奥羽街道の宿場町で、東北本線のルートからは外れた五戸に向かう路線として計画されたもの。電気鉄道として計画され、社名も電気鉄道となっているが、最後まで電化されることは無かった。戦時中に周辺のバス事業者を合併して南部鉄道となる。1968年の十勝沖地震で大打撃を受け、利用者が減少していることもあって復旧を断念、廃止となった。

  1929.8.23 五戸電気鉄道尻内(現:八戸)〜上七崎(仮)間開通(29.10.10志戸岸延伸)
  1930.4.1  志戸岸〜五戸間延伸により全通
  1936.5.5  五戸鉄道と改称
  1945.1.1  南部鉄道と改称
  1968.5.17 十勝沖地震により全線休止(69.4.1廃止)
  1941 1949 1955 1960 1965
 輸送人員(千人/日) 0.8 1.6 1.6 2.0 2.4
 輸送密度(千人/日) 0.7 1.2 1.0 1.3 1.4
 貨物輸送量(万t/年) 5.4 3.7 3.1 4.5 2.8
 営業係数 108 96 106 107 129
廃線跡
 八戸〜五戸12.3km
 八戸駅付近は区画整理されたが、駅から少し離れたところに廃線跡らしき空き地がある。正法寺から七崎にかけては、川沿いを走っていたようだが、川自体が何度か改修されているため、川沿いの道路と廃線跡が一致するわけではない。志戸岸の先、トンネルの出口付近に石碑があるが、やはり廃線跡の判別は難しかった。
2015.11 張田駅付近@ 2015.11 正法寺駅付近A
2015.11 七崎駅付近B 2015.11 志戸岸〜県立種鶏場前間C
 五戸駅跡はバスターミナルになっているので、位置は間違いない。しかし、どこにどのようにホームがあったのか、全くわからなくなっている。
2015.11 県立種鶏場前駅付近D 2015.11 五戸駅跡E

南部鉄道