった最後の廃線となった。 | |
2004.12 碧南駅付近 | |
瀬戸線(堀川-東大手1.9km) | |
名鉄瀬戸線は、今は栄町が起点だが、かつては名古屋城の堀の中を走っていた。 1905.4.2 瀬戸自動鉄道矢田〜瀬戸間開業(06.3.1大曾根〜矢田間延伸) 1906.12.18 瀬戸電気鉄道と改称 1907.3.17 電化 1911.5.23 土居下〜大曽根間開業 1911.10.1 堀川〜土居下間開業 1939.9.1 合併により名古屋鉄道瀬戸線となる 1976.2.15 堀川〜東大手間廃止(78.8.20栄町〜東大手間開業) 堀に沿って歩くと、ホームに下りていた階段などが残っていて面白い。 |
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2006.3 堀川駅跡 | 2006.3 大津町駅跡 |
竹鼻線(江吉良〜大須6.7km) | |
前身は美濃電軌の系列であった竹鼻鉄道で、戦時中に名鉄に合併された。1982年に羽島線が開業すると、江吉良〜大須間は支線のようになり、利用者の減少から2001年に廃止されている。 1921.6.25 竹鼻鉄道新笠松〜栄町(現竹鼻)間開業 1929.4.1 栄町〜大須間延伸 1943.3.1 合併により名鉄竹鼻線となる 1982.12.11 羽島線江吉良〜新羽島間開業により江吉良〜大須間が支線化 2001.10.1 江吉良〜大須間廃止 終点の大須は、ホームや駅舎は撤去されているが、駅前の雰囲気は感じされる。八神はまだホームが残っていた。 |
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2011.4 大須駅跡@ | 2011.4 八神駅跡A |
八百津線(明智〜八百津7.3km) | |
名鉄と大同電力が共同で出資し、現在の名鉄広見線を引き継いだ東美鉄道が1930年に開業させた路線である。戦時中に名鉄となり、一時はダム建設の資材輸送で活況であった。1984年に電化をやめて気動車運転になり、1998年に廃止の方針が表明されると、沿線自治体も支援は困難であるとして2001年に廃止されている。 1930.4.30 東美鉄道伏見口(のちの明智)〜兼山間開業 1930.10.1 兼山〜八百津間開業 1943.3.1 合併により名鉄東美線支線となる 2001.10.1 全線廃止 特別な見所はないが、田園風景は気持ちよかった。しかし八百津でのんびりしたために、同時に廃止された谷汲線に乗れなくなってしまった。 |
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2001.8 八百津駅にて | 2001.8 八百津駅 |
名鉄三河線・瀬戸線・竹鼻線