| 伝説では、紀元前3世紀にウィジャヤ王がインドからスリランカに上陸したことで、シンハラ人によるスリランカの歴史が始まる。当初は北部のタンバパンニに都をおいたが、紀元前377年にアヌラーダプラへ遷都。アヌラーダプラ王国は、カッサパ1世時代等を除いて約1400年続くことになる。南インドのチョーラ朝が侵攻したことにより、1017年に滅亡するが、1055年にはポロンナルワを拠点に再興した。13世紀に入ると、タミル人によるジャフナ王国が勢力を拡大し、ポロンナルワを占領。シンハラ人の王朝は、タンバデニヤ、ガンポラ、ライガマなどを移動しながら細々と続いていくことになる。 BC543年 ウィジャヤ王がスリランカに渡り、シンハラ王朝を開く BC377年 アヌラーダプラに遷都し、アヌラーダプラ王国成立 477年 カッサパ1世によりシギリヤ遷都 495年 カッサパ1世滅亡により都がアヌラーダプラに戻る 1017年 チョーラ朝によりアヌラーダプラ王国滅亡 1055年 ウィジャヤバーフ1世によりポロンナルワ王国成立 1236年 ポロンナルワ王国滅亡 |
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| スリランカ | |
| シギリヤ(世界遺産) | |
| 473年、カッサパ1世は王である父を監禁・殺害して王位につく。そして、仏教の国アヌラーダプラで父殺しは大罪と考えられていたため、身の危険を感じ、シギリヤ・ロックの上に宮殿を築いて都を遷した。岩の周囲には濠に囲まれた街や庭園を建設し、大規模な計画都市であった。しかし、インドに逃れていた弟が軍勢を引き連れて戻り、僅か20年ほどでシギリヤの時代は終わることになる。 シギリヤ・ロックの高さは約200mで、平地に忽然とそびえる。下の写真はホテルの近くから撮影したもので、見えているのは南側。入り口は西なので、左手になる。 |
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| 2026.5 シギリヤ・ロック | |
| シギリヤの遺跡は、人工の濠に囲まれている。橋を渡って中に入ると、まず水の庭園と呼ばれるエリア。池や噴水などが整備されていた。直線的にデザインされた庭園の正面にはシギリヤ・ロックがそびえており、技術だけでなくデザイン的にも素晴らしい。 |
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| 2026.5 シギリヤを囲む濠 | 2026.5 水の庭園 |
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| 2026.5 水の庭園から見るシギリヤ・ロック ライオンテラスは左側にある | |
| 水の庭園を抜けて、少しずつ登り始めたところは岩の庭園と呼ばれる。シギリヤは、カッサパ1世滅亡後に仏教の僧の瞑想の場となっていたため、その時代の遺構も残されている。 |
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| 2026.5 岩の庭園にある洞窟 | 2026.5 巨石の間を通っていく |
| 急な階段を一気に登っていくと、中腹の広場に出る。ここから上へ向かう階段の両脇には、ライオンの爪が彫られており、かつては上にライオンの頭があったと言われる。ここは南北に長いシギリヤ・ロックの北の端で、岩全体が北を向くライオンに見立てられているのである。ここから頂上までは、ほぼ垂直に登っていく。 |
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| 2026.5 ライオンの入口 | 2026.5 ライオンテラスから見た シギリヤ・ロック |
| ライオンの入口の上がシギリヤ・ロックのいちばん高い所で、王宮跡がある。ここから遺跡は棚田のようになっていて、中央には王のプールがある。下を見下ろすと、先ほど歩いてきた水の庭園がくっきり見えた。 |
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| 2026.5 王宮跡 | 2026.5 王宮跡から見下ろす水の庭園 |
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| 2026.5 王のプール | 2026.5 棚田のように配置された遺跡 |
| シギリヤ・ロックの西側の中腹に、ミラーウォールと呼ばれる通路の壁がある。これは、漆喰の上に卵の白身と蜂蜜と石灰を混ぜたものを塗ったもので、鏡のように光沢がある。また、見てもよくわらかなかったが、ここには後の時代に書かれた詩が残っており、シンハラ語の成り立ちを研究する上でも重要な所とされている。 |
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| 2026.5 ミラーウォール | |
| ミラーウォールの少し上にある洞窟から、シギリヤ・レディと呼ばれる壁画が発見された。かつては500人の絵が岩山のあちこちに描かれていたと言われ、ほとんどは風化で失われたが、18人の絵が奇跡的に鮮やかな色彩を残している。実物は撮影禁止だが、博物館で実物大の絵が再現されていて撮影も自由である。 |
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| 2026.5 シギリヤ・レディ(レプリカ) | 2026.5 シギリヤ・レディ(レプリカ) |
| ☆世界遺産「古代都市シギリヤ」 1982年登録 | |
| ダンブッラ石窟寺院(世界遺産) | |
| 紀元前1世紀、タミル人の攻撃によりアヌラーダプラを追われた王が、一時的に身を隠したとされる洞窟。アヌラーダプラ奪還後、ここに石窟寺院を建設し、スリランカ最大の石窟寺院になった。後の時代にも増築が繰り返され、5つの石窟が並んでいる。 石窟は大きな岩山の頂上付近にあり、階段を登って到達。スリランカの寺院は裸足が基本なので、入口で靴を預けて入場する。下の写真は外観で、手前から第1窟、第2窟と並んでいる。 |
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| 2026.5 石窟寺院の外観 | |
| 第1窟は最も古い石窟で、あまり広くはないが、14mの涅槃仏が横たわっている。天井の壁画は何度も塗り替えられていて、現在残るのはキャンディ王国時代のものと言われる。 |
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| 2026.5 第1窟の涅槃仏 | 2026.5 第1窟天井の壁画 |
| 第2窟は幅50mもある巨大な石窟で、仏像が56体も安置されている。天井も壁画で埋め尽くされていて、壮観な光景である。 |
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| 2026.5 第2窟の仏像と壁画 | 2026.5 第2窟の仏像と壁画 |
| 第3窟と第4窟は、キャンディ王国時代後期の18〜19世紀に建設された新しいもの。第3窟は第2窟に次ぐ広さがある。第4窟は小さいが、仏塔があるのが特徴的。第5窟はさらに新しく、20世紀になってから建設されている。 |
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| 2026.5 第3窟の仏像 | 2026.5 第4窟の仏塔 |
| ☆世界遺産「ダンブッラの黄金寺院」 1991年登録 | |
| リティガラ遺跡 | |
| 紀元前に建設され、アヌラーダプラ王国における仏教の拠点の1つだったと言われる遺跡。長い間密林の中に眠っていたため、謎が多い遺跡である。未舗装の道を進んでいかなけらばたどり着けないため、途中でバスからジープに乗り換えて訪問した。 最初に現れるのは、広大な貯水池跡。沐浴場跡と書かれている資料もある。ちょうど修復工事が行われていた。 |
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| 2026.5 貯水池跡 | |
| 奥に進んでいくと、2つの建物跡がある。1つ目は、ガイドさんは食堂跡と言っていたが、他の資料ではレセプションホール等と書かれていて、よくわからない。もう1つは病院跡で、プールのような形になっている。 |
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| 2026.5 食堂跡? | 2026.5 病院跡 |
| その先は、森の中に長い一本道が続く。3か所ほど、道が円形になっている所があり、ガイドさんは休憩所だと言っていた。 |
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| 2026.5 遺跡の奥へ続く道 | 2026.5 休憩所 |
| いちばん奥には、四角形の建物跡が2つ並んだ瞑想台と呼ばれる所がある。少し進んだ所にも、全く同じような建物跡があったので、この配置に意味があるのだろうが、よくわからない。この遺跡は地図も説明も何もないので、もう少し情報が欲しいと思う。 |
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| 2026.5 1つ目の瞑想台 | 2026.5 2つ目の瞑想台 |
| ポロンナルワ(世界遺産) | |
| 11世紀、チョーラ朝によりアヌラーダプラ王国が滅亡した後、シンハラ王朝の新たな都となった街。多くの寺院が建設され、南アジアにおける仏教の拠点の1つだった。しかし繁栄の時代は短く、13世紀に滅亡。長い間廃墟となっていた。 ポロンナルワの遺跡は、主要部分だけでも数キロの範囲に点在するので、バスでポイントを見てまわる。最初はいちばん南にある宮殿跡で、かつては7階建てだったという。残念ながら半分修復中だった。 |
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| 2026.5 宮殿跡 | 2026.5 会議場跡 |
| クワドラングルと呼ばれるエリアには、ポロンナルワの中でも重要な建物が集中している。その中心にあるのが、円形が特徴的なワタダーゲ。四方に階段があり、入口には輪廻を表す半円形のムーンストーンと、悪魔を防ぐガードストーンがある。上には座像があり、印象深い建物である。 |
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| 2026.5 ワタダーゲ | 2026.5 ワタダーゲ |
| スリランカには、4世紀頃に仏陀の歯である仏歯がもたらされたと言われる。仏歯は王権の象徴となり、アヌラーダプラ、ポロンナルワと都が遷るとともに移動した。ワタダーゲと向かうあうアタダーゲ、ハタダーゲは、いずれも仏歯を奉納するために建てられた仏歯寺で、同じような構造になっている。なお、仏歯は今もキャンディの仏歯寺にあるとされる。 |
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| 2026.5 アタダーゲ | 2026.5 ハタダーゲ |
| ハタダーゲの周囲には、大きな仏堂トゥーパーラーマ、王が仏僧の読経をきいたラター・マンダパヤ、7階建ての塔サトゥマハル・プラサーダなど、特徴的な建物がいくつも残る。また、歴史が刻まれた石碑ガルポタも発見されている。 |
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| 2026.5 トゥーパーラーマ | 2026.5 ラター・マンダパヤ |
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| 2026.5 サトゥマハル・プラサーダ | 2026.5 ガルポタ |
| 少し車で北上したところにあるのが、白い塔キリ・ヴィハーラ。近年白く塗りなおされたようだが、だいぶ黒ずんでいた。その隣にあるのがランカティラカで、大きな立像があるが頭部が失われていた。 |
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| 2026.5 キリ・ヴィハーラ | 2026.5 ランカティラカ |
| ガル・ヴィハーラは、クワドラングルとともにポロンナルワでいちばんの見所。大きな岩から4体の仏像が彫られている。左は座像で、その隣は洞窟の中にある小さな座像。そして右に立像と涅槃仏。立像は、涅槃に入った仏陀の前で悲しみに暮れる弟子アーナンダという説もある。 |
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| 2026.5 ガル・ヴィハーラ全景 | 2026.5 ガル・ヴィハーラの立像と涅槃仏 |
| 遺跡のいちばん北にあるのが、ティワンカ・ピリマゲ寺院。ここには、13世紀の壁画が残っている。思ったより状態は悪かったが、いくつかの壁画は判別できた。 |
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| 2026.5 ティワンカ・ピリマゲ寺院外観 | 2026.5 ティワンカ・ピリマゲ寺院の壁画 |
| 最後に訪れたのは、ハスの形にデザインされた沐浴場。思ったより小さかったが、なかなかの美的センスだと思う。 |
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| 2026.5 ロータス池 | |
| ☆世界遺産「古代都市ポロンナルワ」 1982年登録 | |